クラスで一番勉強ができるわけでも、誰よりもスポーツで目立つわけでもない。時にはうるさいぐらいのお喋り好きだけど、なんとなく憎めない。そんな子がある日、突然、ヒーローになったら――?

 レッズのウェイド・マイリーのノーヒッター(無安打無得点試合)達成は、まさにそんな感じだった。

試合直前にトランプゲームをしていた先発投手

 5月7日金曜日のオハイオ州クリーブランド。雨のお陰で、インディアンス対レッズ戦の開始が遅延すると発表された。その頃、ビジターチームのクラブハウスでは、口の周りに髭を蓄えた大柄な選手が仲間とトランプのゲームに興じ、数ドル稼いでは「雨で中止だ!」などと叫んでいたという。ウェイド・マイリー。その日の先発投手である。

 公称:身長188センチ、体重99キロ。決して太っているわけではないが、失礼ながらアスリートっぽくフィットしているイメージはない。南部ルイジアナの出身で、自身も「カントリーボーイ」と公言している。日本風に言えば「田舎の兄ちゃん」だ。

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 日本人選手とも一緒にプレーした経験があり、パンデミックによりクラブハウスが閉鎖される前は、日本人メディアにも気さくに話しかけるフレンドリーな人だった。岩隈久志氏や青木宣親外野手(現ヤクルト)の同僚だったマリナーズ時代には、世話になった日本人スタッフに突然、スコッティ・キャメロン(高級ゴルフパター)をプレゼントするなど、裏方さんへの気遣いもできる人である。

右前腕に超人ハルクの刺青ステッカー

 トランプゲームについて問うと、「いつも通り、ふざけてただけさ。野手の連中は腹立ったろうね。でも、いつもそうやってリラックスしているんだ。プレッシャーを感じないように。考えすぎないようにって」とマイリー。だが、彼の相棒であるタッカー・バーンハート捕手は、そんな4歳年上のチームメイトをこう表現する。

「彼の性格って、とても伝播しやすいんだよ。本物の素晴らしい男だね。それ以外の言い方はないよ。ロッカールームの誰もが彼を愛してる」

 いつもと違うことがあるとすれば、それは彼の右前腕にキャプテン・アメリカやアイアイマンと並ぶスーパーヒーローの一人、超人ハルクの刺青ステッカーが貼られていたことだ。それは4歳になる息子のジェブ・マイリーのプレゼントだった。

「(超人ハルクみたいな)筋肉なんてどこにも付いてないけどね。たるんでるだけ。でも、これ(刺青)が強さを与えてくれたのかもしれない」

秋山翔吾の復帰戦で“予期せぬノーヒッター”

 やがて雨が止み、試合が始まった。パンデミックの影響で現場にいる記者は少なかったけれど、我々日本のメディアがこの試合をカバーする目的は、それがオープン戦で左太腿を傷めて負傷者リスト(IL)に入っていた秋山翔吾外野手にとっての復帰第一戦だったからだ。

 今季初の公式戦に9番・左翼で出場した秋山は三回、強い打球を放ったものの、一塁手の正面に飛んで安打にはならず。その後の2打席も凡退した。そういう目線でスコアブックを付けながら、マイリーの投球を追っていくと、遊ゴロ、見逃し三振、三飛、見逃し三振、右飛、遊ゴロ、空振り三振、空振り三振、投ゴロ、二ゴロ、空振り三振、三ゴロ……。

 そこでようやく気がついた。「完全試合=Perfect Gameやん!」と。

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 それまで気が付かなかったのは、秋山に注目していたからではなく、ある種の偏見があったからだろう。2008年のドラフト1巡目(全体43位)指名でダイヤモンドバックス入りし、MLB2年目の2012年に自己最多の16勝を挙げてオールスターゲームに選出され、新人王投票で次点に入って以来、専門誌などで「先発ローテの4、5番手」という評価が定着してしまったマイリーに対し、「まさかノーヒッターなんてね」と夢にも思わなかったのだ。

インディアンスがハマった“クセの強い投球”

