新型コロナウイルス感染拡大が止まらず、東京五輪開催の可否や是非が取り沙汰され続けているが、五輪が開催される前提で話をすれば、ゴルフ競技の舞台となるのは霞ヶ関カンツリー倶楽部(埼玉県)。男子は7月29日から8月1日の4日間、女子は8月4日から7日の4日間で予定されている。

 4月にマスターズを制した松山英樹は、帰国後の会見でも、内閣総理大臣顕彰を授与された際も、「五輪は金メダルを目指して頑張りたい」と語った。

 松山のマスターズ優勝に刺激され、日本国内ではゴルフクラブやゴルフウエアの売り上げが向上。練習場も混雑するなど“松山効果”があちらこちらに見られ、東京五輪でもゴルフは大きな注目を集めそうな気配だ。

 だが、その一方で欧米のトッププレーヤーの中からは、すでに出場辞退者が出ている。その筆頭が世界ランキング1位のダスティン・ジョンソンというところに、ゴルフならではの特殊な事情が見て取れる。

世界1位D・ジョンソンは「辞退」

 ゴルフの五輪出場選手は男女各60名。6月末時点でのオリンピック・ランキング(世界ランキングに基づいて算出される)に基づいて決定され、男女とも各国上位2名ずつだが、ランキング15位以内が3名以上いる場合は最大4名までが出場できる。

 米国男子は4名出場となるのだが、ランキング上、出場が確定的だったジョンソンが今年3月のプレーヤーズ選手権の際に「五輪には出ない」と明かしたことで、現在(5月3日時点)の米国代表候補4名はジャスティン・トーマス、ザンダー・シャウフェレ、ブライソン・デシャンボー、コリン・モリカワとなっている。

東京五輪を早々に辞退したダスティン・ジョンソン。マスターズ表彰式ではディフェンディング王者として同席した ©︎Getty Images

 気になるのは、世界No.1のジョンソンが、なぜ五輪出場を早々に辞退したか。彼はその理由をこう語った。

「東京五輪は、僕にとって大きな意味のあるゴルフの大会の流れの真ん中にある。東京までの旅は遠くて大変だ。その時期、僕はPGAツアーで戦うことに集中したい」

 東京五輪の2週前には全英オープンがあり、東京五輪の直後には世界選手権シリーズのフェデックス・セント・ジュード選手権が続く。翌週にはレギュラーシーズン最終戦のウインダム選手権が続き、その翌週からはプレーオフ・シリーズ3連戦に突入する。

 ジョンソンの言葉を借りれば、五輪の前後に目白押しのビッグ大会こそが「僕にとって大きな意味のある流れ」であり、その流れの真っ只中、しかもコロナ禍の中で、わざわざ太平洋を渡って不慣れな日本で五輪に出るより、過密スケジュールを避けて「大きな意味のある大会」にしっかり備えたいというのが彼の考えなのだ。

 そして、ジョンソンが掲げた理由や事情は、米ツアーで戦う他の五輪出場候補者にも、そのまま当てはまるわけだから、他選手たちもジョンソン同様に「僕も過密スケジュールを避けたい」「だから東京五輪には出ない」と連鎖的に辞退者が出る可能性はある。

アダム・スコットは「家族の時間」

 実際、4月にはオーストラリアのアダム・スコットが2人目の出場辞退者となった。スコットが出場辞退した理由は、突き詰めればジョンソン同様の「過密スケジュール」だが、スコットがプライオリティとして掲げたものは、ジョンソンとは異なる。

「僕の家には3人の幼い子どもたちと妻がいる。東京五輪のタイミングは、週に2、3日という単位ではなく、ある程度の長さのある一定期間、ファミリーと過ごすことができる唯一のチャンスなんだ」

2人目の辞退者となったアダム・スコット。日本でも人気を誇る選手だけに残念なニュースとなった ©︎Getty Images

 つまり、ジョンソンは「東京五輪前後のビッグ大会」が最優先、スコットは「家族と過ごす時間」が最優先ということ。言い換えると、彼らにとって五輪は、それらよりプライオリティが低いという意味になる。

