「いやいい加減一緒にやってくれ。みんな待ってるから!笑」

 馬場雄大(現NBLメルボルン・ユナイテッド)が、ツイッターで八村塁(ワシントン・ウィザーズ)と渡邊雄太(トロント・ラプターズ)にあてて、そうつぶやいた。アメリカ時間5月6日(日本時間5月7日)のウィザーズ対ラプターズの対戦を前に、八村が体調不良、渡邊が足首の痛みで欠場すると発表になったからだ。

 今シーズン、ウィザーズとラプターズのレギュラーシーズン対戦は3試合予定されており、これが3試合目。1回目の2月10日の試合は直前に渡邊が捻挫して欠場し、2回目の4月5日の試合は八村が肩を痛めて欠場。結局、3試合とも2選手が揃ってコートに立つことはなかった。

 昨シーズン、まだ渡邊がメンフィス・グリズリーズのツーウェイ契約選手だったときの初対戦時(2019年12月14日)には2人は共に出場。史上初の日本人選手NBA同試合出場が実現している。しかし、この試合で2人が同時にコートに立っていたのはゲームクロックにしてわずか1分9秒。まだローテーション入りしていなかった渡邊の出番が短かったためだ。

 今回は、4月に渡邊とラプターズがツーウェイ契約からNBA本契約に切り替わり、ローテーション入りして毎試合出場するようになっていたため、もっと本格的な対戦が見られると日本中のファンが楽しみにしていた試合だったのだ。

田臥勇太を見てNBAを目指した

日本人として初の日本人選手となった田臥雄太 ©︎Getty Images

 実現しなかったとはいえ、日本人選手が世界最高峰のリーグに2人いることは、日本人のNBAに対する意識を大きく変えている。

 渡邊は小学生のころ、フェニックス・サンズで初の日本人NBA選手となった田臥勇太の試合を見て、自分がNBAの舞台に立つことを夢見ていたというが、今、八村や渡邊のNBAでの活躍を見て、NBAを身近に感じ、同じような夢を思い描いている子どもたちが日本全国に大勢いるに違いない。

 先日、日本人として初めてマスターズ優勝を果たしたプロゴルファーの松山英樹が、優勝後に言っていた言葉が頭をよぎる。

 アメリカのテレビ局のインタビューで、日本中のファンから期待をかけられながらPGAツアーで戦ってきたプレッシャーについて聞かれたときのことだ。

「あと2〜3人、同じような気持ちがわかる人がいたらいいのになとは、ずっと思っていました」

 世界の頂点で戦うことの過酷さ、母国から多くの期待をかけられるプレッシャーの重み。そして、それをひとりで受け止める孤独さ。それは、実際に経験した人でないと理解できないことなのかもしれない。

 そう考えると、バスケットボール界において世界の最高峰、NBAの舞台に2人の日本人選手がいるということは、ファンだけでなく、当の2人にとっても幸せなことだ。個人スポーツとチームスポーツの違いがあるので、一概に松山のプレッシャーとは並べられないかもしれない。それでも、日本人選手にとって手の届かない世界だと思われていた舞台で戦う彼らにとって、すべてをひとりで背負う必要がなく、悩みや喜びを共有できる仲間がいるというのは心強いことに違いない。

渡邊にアドバイスを求めた高校生の八村

 渡邊と八村が初めて会ったのは6年前、2015年6月の日本代表強化合宿だったという。その前からお互いに存在は知っていたが、高校卒業と同時にアメリカに渡った渡邊と、渡邊より学年にして3学年下の八村は、それまで接点がなかった。

ジョージワシントン大学時代の渡邊雄太 ©︎Getty Images

 当時、渡邊は渡米2年目、ジョージワシントン大での1年目を終えたところ。高校3年だった八村は、アメリカ留学を真剣に考えていて、自分が目指しているNCAAディビジョン1の大学でプレーしている渡邊に、色々とアドバイスを求めた。まだ高校生ながら、才能の片りんを見せていた八村に、渡邊もできる限りのアドバイスをした。

