5月6日発売のNumberは初の長谷部誠特集。その誌上で長谷部本人のインタビュー記事を担当しました。

 筆者は今、長谷部と同じドイツ・フランクフルトに居を構えています。ドイツ国内は未だにコロナ禍によるロックダウンの最中で、街はまだ活気を取り戻せていません。でも、ここで暮らしを営む人々は全世界の方々と同様に明るい未来を信じ、この試練を乗り越えようと辛抱の時を過ごしています。

 フランクフルトの市民にとって、コロナ禍の中でも活動を続ける地元クラブ、アイントラハト・フランクフルト(街の名前との混同を避けるため、以下アイントラハト)の勇姿は希望の光です。今季のアイントラハトはブンデスリーガのシーズン終盤戦でも上位を維持し、来季のCL出場権を得られる4位以内を目指して奮闘しています。そしてチームの中心には37歳の長谷部がいて、地元の方々はこの聡明な日本人に熱い眼差しを注いでいます。

「僕のパフォーマンスに自分でも驚いている」

 Number誌上での長谷部のインタビューは昨年の同時期に実施して以来。当時の彼はクラブと1年の契約延長を交わした直後でしたが、言葉の端々に「今季」が最後の勝負になると捉えている節がありました。実際に2020−21シーズンが始まるとクラブが推し進める世代交代方針の影響もあって出場機会が減りました。しかし今年に入ってから、かつての本職ボランチの役割を再び与えられて鮮やかに復活。さらに1年の契約延長を勝ち取りました。

 ここ数年の長谷部は、年齢によるフィジカルの衰えを理由として、活動エリアの広いボランチよりもフィールドプレーヤーの最後方、リベロのほうが自身の能力をより引き出せると考えていたようです。

 しかし、実情は異なりました。今回のインタビューで、今季のプレーについて率直にこんな感想を述べています。

「自分自身も驚いているというか、また監督が僕を中盤のボランチで使おうと考えているとは思わなかった。それプラス、自分自身がそこで想像以上のパフォーマンスを出せている両方の驚きがありますね」

「フロントや代理人になる方が多いんじゃないですかね」

 インタビューは約70分に及んだため、誌面では泣く泣く割愛した部分もあります。ここではその幾つかをご紹介します。

 日本のサッカーファンの中には、現役生活を終えた長谷部が監督の道へ進み、ヨーロッパのクラブ、もしくは日本代表を率いる姿を見たい方も多いでしょう。僕もその一人ですが、彼自身はまだ将来の道筋を明確に決めていないと述べたうえで、監督以外にクラブサイド、いわゆるゼネラルマネジャーやスポーツディレクターなどの職務にも興味を抱いていると話します。

「ドイツでも僕と同世代の選手たちがかなり現役を退いているんですよね。例えばヴォルフスブルク時代の元チームメイトで、今でも仲の良いマルセル・シェーファーは現在、ヴォルフスブルクでスポーツディレクター職に就いているんです。彼は現役を引退してからすぐにクラブフロントの勉強をして重職に就いていて、しかも僕よりも1歳歳下なんですよ。その意味では、日本とドイツでは役職に関する考え方が異なるように感じます。日本の選手は現役を引退した直後に指導者の道へと進む方が多いじゃないですか。もちろんドイツでもそのケースはあるんですけど、それほど多くないような気がします。逆にクラブフロントや代理人になる方が多いんじゃないですかね」

 彼の言う通り、現役時代に幾多の実績を築き上げたブンデスリーガーが指導者としても大成するのは稀です。一方で、クラブフロントに転身したパターンでは成功例が幾つかあります。

 現在のブンデスリーガクラブでは元ドイツ代表FWのカール・ハインツ・ルンメニゲがバイエルン・ミュンヘンの最高経営責任者(CEO)ですし、その後任には元ドイツ代表GKのオリヴァー・カーンが内定しています。他にもレヴァークーゼンのスポーツディレクターは元ドイツ代表FWのルディ・フェラーですし、シュトゥットガルトのCEOも元ドイツ代表MFのトーマス・ヒッツルスペルガーと、名選手がクラブの要職に就くケースは枚挙にいとまがありません。

一番影響を受けた監督は?「岡田さん、ザッケローニさん……」

 それでも、やっぱり個人的にはビシッとスーツを着こなしてサイドライン際で選手へ指示を送る姿を見たい思いもあるんですよね――その点を今一度問いかけると、彼がこれまで出会ってきた指導者たちへの話題へ変わりました。

