わずか48時間で立ち消えとなった欧州スーパーリーグ(SL)構想。その後、各クラブでは何が起きているのか。イタリア、イングランド在住のライターに記してもらった。2日のマンチェスター・ユナイテッドvsリバプールがファンの抗議活動で延期となったプレミア編をお届けする(セリエA編はこちら)。

「アイル・ビー・バック」

 ご存じ、映画『ターミネーター』シリーズの名セリフだ。

 4月18日の創設発表が、イングランドのサッカー界の破滅をも危惧させた欧州スーパーリーグ(ESL)を巡る騒動にも、続きがありそうだ。

 同リーグ初代会長となるはずだったフロレンティーノ・ペレス(R・マドリー会長)が、プレミアリーグの6クラブを皮切りに脱退が相次いでも「プロジェクトは継続される」と反応したように、再び「新欧州最高峰リーグ」を謳い文句に戻って来るに違いない。

"ファン・パワー"に物を言わせてESLを退散させたイングランドでも、そのときに向け準備を進めておかなければならない。

「サッカーの母国」を自負する国内において、ボリス・ジョンソン英国首相が「カルテル」と呼んだESLの誘いに、「ビッグ6」が揃って手を挙げるような事態の再現は許されない。マンチェスター・ユナイテッド、リバプール、アーセナルを統率するアメリカ人投資家、チェルシーのロシア人富豪、マンチェスター・シティのアブダビ王族、そしてトッテナムの英国人税金亡命者というオーナーたちが軽視した庶民の文化、日常生活の一部としてのサッカーの存在価値を守り続けなければならない。

 メディアで"フットボール・ユナイテッド"と形容された、クラブ間の党派を超えた人々の一致団結が産み出した勢いを失うことなく、変革に乗り出すべきときを迎えている。国内のサッカー界に対しては「リセット」「リストラクチャー」「リフォーム」といった言葉が以前から投げかけられていた。

変革における最重要点は2つ

 変革における最重要点は2つ。いずれも、スポーツ関連の政務次官とサッカー指導者の有資格者という背景を持つ、トレイシー・クラウチ下院議員の指導で進むレビューの検討項目とされている事実は歓迎できる。

 その1つは、サポーターの発言権だ。ESL創設メンバー入りを決めたプレミア6クラブが犯した最大の罪は、ファンを完全に無視した姿勢にある。

 クラブにとって、ファンは選手と並んで最大の資産と位置付けられるべきものだ。

 ピッチで結果を出す選手がクラブの「肉体」だとすれば、知名度や優勝実績と無関係に、地元のクラブや先祖代々の贔屓クラブとして固い絆で結ばれているサポーターは、クラブの「魂」に当たる。

 ところが、放映権料やスポンサー料がチケットの売上げを大きく上回る昨今では、その魂の重さを収益に占める割合で測り、軽視する傾向が強まっている。とはいえさすがにコロナ禍で無観客試合が続く状況で、スタジアムを埋める観衆の有り難味を痛感しているはずという淡い期待があった。

ESLの概念にはサポーターの「サ」の字もない

 しかし、通算3度目のロックダウンで規制緩和が始まって間もない国内で、欲が巨大なビッグ6からも創設が告げられたESLの概念には、サポーターの「サ」の字もなかった。

 政府も動くレビューの成果として、クラブにサポーター団体代表者の役員入りを強いる法的拘束力が求められる。すでにクラブ公認サポータークラブは存在する。ビッグクラブともなれば、海外にも支部を持つ。しかし、恥を知らない「シェイムレス6」と呼ばれるようになったプレミアのビッグ6は、SNS上とスタジアムの前で怒りと悲しみの猛抗議に出ざるを得なかったファンの意見を、事前に聞こうとはしなかった。

 事後の4月23日、筆者にも届いたチェルシーからサポーターに向けてのメールには、「ファンとの意見交換を重視しているが、今回は時間と守秘義務制約があったため実施に至らなかった」と記されていた。

 確かに、表面的には突然の創設発表。しかしページ数は167ページ、期間は23年間にも及ぶとされるESLの契約書が一朝一夕に出来上がるはずはなく、契約を作り上げた立場の創設メンバー12クラブにファンの意見を尊重する姿勢があれば、対応に漕ぎ着ける時間は十分にあったはずだ。