 それは、幼いころから五輪出場を夢見て切磋琢磨してきた他競技のアスリートたちから見れば、信じがたい考え方に違いない。

 しかし、今現在のゴルフ界に生きる選手たちが、そう考えることは、ある意味、無理もないことだと思える。

 五輪の歴史を振り返れば、第1回のアテネ大会では、ギリシャにゴルフ場が無かったためにゴルフは行なわれなかったのだが、次なる1900年パリ大会と1904年セントルイス大会では、ゴルフが実際に競われた。

 しかし、ヒートアップしていたのは米国やカナダなど世界のごく一部だけだったようで、1908年ロンドン五輪では関係者の意見の相違でゴルフ競技が実現せず、以後、ゴルフは自然消滅的に五輪から消えていった。

 2016年のリオ五輪から112年ぶりに五輪にゴルフが復活した背景には、ゴルフをこよなく愛する大勢の人々の10年以上に亘る涙ぐましい復帰運動があったのだが、今の時代に活躍しているどの選手にとっても、リオ五輪からのゴルフ復活が決定するまでは、「五輪」は頭の中にはまったく存在していなかった。

 ジョンソンもスコットも、幼いころから米ツアーで勝つこと、メジャーで勝つことを目指してゴルフクラブを振ってきた。

リオ五輪では松山も出場見送り

 その事情は、我が日本の松山にとっても同じだ。リオ五輪からのゴルフ復活が決まった当時から、松山は「幼いころから僕が目指してきたのはメジャーで勝つことなので、急に五輪で金メダルを目指せと言われても……」と戸惑いを隠せなかった。

多くの辞退者が出たリオ五輪で熱戦を演じて金メダルを獲得したジャスティン・ローズ ©️Getty Images

 そして、リオ五輪の際は、ブラジル一帯に蔓延していたジカ熱や現地の治安の悪化を理由に出場辞退者が続出。オーストラリアのスコットとマーク・リーシュマン、ジェイソン・デイ、南アのシャール・シュワーツェルとルイ・ウエストヘーゼン、そしてあの年のマスターズを制した英国のダニー・ウィレット、北アイルランドのローリー・マキロイらが次々に「出ない」と明言。

 結局、松山もリオ五輪出場を見送った。

 しかし、東京五輪は母国での開催であり、霞ヶ関CCは彼が2009年の日本ジュニアを制し、2010年のアジア・アマチュア選手権を制してマスターズに初出場する資格を掴み取った思い出の場所だ。2017年11月に安倍晋三首相(当時)、ドナルド・トランプ大統領(当時)とともに回り、ゴルフ外交に参加した場所でもある。

2017年、霞ヶ関CCでラウンドする安倍前首相(左)、トランプ前大統領(右)。水色のウェアを着ているのが松山英樹だ ©︎KYODO

 そして何より、松山は幼いころから目指してきたマスターズ優勝という最大の目標を達成したのだから、「それならば」ということで、東京五輪では頑張りたいという気持ちを抱くことは自然の流れだ。グリーンジャケットを羽織る姿を日本の子どもたちに見せたことで「僕みたいになりたいと思ってくれたら、うれしい」と語った松山は、今度は金メダルを掲げて日本の人々に勇気や希望をもたらしたいと願っているのではないだろうか。

「五輪が開催されるのなら、金メダルを目指して頑張りたいです」

 5月3日時点では、ゴルフの日本代表候補は、男子が松山英樹と金谷拓実、女子は畑岡奈紗と古江彩佳の各2名。渋野日向子は圏外に押し出されたが、決定まであと1カ月半ある。

 果たして、霞ヶ関でティオフするのは誰か。日本も世界も、今なお混沌としているが、やるならやるで、是非とも金メダルを獲ってほしい。

文=舩越園子

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