 ただし、マイリーはピッチングのクセが強い。MLB公式分析サイトの『STATCAST』によると、全投球の49.3%がカット・ファストボール、約32%がチェンジアップ、13.3%が普通のファストボール=4シーム、カーブやシンカーが5.1%という「変化球主体」で、日本でならきっと、「軟投派」と呼ばれるだろう。インディアンスは打たせて取るマイリーの術中にハマり、強い打球=打球の飛び出し速度が100マイル(161キロ)を超えたのも、たったの一度だけだった。

 それでも六回一死から味方の失策で完全試合が崩れ、マイリー自身の四球で二死ながら一、二塁のピンチを迎えた時、心のどこかで「そのうち、ヒットも出るんだろうな」などと思っていた。ところがマイリーは右打者の2番ジョーダン・ルプローを簡単に追い込むと、最後はど真ん中に近い4シーム・ファストボールで左飛に打ち取ってしまった。またしても、飛び出し速度85.4マイル(約137.5キロ)の力のない打球で。

 残り3イニング。普段なら一球ごとに緊迫してくるはずが、2人の初球打ちを含み、七回は11球、八回は11球で片付けるものだから心の準備もできない。気になったのは両チーム無得点のまま八回が終わった時点で、マイリーの投球数がすでに106球だったこと。MLBでは、100球を目安に先発投手を交代させることが多いため、次にヒットを打たれたら「お役御免=降板」というタイミングが迫っていた。おまけに九回表の攻撃が長引く。

今季メジャー4人目のノーヒッターを達成

 最終回、レッズはインディアンスの守護神クラセに対し、連打で無死一、二塁のチャンスを掴んだ。3番カステヤノスはスライダーに完全に泳がされてマウンド右への緩いゴロ。極端な守備シフトを敷いていたわけでもないので、普通に考えれば1-6-3のダブルプレーという場面だったが、どういうわけか遊撃手が二塁のベースカバーに入らず、二塁ベースの遥か後ろにいる。それなのにクラセは無人の二塁に送球し、不意を突かれた遊撃手が横っ飛びしたものの、グラブに当てて後逸。二塁走者が一気にホームインしてしまった。このプレーにショックを受けたのか、クラセは4番ムスタカスの時にボークを犯してしまい、先のプレーで三塁まで達していた走者が生還。さらにムスタカスがタイムリーヒットを打って、一気に3点を勝ち越した。

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 ダッグアウトで長く戦況を見守っていたマイリー自身は後に「あの時が一番意識した」と言っているが、最終回になって確かに敵地球場の雰囲気は変わった。どこのファンであれ「ノーヒッター」は別物で、たとえ悪天候+パンデミックによる入場制限で8000人にも満たなかったとは言え、その瞬間を見届けようと球場に残った観客が騒ぎ出したのだ。

 ところがそんな喧騒もどこ吹く風。マイリーは間髪入れずに次から次へと変化球を投げ込んで、先頭の代打レネ・リベラを2球で右飛、次打者のシーザー・ヘルナンデスを見逃しの三球三振。最後の打者ルプローをたったの3球で遊ゴロに仕留め、文字通り「あっ」と言う間に今季メジャー4人目のノーヒッターを達成してしまった。

秋山も左翼から駆け寄って

 記録達成の瞬間、誰よりも喜び、誰よりも真っ先にマイリーに抱きついた相棒バーンハートは試合後、こう言った。

「チーム全員が一人のためにこんなにもハッピーになったのは見たことがない。僕はとても、とても、とてもラッキーだし、今夜のことの一部になれたことは幸運だった」

 マウンドの横に生まれた歓喜の輪に、誰もが飛び込んでいく。結果的に決勝打を放った3番カステヤノス、ボークの瞬間、小躍りするように2点目のホームを踏んだウインカー、そして秋山も左翼から駆け寄った。皆が皆、嬉しそうだった。誰もが満面の笑みを浮かべ、楽しそうだった。

 スゲーよ、ウェイド。やるやん、マイリー。

 まるでクラスメイトに褒められるように歓喜の輪の中心にいた「田舎の兄ちゃん」はその夜、レッズを救う「超人ハルク」になったのである――。

文=ナガオ勝司

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