3月初旬、長谷部誠がアイントラハト・フランクフルトとの契約を1年延長した。5月6日発売のNumber1026号では、「長谷部誠は知っている。」と題し、年を重ねなお進化を続ける37歳の全貌に迫っているが、フランクフルトで7年間、鍼灸師として長谷部ら選手を支え続けている黒川孝一氏にも話を聞いた。

「才能はあるし、すごいプレーをすることもあるんだけど、コンスタントさに欠ける」

 そんなコメントを、特に若い選手に対する評価で見かけることがある。パフォーマンスを安定させるための秘密は、いったいどこにあるのだろう?

 確かに、若い頃は同じようなイメージでプレーしていても"ぶれ"が出てしまうことや、いつも通りのコンディション調整で試合直前までは調子良さそうだったのに、いざ試合が始まると動けない、なんてことがある。

どれだけ優れた選手でも好不調の波があるのに

 今季の長谷部誠は、違う。

 どんな試合でも、コンスタントにハイパフォーマンスを発揮している。毎試合のように期待通りのプレーを見せて、1試合休みなく走り切る。そんな長谷部が起点となることで、攻守にゲームが円滑に進んでいる。

 しかも、チームは現在ブンデスリーガ4位。改めて強調することではないかもしれないが、37歳の長谷部は、チャンピオンズリーグの出場権争いをしているチームでレギュラーとして活躍しているのだ。

「経験に裏打ちされたマコトのプレーぶりは、本当に素晴らしい」

 フランクフルトの関係者みんなが口を揃えて絶賛しているが、ではどんな経験がどんな効果をもたらしているのだろうか?

 別に若い選手に限らず、どれだけ優れた選手でも好不調の波はある。シーズンを通せばうまくいかない試合はある。それでも、悪いなりにも試合の状況に応じて自分のプレーを修正し、傍目にはそれほど悪いプレーはしていないね、という印象を持たれる選手がいる。

 そうしたパフォーマンスを続けられる選手と、試合が始まってみないと自分自身の調子がわからない選手、その違いはどこから来るのか。

7年間毎日のように長谷部らを支える黒川氏に聞く

 今回はフランクフルトで7年間、鍼灸師として毎日のようにマッサージや鍼灸などの治療を行い、長谷部ら選手を支え続けている黒川孝一に話を聞いた。

 コンディション調整やフィジカルへの影響などのメディカル面からみて、なぜ長谷部はコンスタントにいいプレーができるのか?

「僕らの仕事は土台作りです。選手が試合を通して痛みなく走り切れるような土台を作る。土台があったうえで、アスレティックコーチが何度もダッシュできる疲れにくい体作りのトレーニングをする。そして試合では、狙い通りに戦うために戦術的インテリジェンスが求められて、イメージ通りのプレーをするためのスキルが必要で、何が起きても、どんな展開でも動じないメンタリティも欠かせない。そうやって、いろいろな要素が絡み合っていいプレーができるわけです」

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「意識的に気になるところを丁寧にメンテナンス」

 サッカーは相手ありきのスポーツだ。何か一つでも欠けると、うまくいかない。そして土台となる体作りにおいて大事なのは、できる限りケガをしないことだ。

 長谷部は過去に膝関節や股関節に負傷を抱えていたことがあるが、ここ数年は筋肉系のケガが非常に少ない。相手と衝突して打撲といった防げないケガは別として、練習負荷のコントロール不足による筋肉系のトラブルは少ないと、黒川は指摘する。

「筋肉系のトラブルは間違った体の使い方をするとか、過度な使い過ぎ、同じ個所に負担がかかりすぎる運動の繰り返しによって生じることが多いんです。長谷部選手は、過去にケガをした経験があるので、いつも意識的に自分の気になるところやウィークポイントを丁寧にメンテナンスしているように感じます」

コンスタントにプレーすることが難しい理由

 とはいえ、コンディション調整がうまくいけば良いプレーができるわけではない。

 黒川がそもそもコンスタントにプレーすることが難しい理由の1つとして挙げたのは、毎試合同じような展開や同じようなプレー状況に決してならないという、サッカーというスポーツの持つ特性についてだった。

 例えば、ある試合でチーム全体の調子も良く、イメージ通りボールを奪い取れる機会も多かったことで、何度もボールを受けて、得意のプレーでチャンスメイクに貢献していたオフェンスの選手がいるとする。

