このところ、若き指揮官たちがフットボール界を賑わせている。

 RBライプツィヒの現監督、ユリアン・ナーゲルスマンがバイエルンに電撃移籍。ブンデスリーガ史上最年少の28歳でホッフェンハイムの監督に就任し、新興勢力だったライプツィヒを強豪に伸し上げた男だ。

 現チェルシー監督のトーマス・トゥヘルに素質を見出されたのは20歳の頃。アウクスブルクのセカンドチームでプレーしていたが、膝の故障でキャリアを終えた彼は、当時監督のトゥヘルのもとで対戦相手のスカウティングとして働き指導者としての第一歩を踏んだ。

2014年、26歳頃のナーゲルスマン©Getty Images

 1860ミュンヘン、ホッフェンハイムのアカデミーでコーチングの経験を培った後、28歳で転機が訪れる。ホッフェンハイムのフーブ・スティーブンスが心臓の疾患を理由に監督の座を退くと、U-19の監督を務めていたナーゲルスマンにお鉢が回ってきたのだ。

 ブンデスリーガ史上最年少監督――という言葉に酔いしれられるほどチームの状況は良くなかった。就任時点の順位は17位、昇格POとの勝ち点差は5と降格もちらつく中でディートマー・ホップが下した決断には現地紙も「PR活動」「狂ったアイデア」と辛辣な表現を浴びせた。

戦術以外にも人間性がナーゲルスマンの魅力

 それからわずか5年。ホッフェンハイムをクラブ史上初のチャンピオンズリーグ出場に導き、ライプツィヒではCLのベスト4に進出。メディアが抱いた疑念をことごとく覆してきた男が、来季からついに絶対王者の舵を取る。

 2015年にバイエルンのU-23チームの監督職を打診されていたというナーゲルスマンは、ブンデスリーガ、欧州の舞台で実績を残し、改めてトップチームのオファーを受けた。

バイエルンU-23監督への誘いがあったという2015年頃©Getty Images

 来季、34歳で指揮を執るのはバイエルン史上3番目の若さとなるが、今回の決断に異論を唱えるものなどいないだろう。

 ラップトップの中に詰まった幾多の戦術、対戦相手の特徴や弱みを暴くスカウティングばかりがフォーカスされるが、人間性も彼が高く評価される理由のひとつだ。

 ホッフェンハイムのアレクサンダー・ローゼンSDは「練習場でも、チームのディナーでも、更衣室でも、彼はその長身とオーラで人々に大きな影響を与えている」と評した。

 バイエルンは文字通りスター軍団。ロベルト・レバンドフスキ、トーマス・ミュラーら同世代のスターがいれば、マヌエル・ノイアーのように自身より年上のワールドクラスもいる。若手主体のライプツィヒとは全く異なる環境下で、ナーゲルスマンはロッカールームを掌握できるだろうか。

トッテナムでは29歳のライアン・メイソンが

 イングランドでは、プレミアリーグ史上最年少監督が誕生した。29歳で古巣トッテナムの暫定監督に就任したライアン・メイソンだ。ハル在籍中の2016-17シーズン、チェルシー戦で起こったショッキングな衝突による頭蓋骨骨折で、選手引退を決意してから3年。来季のCL出場権獲得に燃えるスパーズを率いる立場として戻ってくる。

31歳ベイルと談笑する29歳のライアン・メイソン暫定監督©Getty Images

 カラバオカップ決勝ではマンチェスター・Cに敗れて、「就任6日で初タイトル」という偉業は遂げられず。リーグ戦では2連勝と回復途上で迎えたリーズ戦で、攻撃の強みを完璧に封じられ、マルセロ・ビエルサに経験の差を見せつけられた。

 ちなみにトッテナムを追われたジョゼ・モウリーニョもまた、若い頃に選手としての見切りをつけて、指導者としての道を極めた者だ。ポルト以降、ついに初めて無冠でチームを去ることになり、とうとう"スペシャル"な面影も消え去ってしまったが――。

41歳でCL制覇、モウリーニョも今や58歳

ポルトにCLをもたらしたときのモウリーニョは41歳だった©Getty Images

 41歳でのCL制覇と、比較的若くして成功を収めたモウリーニョも今や58歳。その彼に代わって29歳の監督が就任とは、何かの巡り合わせなのだろうか。

 ただ指導者としてのキャリアにおいては、アンドレ・ビラス・ボアスの衝撃が上回るかもしれない。

 モウリーニョやメイソン、ナーゲルスマンらは一度選手の道を志したものの、挫折や大ケガなどを理由に指導者へと転換した。

 しかし今年2月までマルセイユの監督を務めていた43歳のポルトガル人。彼はプロ選手としてのキャリアどころか、プロクラブのアカデミーでプレーしたこともない。

ビラス・ボアスが指導者の道を歩み始めたのは16歳

 ビラス・ボアスが指導者としての道を歩み始めたのはなんと16歳。

 当時ポルト監督のボビー・ロブソンに導かれ、UEFAのC級ライセンス取得に向けてイングランド・サッカー協会やイプスウィッチで学んだ。17歳でC級ライセンスを取得すると、4年後にはUEFAプロライセンスの取得も済ませる。21歳でCLの舞台で指揮を執る資格を手にした。

