見慣れた光景になってきた。

 巨人がピンチの場面を迎えると、背番号73がベンチから出てゆっくりとマウンドに歩いていく。

 スリムな体型。軽やかな足取りは、まるでこれから自分がマウンドに立つようにも見えなくはない。マスク越しだから表情は分からないが、目はいつも穏やかだ。

 そして一言、二言、投手にアドバイスを送ると、また同じような軽やかな足取りでベンチに戻っていく。

 今季から巨人のユニフォームを着た桑田真澄投手チーフコーチ補佐である。

「本当はベンチにも入らない予定だったのですが、原(辰徳)監督の指示でベンチに入り、いつからか忘れましたが、今日から真澄はマウンドに行くという指令を受けました」

 21日に放送されたニッポン放送「ショウアップナイタープレイボール」でのインタビューで桑田コーチは、試合中にマウンドに行く役割を任されるようになった経緯をこう説明した。

根本的な投手陣の意識が変わった?

 マウンドではピンチを迎えて状況が見えなくなっている投手に、1つのアウトのとり方や一塁が空いている状況では、改めてそれを指摘してストライクゾーンを広く使っていくようというような指示を出しているという。ただし投手交代については一切、関知せずに原監督と宮本和知投手チーフコーチの間で決断されているという話もしていた。

ベンチで話をする桑田チーフコーチ補佐(左)と宮本チーフコーチ (C)JIJI PRESS

 もちろんこうした試合中のアドバイスやブルペンでの投球の技術やピッチングへの考え方などの指導もあるだろうが、やはり桑田コーチの加入で改めて大きく変わったのが、根本的な投手陣の意識ではないだろうか。

 その点を指摘するのは原監督だった。

「去年までのジャイアンツの戦い方というのは総力戦、チーム全員で相手に立ち向かって行って、誰かがピンチを迎えれば、それじゃあオレが代わりに、と次から次へとサポートする選手が出てくるというものだった」

 もちろん今年のチームスローガンも“1(ワン)チーム”で、チーム全員で戦うという、その思想は継続している。ただし監督がその中で求めるのは、選手の意識改革だった。

ソフトバンクに勝てるチームになるために

 サポートを前提として戦うのではなく、1人ひとりの選手が独立した意識を持つこと。そういう強い選手の集団を作り上げなければ、2年連続で4連敗という苦杯を舐めさせられたソフトバンクに勝てるチームにはならないという結論だったのである。

 そこで投手陣に対して出てきたのが、先発投手への“完投指令”だった。

「去年までは先発を任せた多くのピッチャーがとにかく5回まで投げることを考えてマウンドに立っているような感じだった。でもいまはその先を目指している。これは真澄がスタッフとして入って、最初に完投を目指そうという話をしたことが1つの契機だった」

 原監督はこう手応えを語る。

「真澄がスタッフとして入ったことで、投手陣は『どんな人なんだろう?』『どんな指導をするんだろう?』って、それこそ興味津々だったと思う。するといきなり『中6日で投げるならば、先発は完投を目指さなければならない』という話をした。そういう意識を最初に投手陣に植え付けたところからスタートしていると思いますね」

 ただ、桑田コーチが提唱した「1イニング15球で1試合135球での完投」というのは、そう簡単に実現できるものではない。

先発陣のクオリティースタート率が上昇

 実際に巨人は3月26日の開幕から4月22日の阪神3連戦の終了時点まで24試合を消化しているが、完投は2試合だけ。4月11日の広島戦で今村信貴投手が完封勝利を飾ったのと、同16日の中日戦での菅野智之投手だけだった。14日の中日戦では畠世周投手が8回まで無失点の完投ペースの投球を見せながら、9回先頭打者に本塁打を浴び、1死一、二塁のピンチを招いて救援を仰ぐ場面もあった。

エース菅野と話をする桑田コーチ (C)JIJI PRESS

 ただその一方で確実な変化を表す数字もある。それは先発陣のクオリティースタート(QS)率の上昇である。

 今年の巨人の先発投手陣は24試合中19試合でQSを達成し、QS率は実に79.16%。この数字は両リーグを見回してもトップとなるものだ。ちなみに2位は好調阪神の72.7%で3位のオリックスが70.8%。そこから4位以下のチームは50%台以下へと急降下していく。ここ2年の巨人のシーズンQS率と比較しても2019年が48.3%で20年が46.7%でしかない。投手陣の整備が整った開幕直後とはいえ、今年の先発陣のQS率は大幅に上昇しているのである。

開幕から突っ走った阪神の独走を許さなかった

 しかもこの19回のQSの中で7イニングを2自責点以内に抑えるというハイクオリティースタートが13回と、質的にもかなりレベルアップが数字に表れている。結果として24試合で13勝する中で、先発投手に勝ち星がつかなかったのはサヨナラ勝ちした開幕戦の1試合だけ(この試合の勝利投手は中川皓太投手)。残りの12勝はすべて先発陣に白星がつくという結果になっている訳だ。

 開幕直後には12試合連続3得点以下という極度の打線の不振に喘いだ時期もあった。4月4日にはチーム内クラスターで丸佳浩外野手ら4選手が戦線離脱した。ただ、幸いにも投手陣に感染者も濃厚接触者も出なかった。

 そうして点が取れない間も先発陣が踏ん張り、最小失点でゲームを作り続けてきたことで、チームは首位戦線に踏みとどまり、開幕から突っ走った阪神の独走を許さなかったのである。

「もちろん先発投手が全員、完投できる訳じゃないのは分かっているよ」

 原監督は言う。

「でも意識することが大事なんだ。低いところに目標を置いて、何とか5回を抑えることを前提にするのと、完投しよう、9回を投げ切ろうと思ってマウンドに立つのとでは、普段の練習から試合前のルーティン、そして実際にマウンドに立ったときの意識も全然、違ってくるはず。真澄が最初にああいう話をしたことで、先発投手の意識は変わったと思う。高い目標を持つようになった。その意識改革が大きいと思います」

巨人投手陣の間で“桑田革命”が進行中

 ニッポン放送のインタビューで桑田コーチはこんなことも語っていた。

「僕は現役時代、あまり(マウンドに)ピッチングコーチに来られるのは好きじゃなかった。ですからそういうタイプの投手にはあまり行かないようにしています。逆にサンチェスや畠くんのような誰か話し相手がいることによって気持ちが前向きになっていくタイプの選手には、できるだけイニングの合間に話をするように心がけています」

 こうした心遣いもあるから、ベンチに帰った先発投手が、次の回へとリセットすることができるし、だからこそさらに長い回、マウンドに踏みとどまることができるのである。

 今年の巨人投手陣の間では、確実に“桑田革命”が進行中である。

文=鷲田康

photograph by Hideki Sugiyama