現経営陣による文言は鵜呑みにできない

 謝罪と説明のレターには、「ファン代表の参画を可能にする仕組み作りを経営陣主導で進める」との意向も記されていたが、強烈な裏切り行為に走った現経営陣による文言など鵜呑みにはできない。

抗議の意を示すユニフォーム姿のチェルシーファン©Getty Images

 存在しないも同然のように扱われるのであれば、サポーターの代表を日頃から経営陣に存在させるしかない。個人的に、チェルシーがプレミア追放でESL参戦なら代わりに試合を観に行こうかと考えたブレントフォードは、プレミア昇格を争う西ロンドンのライバル関係のないクラブだが、ファンの発言権が保証されているクラブという一面もある。

 今夏で結成20周年を迎えるサポーター団体『ビーズ・ユナイテッド』は、特別株主の資格と重役としての1席をクラブに認められているのだ。

 ファンをクラブ役員とする手段としては、サポーターがクラブ株式の過半数を所有することが前提のブンデスリーガを参考にすべきだとする声が再び強まってもいる。しかし、過去にも検討されて「不適当」と判断されたように、ドイツモデルにもデメリットはある。クラブの資金力が横ばいにならざるを得ず、リーグ内の力関係が変わりにくいのだ。

バイエルンのような“1強”はあり得ない

 今季のブンデスリーガ、第31節終了時点で首位に立つバイエルンは、通算31度目のリーグ優勝と9連覇達成が濃厚。バイエルンを「絶対王者」と讃えれば聞こえは良いが、裏を返せば他の17チームは絶対的な敗者ということになる。これは、リーグ全体の競争力を理由に「プレミア最強論」を主張するイングランド人にとっては、あり得ないリーグ事情だ。

 実際、今季はシティの王座奪回がほぼ間違いないプレミアでは、過去8シーズン異なる5クラブがリーグ王者となっている。ピッチ上でのシステムと同様、ピッチ外でも完璧な仕組みがあるとは思えない。であれば、ブレントフォードでの実施例もあるサポーターズ・トラストのように、ファン団体代表者のクラブ役員入りを義務付ける形でスタートするのが最も現実的だろう。

 2つ目は、国内のサッカー界全体を取り締まる新組織の設立だ。

 グラスルーツ・レベルを底辺とするピラミッド各層の間で利害関係による意見の対立が増え、経済的な格差が広がるイングランドでは、御役所的と非難されるイングランドFA、ビッグクラブに意見できないと指摘されるプレミアリーグ、そのトップリーグに右に倣えのフットボールリーグ(2〜4部)とは別に、全体を見渡して総括する中立的な組織による管理と指針提供が望ましい。

「レギュレーター」の存在は非常に重要

 ESLの脅威から身を守るため、つまりはプレミア強豪が金銭欲に駆られる事態を避けるという意味でも、正式な団体としての「レギュレーター」の存在は非常に重要だ。

 強欲の塊のようなESLだが、各クラブが抱える収益拡大の必要性は理解できる。最大級の支出項目である選手給与の高騰は止まる所を知らない。プレミアでは、すでに監査報告済みの2018−19シーズンの会計によると、20クラブ平均で収益の60%が選手への給与支払いで消えている。

 最も割合が高かったのはエバートンの85%。2016年からオーナーを務めるファルハド・モシリは、ESL入りを試みたビッグ6に対するポイント剥奪処分を求めているが、もしも古豪のエバートンにも声が掛かっていたとしたら、メンバーになるだけで400億円前後の収入を得る誘惑に勝てただろうか?