 その後英領バージン諸島の代表監督を務めると、2001年にモウリーニョ政権下のポルトで、対戦相手の分析役としてポルトに入閣。そこからチェルシー、インテルと6年間彼のもとで働いていたが、その間にスペシャル・ワンが何を成し遂げたかは言うまでもない。

2006年、モウリーニョ政権下でのビラス・ボアス。当時28歳頃だ(左端)©Getty Images

32歳でポルトを率い、ELを含めて4冠を達成

 そして"エリート指導者"の名が欧州中に知れ渡るのは2011年のことだった。

 インテルのアシスタントコーチを辞めたビラス・ボアスはポルトガルのアカデミカの監督を経て、10-11シーズンから名門ポルトを率いた。

 32歳8カ月で就任したクラブ史上最年少監督は、1年目から衝撃の成果を上げる。ハメス・ロドリゲス、ラダメル・ファルカオ、フッキ、ニコラス・オタメンディら若手選手を巧みに使いこなし、国内リーグを無敗優勝。さらにヨーロッパリーグを含む4冠を達成したのだ。

 シーズン終了後には当時プレミアリーグ史上2番目の若さとなる、33歳8カ月でチェルシーの監督に就任。若くして名を上げ、ポルトでの躍進→チェルシー行き、そして何より参謀役を務めていたことから、"モウリーニョの再来"と期待されるのは当然のことだった。

 しかしチェルシーでの旅はわずか256日で終幕を迎えてしまう。

 堅い守備をベースに戦ったポルト時代とは打って変わり、チェルシーではハイラインを採用。結果、ジョン・テリーやアシュリー・コールらが何度も後ろ向きに走る羽目になった。

 今でこそハイライン・ハイプレスは一般的な戦術だが、当時のチェルシーにはモウリーニョのもとプレミアリーグ歴代最少の15失点で制したメンバーが多くいた。まさに対極といえる戦術で挑むには難易度が高すぎる。

ベテランを軽視したことで失った求心力

 加えてベテランを軽視したことで、チーム内の不和を生み出すきっかけを作ってしまった。ディディエ・ドログバは自伝『Commitment』で自身やフランク・ランパード、A.コールをチームから除外しようとする噂が広まったことが問題の発端だと明かした。

「アンドレの過ちは、チェルシーでの指揮を簡単だと思っていたことだ。自分のやり方でやれば勝てると思っていた」

「経験豊富な人の話に耳を傾け、コミュニケーションを取らないといけない。そうでなければ、チェルシーのようなクラブを指揮していても落ちていくだけだ」

ビラス・ボアスはドログバらベテランのハートをつかみきれなかった©Getty Images

 自分のチームを作ることに没頭して、選手の心を掌握できなかったことが原因だったようだ。ここでも圧倒的なカリスマ性をもつモウリーニョとの比較は避けられない。

 自身は「私はモウリーニョのクローンではない」とメディアを諭していたが、世間の見方はそう簡単に変わらなかった。度々比較されたモウリーニョの幻影に苛まれていたのかもしれない。

 その後トッテナムやゼニト、上海上港を率いるもタイトルを獲得したのはゼニトの時のみで、目ぼしい成績を残すことはできていない。2019年5月に就任したマルセイユでは1年目で7シーズンぶりのCL出場権をもたらしたが、今年2月にフロントと補強方針でぶつかり突如辞任。現在はフリーの身だ。

なんと世界ラリー選手権に出る“二刀流”!

 また5月に母国ポルトガルで開催される自動車レース・世界ラリー選手権にエントリーしている。監督業とレーシングドライバーの二足の草鞋を履く43歳は、さしずめ後者に専念するようだ。

 ビラス・ボアスやモウリーニョは、最近監督として下火になりつつある。前者はフリー、後者は来季から名門ローマの再建を任された。ナーゲルスマンは来季ブンデスリーガ10連覇の大台へ、バイエルンを導くという大役を担う。若き指揮官、そしてかつて若くして名を上げた指揮官たちが、それぞれの岐路に立たされている。

 今季のCL決勝で相まみえる2人も先述の3人に通じる。ジョゼップ・グアルディオラは大会史上最年少の38歳でCLを制した監督だ。24歳で膝の負傷を理由に現役引退後、すぐに指導者を志したトゥヘルのキャリアは教え子のナーゲルスマンとよく似ている。

 若くして成功、あるいは指導者の道を志したビラス・ボアスやナーゲルスマンにとっては、CL決勝で戦う2人が自身の目指すべき未来の姿なのかもしれない。将来ビッグイヤーを掲げるものとして。

 今、欧州のフットボール界は若き指揮官たちが熱い。

文=三重野翔大

photograph by Getty Images