まるでスパイ映画に出てくるストーリーのように、敵の姿は見えず、その実態もわからない。しかし、その見えない敵は莫大な資金を翳して甘い誘惑をしかけてくる。

 ついつい、なびいてしまいそうな魅惑のオファーの数々は、巨万の財を築くことができる千載一遇のビッグチャンスなのかもしれないが、限りなく危険なトラップなのかもしれない。ひとたび一線を越えてしまったら、その向こう側に待っているのは、果たして天国か、それとも地獄か――。

 そんなウソのような本当の話が、今、欧米ゴルフ界に起こりつつある。

 世界一のプロゴルフツアーといえば、米PGAツアーであり、世界のゴルフ界といえば、その最高峰であるPGAツアーの独壇場であることは、ゴルフファンなら周知のことと思う。

 しかし、無敵だったはずのPGAツアーに対抗する新ツアーを立ち上げるという驚きの構想が取り沙汰され、ゴルフ関係者が騒然となったのは2020年の年明けだった。

「もはや絵空事ではなさそうだ」

 英国に拠点を置くワールド・ゴルフ・グループ(WGG)が年間15〜20試合を開催する本格的な新ツアーを創設する草案を初めて発表したのは、その2年前の2018年5月だった。しかし、そのときはゴルフ界も選手たちも「そんな構想は妄想だ。絵空事だ」と取り合わなかった。

 だが、きわめて具体的な内容が昨年1月に明かされると、「もはや絵空事ではなさそうだ」と誰もが目を見張り、欧米ゴルフ界に緊張が走った。

 新ツアーは「PGL(プレミア・ゴルフ・リーグ)」と名付けられ、背後には潤沢な「サウジ・マネー」があると伝えられた。年間18試合を開催予定で1試合の賞金総額は10ミリオン・ダラー(約11億円)。競技スタイルは個人戦とチーム戦の双方があり、個人戦は3日間大会で予選カットはなし、チーム戦は世界のトッププレーヤー48名を集め、4人1組、合計12組が世界一を競い合うという構想で、2022年から開始予定とされていた。

 PGAツアーのジェイ・モナハン会長も、さすがに黙ってはいられなくなり、選手たちに「我がPGAツアーのメンバーであり続けるか、新ツアーでプレーするかを選ばなくてはならなくなる」と記したメモを回して即座に警戒した。

 しかし、そのときPGLは、すでにPGAツアーの複数の人気選手たちに甘い誘惑をしかけ始めていた。

 その1人、ローリー・マキロイは「実は2014年ごろからアプローチをかけられていた」と明かした上で、「僕は絶対にPGAツアーから離れない」と断言し、新ツアー構想をきっぱり拒否した。

 だが、フィル・ミケルソンは昨年の春ごろからPGLに興味を示し、欧州ツアーのサウジ・インターナショナルのプロアマ戦でPGL関係者3名と同組で回り、「いろんな話ができて、とても興味深かった」と語った。ミケルソンがPGLへ“移籍”したら、ミケルソンと親交があるリッキー・ファウラーらも次々に移行するのではないか。欧米ゴルフ界には、そんな不安も広がった。

新ツアー構想はこれで3度目

 米ゴルフ界の歴史を遡れば、PGAツアーに取って代わる新ツアー構想が浮上したのは、今回が3度目になる。

 1度目はグレッグ・ノーマンが1994年に掲げた「ワールド・ゴルフ・ツアー」構想だった。一説によれば、その構想の一部が、現在のWGC(世界選手権シリーズ)創設につながったとも言われている。

 2度目はノーマンの構想に改良を加えた形で2002年ごろからフレッド・カプルスらが提唱し始めた「メジャー・チャンピオンズ・ツアー」なる構想だった。37歳〜55歳のメジャー・チャンピオンだけで競い合うというもので、FOXスポーツとTV中継の契約を結ぶ寸前まで辿り着いていたが、結局、契約は結ばれず、新ツアー構想は夢と化した。なぜ、成立しなかったのかは、当時も今も公にされていない。

 そして3度目となった今回のPGL構想は、一時は欧米ゴルフ界を騒がせたものの、その後はコロナ禍の中で影を潜め、そのまま立ち消えになったと思われていた。

 それでもPGAツアーは念には念を入れる形で、選手たちを流出させないための対策を講じ、昨年11月には欧州ツアーと戦略的提携を結んだ。今年4月には選手たちの人気度に応じてボーナスを支給する制度を新設した(PGAツアーが新設した制度に関する記事はこちら)。

 しかし、その矢先、以前より拡充されたPGLが人気選手たちの獲得に具体的に動いていることが英国紙「ザ・テレグラフ」によって報じられ、今、欧米ゴルフ界を大いに震撼させている。

 PGLは、すでに名称が「SLG(スーパーリーグ・ゴルフ)に変更された」という報道もあるが、「いやいや、新名称はSGL(スーパー・ゴルフ・リーグ)だ」とも言われ、さらには「SLGとSGLの両方がある」という情報も見受けられる。

 新ツアー構想を立ち上げたWGGは、すでに手を引いたという話もあり、運営母体にはNYベースのマネジメント会社やロンドンの投資家が存在している等々、さまざまな情報が交錯している。だが、新ツアー側の正体はいまなお明かされていないため、情報の裏取りも叶わない状態だ。

 構想の内容も、当初、報じられたものとは異なる内容が浮上しており、「新ツアーは4人1組で4チーム、合計16人で競い合う方式にあらためられた」とも言われているが、真偽のほどは、どれも不明だ。

錚々たる顔ぶれ、松山英樹にもオファー?