 <サッカー面はもちろん、一人の人物として尊敬している監督は誰?>と聞いたところ、こう答えました。

©Ryu Voelkel

「うーん、一人に絞るのは難しいんですけどね……。本当に多くの監督と一緒に仕事をしてきたので。その中には自分の考え方とはかけ離れている方もいましたけど、完全に考えが合致する方もいなかった。でもね、やっぱり関わった指導者の方全員に感謝しているんですよ。その一人ひとりがいなかったら今の自分はないと思っているから。

 それでも、中でも強く影響を受けた監督はそうだなぁ。岡田(武史)さん、(アルベルト・)ザッケローニさん、ギド(・ブッフバルト)さん、フェリックス・マガトさん、ニコ・コバチさんかな。それぞれにキャラクターがあって、指導のやり方があって、その様々な面に僕は感銘を受けている。だから、僕がもし指導者に就くとしたら、そんな皆さんの良いところをどんどん吸収して、それで自身の指導者像を築きたいなとは思っているんですけどね」

「あっ、オフトさん!」「マガトさんは厳しかった(笑)」

 おお、やはり監督への興味もあるのですね。でも、彼は返す刀でこう続けました。

「だから、その指導者像のイメージがすでに自分の中にあるんですよ。でも、それを取り入れて実際に上手くいくか、いかないかは分からない。それがサッカーの面白さでもあるんですけどね」

 先ほど挙げた指導者の中には彼がプロ初年度に師事したハンス・オフト(元日本代表監督、元浦和レッズ監督など)の名前がなかったのが意外でした。

「あっ、オフトさん! 確かにオフトさんもそうですね。うん、うん。ただ、僕がオフトさんの下でプレーしたのは、もう19年くらい前のことなんですよね。当時の指導の仕方と今はかなり変わってきているから、指導法という意味ではどうなのかな? 僕の印象では、当時はGPSを付けてデータを抽出したりもしていなかったから、ただただ練習が辛かった思い出しかない(笑)。でも、その経験があったからこそ精神的に鍛えられた部分もあるし、いまの練習が逆に少し物足りなく感じたりもする。

 ただ、もしオフトさんが今でも何処かのクラブを指揮していたら、間違いなく現代的なサッカーを志向しているんだろうなとは思います。あと、練習の厳しさで言ったら、(ヴォルフスブルク在籍時に指導を受けた) マガトさんは一番練習が厳しかった! あのときのことを思い出すと、今でもお腹から何かを戻しそうになるもん(笑)」

地元ファンは「ハセベこそがアドラー」

 サッカーはチームスポーツです。クラブ、監督、コーチ、選手、そしてファン・サポーター、そのコミュニティが一致団結したとき、目標は明確に定まり、成功への道のりが見出せます。インタビューでは組織論にも話が及びました。

「それはサッカーだけじゃなくて、様々な社会の中でも言えることですよね。同僚でも上司でも部下でも、自分とは熱量が違うと思うことが多いんじゃないでしょうか。組織の中で皆が同じ情熱を抱き続けるのは難しいですよね。例えばどんな仕事でも、チームで取り組むという概念ならば同じ熱量を注いでほしいと思いますよね。僕も、もちろんその気持ちはある。でも、どうなんだろう? こっち(ヨーロッパ)の選手は言うことを聞かないんですよ(笑)。それで結果を出せばいいわけですしね」

 それでも彼はかつて、こんなことも話していました。

「試合での僕は感情を思い切り表に出しますよ。それでモチベーションを高めてもいる。その“熱い”部分は、実は自分らしいとも思っている」

 37歳の長谷部誠は利発でありながら、以前よりも凛とした佇まいがありました。それは達観しているというよりもむしろ、全てを理解したうえでファイティングポーズを取り続ける闘士の姿を想起させます。

 最近の日課である散歩に出掛けて近所の石畳の道を歩いていると、電柱に誰かの写真が貼られているのを見つけました。目を凝らすと、そこにはアイントラハトのユニホームを纏った長谷部の姿が……。写真の上には手書きでドイツ語が綴られています。

 『Er ist der Adler』(彼こそがアドラー)

 “Adler”(アドラー)とはアイントラハト・フランクフルトのエンブレムにも刻まれているクラブの象徴、犬鷲(イヌワシ)のことです。

 内から発する闘志、情熱、信念は確かに伝播している。この街で暮らしていると、そんな『Makoto Hasebe』の存在を、より身近に感じられるのです。

文=島崎英純

photograph by Ryu Voelkel