「そのときから彼(八村)の才能というか、すごいところはたくさん見えていました。ただ、まだ高校生だったので、ここまですごい選手になれるとはわからなかったんですけれど。確か、その時点ではどこの大学に行くかは決まっていなかったんですけれど、アメリカに行くっていうのは決まっていた。だから、そのことについても色々話したりしました」(渡邊)

明成高校時代の八村。代表合宿で知り合った渡邊に積極的に質問していたという ©︎AFLO SPORT

 最初こそ、八村が渡邊に質問し、渡邊が八村にアドバイスを与えていたが、年月を経るにしたがい、その関係は少しずつ変化していった。同じようにNCAAで経験を重ね、NBA選手となり、さらには日本代表ではチームメイトとして力を合わせて戦う間に、同じ世界で戦い続ける同志として、親友として、そして時にはライバルとしてお互いを意識しながら、関係を深めていった。

「本当にすごく仲のいい友人ですし、コートに立つと、今、お互い、相手チームとして競争し合える、本当にいいライバルみたいな存在」と渡邊は語る。

「生意気になった」「すごい尊敬しています」

 最初に出会ってから6年の年月がたち、高校生だった八村も、大学生だった渡邊も、それぞれ選手として成長し、NBAに入った。年齢や経験を重ね、大人になってきた。この6年の間に八村のどんなところに一番の変化を感じるかと、渡邊に聞いてみた。すると、渡邊は「僕にやたら生意気になったところですかね」と笑った。

「初めて会ったときはもうなんか、本当に僕のことをめちゃめちゃ尊敬しているんじゃないかぐらいの、キラキラした目で僕のことを見ていたような気がするんですけれど、今、なんなら僕のこと下に見ていると思うんで(笑)」

 そう言いながらも、渡邊は嬉しそうだった。年上の渡邊に対しても、懐に飛び込んでいくような人懐っこいところは八村の持ち味だ。

 渡邊のその言葉を伝えると、八村は苦笑しながら、「生意気……というか、もともと、僕、そういう感じなので。けっこうふざけるのが多い人なので。雄太さんは先輩としてすごい尊敬しています」と釈明していた。

 このやり取りだけでも、2人の親密な関係がうかがえる。

 NBAという厳しい世界で戦っているなかで、渡邊という仲間がいることの心強さについて、八村はこう語った。

「彼も僕より先にNBAに入っているので、そこでは先輩にあたりますし、僕もそういうところでは色々聞いていたこともあった。そういうところでは色々助け合っているので。僕らとしても、そうやって切磋琢磨して、もっとどんどん、日本人としてこれからもNBAに入れる子たちが出てくればいいなと思います」

 自分たちがNBAでプレーするのを見て、さらに多くの日本人選手が後に続いてほしい。もっと仲間が増えてほしい。その思いは、渡邊も同じだ。

「ふと自分の過去を振り返ると、自分が『NBA選手になりたい』と言ったときに、厳しいだとか、アメリカの大学ですら厳しいって言われていた。今、僕とか塁がこうやってNBAのコートに立って試合をしているっていうのを見ると、今の子どもたちは、自分たちもNBA選手になれる、NBA選手という夢を持っていいんだと思ってくれると思う。そういった意味では、自分たちが先駆者としてもっともっと活躍していって、今の日本の子どもたちにもどんどん夢を与えていけたらなと思っています」

初の日本人対決を前に笑顔で言葉をかわしていた2人 ©︎KYODO

 同じ日本から来て、世界の頂点で戦う仲間がいる奇跡。2人揃っているからこそ見られる景色。そして、彼らがいることで日本中に広がる夢──。

 直接対戦こそ来シーズンに持ち越しになったが、2人が揃ってNBAで戦い、日々成長している事実は変わらない。

文=宮地陽子

photograph by USA TODAY Sports/Reuters/AFLO