「体が軽く、痛みもなく絶好調と感じた次の試合では、相手チームへの対策として前回の試合とは異なる役割、相手選手の攻め上がりについて行かなければならなくなる。すると走りのインテンシティも、ハイスピードで走る距離も変わってくる。前回のように前線で起点となって攻撃で貢献したいと思っても、長距離ダッシュの後でボールを受けて得意のドリブルを見せたくても、足が重くてボールがついてこない。そんなふうになってしまうことがあります」

90分間攻め続けた疲労と守り続けた疲労は全然違う

 ポジション、自身の役割、対峙する相手の特徴、布陣やチームメイトのコンディション、さらには天気や試合展開……。サッカーの試合には多くの要素が関与していて、監督から求められる動きは変り、それに伴い体への負担も変わってくる。

「サッカー経験者ならわかると思いますけど、90分間攻め続けた疲労と守り続けた疲労はやっぱり全然違う。自分が思ったプレーができているときは体が軽いと感じるでしょうし、相手に対してリアクションが多い試合は疲労度が高く感じるものです」

 その違いに気づけず、自分の体をコントロールできずに、振り回されてしまうとなかなか自分のプレーを出すのは困難だ。

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 そうした点から考えても、長谷部は様々な要素が絡み合ったゲームにおいて体に対する負担の変化に順応する力が備わっているし、どんな状況下で、どんな判断を下し、どんなプレーを選択すればいいのか、自身の持つフォルダの中から瞬時に検索し実行する能力が極めて高い。

 37歳である。どれだけコンディションを整えていても、相手に横に揺さぶられたら体はついていけない(はずだ)。それなのに、そんなシーンはあまりない。それは長谷部が、相手が有利にならないように事前に対処している何よりの証拠だろう。

調子がよくない日もあるが、対応が違う

 黒川が言うには、長谷部も練習では調子が良くなかったり、ミスが目立ったりする日もあるという。しかし、そこでの対応が違う。

 並みの選手の場合、うまくいかない状況にイライラしたり、味方と連携がうまくいかず不満の声をあげてしまったりする。練習からアドレナリン全開で本気で取り組んでいたら、そうした感情の爆発だってありうるだろう。

「自分のプレーが悪くても変わらないんです」

「長谷部選手は、自分のプレーが悪くても変わらないんです。いつでも本当にフラット。『ああ!』とちょっと声をあげることはあっても、それで落ち込むそぶりもない。今日はここができていなかったから、うまくいかないところがあったからと、それを引きずって居残りトレーニングするようなこともあまりない。いい意味で割り切ることができるんだと思います。うまく気持ちを切り替えて、普段のルーティーンを壊さずにやって、試合へ向けて調整するというのを毎回繰り返している。いつも一緒のことをして、それで試合に合わせてくるというのは、本当にすごいところだと思います」

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 経験がない選手、あるいは経験を整理できていない選手は、どんなプレーを求められているのか、試合の状況下でどのようにプレーを変化させるべきかを局面ごとに考えるから、精度も下がるしスピードも遅くなる。

 あるいは、練習でのプレーや前節のプレーを気にして不安になり、考えすぎてしまうということもあるかもしれない。

 割り切るということは、いい意味でミスを受け入れるということだ。

 どんな選手でも絶対にミスはする。ミスをすることに対して開き直るのではなく、割り切って、ミスありきで次にどんなプレーをすべきかに思考回路を切り替える。そのへんの思考的柔軟性が備わっているからこそ、プレッシャーに押しつぶされることなく、自分のプレーをやり切るために気持ちを集中させることができる。

本当に「自然体」という言葉がぴったり

 それは、場数を踏んできた実体験に基づく自信と確信があるからだろう。

 長谷部の取り組みの一つひとつはプロ選手として当たり前のことかもしれない。でも、その当たり前をそこまで丁寧にやってない選手が多いのなら、やっていないことのほうが当たり前ということになる。

「だから毎日、当たり前のことを何年もやり続けている長谷部選手はすごいとリスペクトされているのでしょう。これまでにさまざまな試行錯誤をしてきての今だと思うのですが、本当に『自然体』という言葉がぴったりと当てはまると思います。

 最新のトレーニングやメソッドに流されることなく、自分に何が必要で何が必要ないか自分の頭で考え、感じ、自分にとって最良の行動を常に選択する。その部分を継続できるところが、彼の素晴らしさだと思います。どんなときも自然体なんですよ」

<黒川氏が分析した“長谷部誠37歳の肉体の凄み”は、Number1026号でも特集しています>

文=中野吉之伴

photograph by Itaru Chiba/AFLO