6月3日から行われる全米女子オープンに挑む渋野日向子。4月の海外遠征で訪れたハワイで語った現在の心境、そして2019年全英女子オープン以来となるメジャー制覇への思いを語った(初出:Number1026号 2021年5月6日発売)。

 ワイキキのストリートとビーチを見下ろすホテルのバルコニーに腰を下ろして渋野日向子は言った。

「気落ちしていたわけじゃないんです。でも何を目指して頑張っていこうかなとは考えていました。かなり最近まで無理だなと思ってたんです。5大メジャー制覇するって言ったけど、あれ無理だなあって」

 頭上の太陽とは対照的に晴れ晴れとしない告白。しかし、その表情を見て言葉ほど湿っぽさがないことに気づくのだった。

 最近、渋野あまり笑わなくなったよなぁ。と感じている人がいたら、それはあまり心配しなくてもいいらしい。彼女は悩んでもいなければ、迷ってもいない。じゃあ、なんなのか。「考えている」のだ。

「上位にはいきたいけど、今はスイングのことやゴルフの内容に関して考えることが多いんです。今まで何も考えずにひたすらやっていたから」

 と渋野は昔の自分を少し突き放すように言った。

「優勝した('19年の)全英を見たらわかるじゃないですか。何も考えずにただ振っているみたいな。それが良かったのかもしれないし、それだけじゃダメになる時もあると思ってます」

「知りすぎてもダメだと思う。でも」

 昨年は周囲が期待するような結果を残せずにいたが、終盤に復調して12月の全米女子オープンでは優勝争いを演じた。今年の開幕直前に掲げた目標は「自分を知ること」。だから今も考えている。

 テイクバックを変えた新しいスイングのこと、ウェッジを4本にしたアプローチのこと、コースマネジメント、これからのキャリア、時々はおやつのことも――。それだけあれこれ考えている最中にニコニコできる人間はあまりいない。表情は自然と硬くなる、というか真顔になるだろう。

「知りすぎてもダメだと思う」

 ゴルフとは経験や知識が邪魔をするスポーツでもある。

「でも、今のところ怖さまではわからない」

 練習場に行っても周りに選手はおらず、その日のメニューやテーマは自分で決める。ひとりでいる時間、考える時間。日本人の姿がほとんどないハワイでそんな1週間を過ごす彼女に、あらためて全英優勝以降のフィーバーについても尋ねてみた。

「みんな解説したがりだな、他人のことをねえ」

「疲れる疲れないで言えば、疲れます(笑)。ここまで盛り上がる必要があるのかなって自分でもついていけなかったですもん。今も慣れてはいないです。注目されるのは嬉しいし、ありがたいこと。でも、ひとりでいる時間はすごく好きになりました」

 昨年はコロナ禍で無観客開催が続き、メディアに取り囲まれることもなくなった。それでも渋野はいつも話題の中心にいる。スイングの変更、コーチとの別離、石川遼からの助言、何かをすればすぐに賛否が渦巻く。頼んでもいないのにデリバリーされてきたピザみたいだ。

 渋野はただただ不思議に思う。

「いろんな人が意見を言ってくれるけど、他人のことなんてほっとけばいいのにって(笑)。1から100まで全部説明するつもりはないし、それを理解してほしいとも思わない。そうやって……ね? 面白いなと思って。ホントみんな解説したがりだなって、他人のことをねえ。まあ、そうやって言う……あれ、何の話だっけ?(笑)」

 周りの声に腹を立てているわけじゃなく、気に病んでいるのでもない。駅で反対のホームに立っている人を見る気分に近い。自分に干渉はしてこないが、なんとなく視界には入っている、というような。

「松山さんは10年出続けてやっと勝った」

 全英で日本女子42年ぶりのメジャータイトルを獲得した後、目標に掲げたのは女子5大メジャー完全制覇だった。しかし昨年、約2カ月に渡って米ツアーに継続参戦したことで現実を思い知った。

「ツアーのレベルが高すぎて自分に足りないものがたくさん見える。見えすぎちゃう」

 インタビュー直前のハワイでの大会も、優勝した元世界1位のリディア・コには15打差をつけられた。「あと15打縮めろと言われても今は無理」。5大メジャーなんてなおさら、というのが偽らざる心境だった。

 そんな心の灯火となっているのが、ハワイから7000km以上離れたオーガスタで誕生した日本男子初のメジャーチャンピオンの姿だった。

「私とは全然ストーリーが違いますよね。私は初出場で『行ったら勝った!』みたいな感じで、松山さんは10年出続けてやっと勝った。自分もメジャーに勝ったけど、いろんなことを経験したり、苦しんでいた人が勝つのは全然違うなって」

 その上で湧き上がる思いを感じている。

「5大メジャーというよりも、もう1回メジャーに勝ちたい。それが目標になりました。これからもっと苦労してメジャーを勝てた時、たぶん全英で勝った時とは全く違う感情になると思うから。そうしたらもっといいことが喋れそう(笑)」

 太陽は依然として頭上にあった。どこまでも青く広がる海を眺めながら、渋野が考えていたのはそういうことだった。

文=雨宮圭吾

photograph by Wataru Murakami