 ただ、PGAツアーの人気選手たちが多数住むフロリダ州内に新ツアー側のリクルーターたちが長期滞在し、日々、アプローチをかけていることは紛れもない事実のようで、声を掛けられている選手たちのリストが明かされた。

 そこには、ミケルソンを筆頭に、世界ランキング1位のダスティン・ジョンソン、ブルックス・ケプカ、アダム・スコット、ジャスティン・ローズ、リッキー・ファウラーやブライソン・デシャンボーらの名前があり、「新ツアーに移籍してくれたら30〜50ミリオンドル(約33〜55億円)を支給する」と言っているとか、いないとか。

 さらに別の情報によれば、4人1組の4チーム体制を作るために、ジョンソン、ケプカ、さらにはジョーダン・スピース、ジャスティン・トーマス、松山英樹にも「20ミリオン(約22億円)払うからチームリーダーになってくれないか」などと持ち掛けているとか、いないとか。「ジョンソンはすでに承諾した」という報道も、すでにあった。

世界ランク1位ダスティン・ジョンソン(左)やブライソン・デシャンボーらトッププロらに打診しているとか ©Getty Images

 さっそく米メディアがこれらの選手のエージェントに真偽のほどを尋ねたところ、ジョンソンのエージェントは「事実無根」と否定。スピースとトーマスのエージェントは無反応、ケプカのエージェントは「今、報告することは何もない」とコメント。そして、松山の通訳兼マネージャーのボブ・ターナー氏は「ヒデキはPGAツアーのメンバーです」とメールで返信したそうである。

 言うまでもなくPGAツアーのモナハン会長は焦燥感と不快感と怒りを露わにして、「新ツアーに参加した選手は、即刻、出場停止処分。永久追放もありえる」と声を荒げた。

 しかし、驚いたことに新ツアー側はそのモナハン会長にもレターを送り、「アナタは考えを改めるべし」と告げたというから、もはやこれは、正体不明の謎の団体から挑戦状を叩きつけられる映画の中のストーリーのように感じられる。

 マスターズを主催するオーガスタ・ナショナルGC、全米プロ主催者のPGAオブ・アメリカ、全米オープン主催者で米国ゴルフの総本山のUSGA、全英オープン主催者で欧州ゴルフ総本山のR&Aは、いずれも「私たちはPGAツアーと欧州ツアーをサポートする」というコメントを出した。

 言い換えると、メジャー4大会の主催者は新ツアーをサポートしない意志を示したことになる。これにより、PGAツアーから新ツアーに鞍替えした選手は、PGAツアーから永久追放されるのみならず、メジャー4大会にも出場できなくなる可能性が濃厚になった。

 それならば、新ツアーへの移籍を考える選手などいないだろうとも思うのだが、「新ツアーはPGAツアーの弱点を見事についた構想だ」と見る意見も聞こえてくる。

 PGAツアーは年間40試合以上が開催されるものの、人気選手が出る試合と出ない試合の差が歴然としており、無名選手ばかりの優勝争いは「見ていて、あまり面白くない」と感じられることは否めない。

 その点、新ツアー構想は、年間の試合数を抑え、どの試合も人気選手のみの少数精鋭ゆえ、「毎試合がベストプレーヤーばかり。ファンは喜ぶよね」とは、ミケルソンの言。

 PGAツアーの選手たちは、年間何試合に出るべきか、どこで出てどこで休むべきかと、毎年、スケジュール調整に頭を痛めているが、「新ツアーはシンプルに全試合に出るのみ。悩む必要がない」という米メディアの指摘もある。

 すでに50歳のシニア年齢を迎えているミケルソンにとっては、若者たちに交じってメジャー大会に挑んだところで勝算が薄いのは世の常であり、それならば、新ツアーから高額の移籍料を受け取り、PGAツアーの半分以下の試合数の全試合に出るほうが、心身も楽であり、「コスパがいい」のかもしれない。

ああああ ©Getty Images

「とても興味深い!」

 ミケルソンのそんな一言は、欧米ゴルフ界に広がりつつあった波紋を一層広げ、果たしてどこへ行き着くのか。今後の動向から目が離せない。

文=舩越園子

photograph by Getty Images