クラブ収益以上に増す選手給与の規模

 巨額の放映権収入があるプレミアでは、クラブの収益が増しても、それ以上のペースで選手給与の規模が増し続けている。例えば、今年1月に発表されたデロイト社の『2020年フットボール・マネーリーグ』でも、プレミア内では売上高トップのユナイテッドでは、GKダビド・デヘアが昨季の最高給取りとなっている。

デヘアの推定週給はなんと約5600万円©Getty Images

 推定年俸は週給で約37万5000ポンド(約5600万円)。英国における同年国民平均所得は3万8600ポンド。フルタイム雇用されている庶民の10倍近い額を1週間で稼ぐ計算だ。同じユナイテッドで、キングことエリック・カントナが稼ぎ頭となっていたのは1995年のこと。ちなみに、デヘアのサラリーは当時週給約18000ポンド(約270万円)だったカントナの約21倍にあたる。一方、同じ25年間で国民の平均所得は2倍程度にしか増えていない。

 他のスポーツ同様、プロ選手のなかでも傑出した能力の持ち主が破格の年俸を稼ぐこと自体に異論を唱える者は少ない。問題は「並」クラスに対する報酬の規模。プレミアでは、2019年に選手の平均年俸が300万ポンド(約4.5億円)を超えた。

降格スレスレの“1.5軍”でも年俸約4億円

 復帰1年目の今季、またも降格の瀬戸際に立たされているフルアムを例にとれば、昨年10月からベンチ入りが精一杯のDFマイケル・ヘクターでさえ、年俸は約260万ポンド(約3.9億円)の待遇だ。

 サラリーキャップ導入は非現実的という意見も多いイングランド国内だが、ロンドンでの試合開催で人気上昇中のアメリカのNFLのように、選手個々ではなく、スカッド単位で給与総額に上限を設ける手はあるように思える。

 資金力のあるビッグクラブは、スター選手の獲得が可能なままだ。少なくとも現状では30代のベテランに適用されるケースが多い、パフォーマンス・ベースの給与体系の一般化が検討されるべきだろう。導入が叶った暁には、遵守具合のチェックがレギュレーターに課される任務の1つとなる。

 既存オーナーの適性確認と、新オーナー候補者の適性検査も、リーグではなく中立的な新組織に委ねられるべきだ。

ガリー・ネビルという人選は悪くない

 外資参入がプレミアのレベルアップに寄与しているのは間違いなく、外国人の実業家や投資家がサッカーに夢中になれなくても仕方がない部分はある。しかしながら、オーナーとして関わることになるスポーツ、その世界で活動するクラブと根底で支えるファンへのリスペクトは必須である。

 その条件を満たさない人物が適任者であるはずがない。ビッグ6のなかではESL入りの首謀格と理解されるユナイテッドのオーナーは「ファンの信頼回復に全力を注ぐ」としているが、就任当初から信頼などされていないのだから失笑ものだ。

 そんなグレイザー一族のように、クラブに負債を押し付けて、資金を投じるのではなく抽出に執着するような人物による買収劇は、許されるべきではなかったし、この先も繰り返されてはならない。

 サッカー界の厳格な番人としての新組織は、頂点のプレミアからピラミッドを貫く富の分配管理や、人種、性別、年齢などに基づく差別といった不平等をなくす上でも重大な役割を担う。

 そうした組織の責任者には、ガリー・ネビルという人選も悪くはない。

元ユナイテッドのG・ネビルに対して現地での期待値は高いという©Getty Images

 ESLを許せないイングランド国民の心境を、テレビ解説者の立場で情熱的かつ理論的に代弁した46歳は、地元クラブのユナイテッドで生え抜きの主力となった現役時代から、母国代表とスペインのバレンシアでの指導者経験がある。さらには、サルフォード・シティ(現4部)の共同オーナーであり、弟のフィルがイングランド女子代表前監督で、妹のトレイシーがネットボール女子代表の元監督というバックグラウンドからしても、打って付けのリーダー候補と思える。

ビッグ6の謀反を招いた国内の下地を変えなければ

 ネビルは今回のESL創設構想の失敗を「イングランド・サッカー界に対する殺人未遂」とまで言って非難したが、同様のスタンスを取る首相から庶民までが心を1つにした「サッカーの母国」は、ビッグ6による謀反を招いた国内の下地を変えなければならない。

 今日も、緊急時や変革期のリーダーとして国民が尊敬の眼差しを向けるウィンストン・チャーチルは、「良い危機を無駄にするな」との名言も残している。

 ESLのオウンゴールに終わった今回の創設騒ぎを、ESLに対する決勝ゴールとする覚悟で行動を起こすべきだ。さすればスペインで"ESL 2"を画策するターミネーターの親分から「アスタ・ラ・ビスタ(またな)」と言われても、恐れることはない。

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文=山中忍

photograph by Getty Images