新型コロナウイルスは、サッカーだけでなくフットサル界にも大きな影響を及ぼしている。2020年9月に開催予定だったW杯が開催延期となり、ブルーノ・ガルシア監督率いる日本代表も仕切り直しとなる中で、フットサル界のレジェンド森岡薫はスペインの地から「42歳でのW杯出場」に執念を燃やしている。そんな彼に、現地スペインで直撃取材。激動のキャリアなど全3回にわたってお届けする(#2、#3はこちら)

 フットサルに詳しくない人でも、森岡薫の名を一度は聞いたことがあるのではないか。

 Fリーグ創設初年度から9連覇を果たした名古屋オーシャンズの得点源として活躍し、日本代表のAFCフットサル選手権優勝、初のワールドカップ16強入りなどにも貢献してきた、日本フットサル界の「キング」と称される男である。

 その森岡が昨年1月、何と40歳にして世界最高峰と言われるスペイン1部リーグに移籍した。

 40歳。普通なら現役を続けているだけで称えるべき年齢である。実際、1979年4月7日生まれの森岡はリーグの最年長プレーヤーで、同年生まれはゴレイロで2人いるだけだ。

40代で世界最高峰リーグ移籍は異例すぎる

 移籍したオパルロ・フェロルはフットサル日本代表ブルーノ・ガルシア監督の地元クラブで、加入当時の監督は以前ブルーノと共にベトナム代表を指導していた。

2020年2月にはフットサル日本代表の欧州遠征中に対戦した©Getty Images

 森岡をよく知る2人の存在がスペイン移籍の決め手になったとはいえ、40代で世界最高峰のトップリーグに初挑戦する選手など前代未聞のことだ。

「ここでのプレーをずっと夢見てきた。この歳まで叶わなかったけど、まだここでプレーするに値する貢献ができると思う。難しい挑戦だと理解しているけど、不可能だとは思わない。期待に応えるべく全力を尽くしたい」

 そんな決意表明を行なった入団会見の数日後、森岡は慌ただしくリーグデビューを迎えた。強豪バルセロナとのアウェー戦前日に移籍手続きが完了したため、急遽招集されることになったのだ。

「試合が土曜日だったので、チームは金曜の昼に出て、僕は残ったんですよ。まだ手続きもできていなかったので。そしたら監督から電話がかかってきて、『いいニュースと悪いニュースがある。いいニュースはバルサ戦に出られること。悪いニュースは当日移動』と言われて(笑)」

 まだ時差ボケも残る中、早朝のフライトでバルセロナ入りした森岡は、その日の夜にデビュー戦のピッチに立った。

 試合は最終的に5-6で競り負けたが、4-4の場面で放ったシュートは惜しくもポストを直撃。終了間際には森岡のシュートが味方に当たってゴールネットを揺らし、世界的強豪を相手にデビュー戦で1アシストを記録した。

「本当に来てよかったと思う」

「本当に来て良かったと思ったし、やっぱりこの雰囲気は日本では絶対に味わえないとすごく感じた。スペインのチームとは代表で練習試合をしたことはあるけど、公式戦の激しさは全然違った」

 確かな手応えを掴んだデビュー戦を皮切りに、森岡はスムーズにチームにフィットしていった。

 初ゴールを記録したのはデビューから4戦目のジンベー・カルタヘナ戦。2-2で迎えたゲーム終盤の37分、スペイン代表アドリの鋭い縦パスをダイレクトで押し込み、3-2とする決勝点を決めた。

「何回見ても気持ちいいシーン」と振り返るゴールの直後には、思わず胸のエムブレムにキスをしていた。

「40歳の選手を世界最高峰のリーグに受け入れるなんて、チームからしてみればイチかバチかじゃないですか。サッカーの世界じゃありえない。それをしてくれたこのチームには感謝してもしきれない部分があったから、勢い余ってそういう喜び方をしました」

 さらに6日後のガリシアカップでは2ゴールを記録。続くリーグ戦では初めてファーストセットに入った。

「もっと早い時期に来れば……」

 スペインの生活やチームの戦い方に慣れはじめるのと並行し、順調にコンディションも上がっている。十分にやれるじゃないか。芽生えた自信が次第に深まっていくのを感じていた。

40代と思えぬほど若々しい動きでプレーを続けている©Daisuke Nakashima

「もっと早い時期に来ればよかったなと思いましたね。40歳でもやれるのに、20代や30代前半で来ていれば、また新たな経験ができたんじゃないかという後悔はありました」

 しかし、まさにこれからという時に不測の事態が生じる。パンデミックの拡大によるリーグ中断である。

「まだ日本にも帰りたくなかったし、もっと結果を出したかった。プレーオフを目指せるチームだったと思うから、余計に悔いが残りましたね。僕らがコントロールできることではないんで、仕方ないと考えるしかなかった」

 そのままレギュラーシーズンは打ち切りとなり、年間王者を決めるプレーオフには中断時点の上位8チームが進出。10位だったオパルロはこの時点でシーズン終了となり、半年間の契約を結んでいた森岡は6試合出場1ゴールという結果を残して帰国することになった。

W杯延期に「まさかもう1年」

 そして帰国後、さらなるショックが森岡を襲う。昨年9月に予定されていたワールドカップの翌年への延期が発表されたのだ。

「年齢的に41でぎりぎりだったのに。まさかもう1年っていうのは、大きな打撃でしたね。ここでもうチャレンジするのやめようかなって思いました」

2012年W杯、フットサル界の伝説的プレーヤーであるリカルジーニョとマッチアップ©Getty Images

 41歳で迎えるはずだったワールドカップは、森岡が現役生活の集大成と位置付けていた目標だった。それが思いもよらぬ形で1年後に先送りされたことで、一時は心が折れかけた。

 しかし、そんな矢先にオパルロから契約更新のオファーが届いたことで、森岡は1年後のワールドカップに向けて再び歩みはじめる。

「また挑戦できるチャンスが来たことで、可能性を感じさせてくれたんですよね。延期じゃなくて4年後となっていれば来ていなかった。去年来たのも、ワールドカップに万全な準備で行くためだったので」

 この言葉からも分かる通り、森岡のワールドカップに対する思いは人一倍強い。そしてその思いを理解するためには、彼のルーツを紐解いていく必要がある。

<第2回に続く。関連記事からご覧になれます>

文=工藤拓

photograph by Daisuke Nakashima