新型コロナウイルス感染対策のため、もはや当たり前となったオンラインで取材が行われているテニスのイタリア国際(ローマ)。大坂なおみ、錦織圭という日本を代表する2大スターが「コロナ禍の東京五輪開催」という大きな問題の見解を問われ、それぞれ口を開いた。

大坂は“主催者側がしっかりと議論を”

 まずは大坂から。5月9日に臨んだ開幕前の記者会見で、日本語の質問に対して英語でコメントした。

「五輪は開催されてほしいと思っている。私はアスリートだし、人生でずっと(五輪を)待っていたようなもの。ただ、とても重要なことが本当にたくさんあった。特にこの1年はそう。予想できなかった多くのことが起こっている。(五輪開催が)もし人々をリスクにさらしたり、とても不安な状況を強いたりするのであれば間違いなく議論されるべきだし、それは今行われていると思う。私は単なるアスリートの1人だけど、パンデミックは今起こっていることだし……」

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 表現が刺激的にならないよう心掛けている様子だったが、つまり「現状で五輪が本当に開催できるのか、主催者側はしっかり議論する必要がある」という意見だった。

錦織「日本だけではなく世界中の現状を……」

 次は錦織。5月10日のシングルス1回戦でファビオ・フォニーニ(イタリア)をストレートで下した後の記者会見で、海外メディアからの問いかけに英語で答えた。質問は「大坂が昨日、五輪について言及した。あなたの立場ではどうか」。

 錦織の答えは大坂よりも“刺激的”だった。

「同じ感じだと思う。IOC(国際オリンピック委員会)や日本(政府)の内部で何が起こっているかは分からない。何を考えているか分からないし、どうやって(選手と外部との接触を極力遮断する感染予防策の)『バブル』を作ろうとしているかも分からない。この大会のような数百人規模ではなく、1万人が選手村に集まって大会を行うのは、特に日本で起こっていることを考えれば簡単ではないと思う。日本だけではなく世界中の現状を考える必要がある」

 ある程度は回答を準備していたと思えるほど、しっかりと意見を述べた。

 さらに続きがある。

英語による回答としては異例の長さ

「まだ数カ月はあるし、大会が行われるべきかどうかを今言うのはとても難しい。直前には決めるべきと思うけど、今は難しいと思う。選手のことだけを考えればできると思う。バブルをしっかり作って開催できれば。でも、それでもリスクは残る。選手村の中で数百、数千の感染者が出るかもしれない。コロナの感染は簡単に広がる。だから、なおみが言ったのと同じように、どうやって安全に開催するか、しっかりと議論しなければいけない」

 錦織はここまでを一気に話した。英語による回答としては異例の長さだった。熟考した末にたどり着いた彼なりの意見を、率直に話したという印象を受けた。

 続いて行われた日本メディアとのやり取りでは、「東京五輪が開かれれば出るつもりか」と問われた。ここからは日本語で回答している。

「まあそうですね。出ないという選択肢は、なかなか難しいです。本当に安全に開かれるならもちろん開かれるべきだし。でも、この状態で僕は何とも言えないですね。どれくらいの政策(筆者注:感染対策というニュアンスか)が行われるのかが全く分からないので。『こういう風にちゃんとやるよ』と表明してくれれば僕も意見を言えますけど、なかなか内部でどういう相談が行われているかが分からないので。でも究極を言えば、1人でも感染者が出るなら、あんまり気は進まないですけどね」

 さらに回答は続いた。

「例えばですけど、死人が出てまでも行われることではないと思うので。究極的には1人もコロナの患者が出ない時にやるべきかなとは思います。(ただ、)政治のこともあるだろうし、内部のことは分かんないので……」

Asami Enomoto JMPA

2人がここまで率直に発言できる背景とは

「死人が出てまでも……」という表現はかなり強い言い回しだったが、万全な対策を取っていたにもかかわらず昨年夏に新型コロナに感染し、脅威を肌で感じた経験がある錦織にとっては、その言葉が最も適切に思えたのかもしれない。

 以上、大坂と錦織がコロナ禍での東京五輪開催に関して述べた発言の、ほぼ全文を紹介した。世界的に名前が知られた日本のトップアスリートが東京五輪開催についてストレートな意見を述べたことで、日本だけでなく海外メディアにも広く報じられることになった。

 2人がここまで率直に発言できるのは、アマチュア競技とは異なるプロテニス選手の環境が背景にあるという見方もある。

東京五輪で金メダルを取ってもポイントはない

 ほとんどのテニス選手の目標は、四大大会で頂点に立つこと。原則として四大大会男女シングルスの出場枠は各128。そこに入るには、世界各地で開催されるツアー大会に出場してポイントを獲得し、世界ランキングを上げる必要がある。

 上位選手ともなれば四大大会でシードをもらうため、さらに上の世界ランキングを目指す。上位シードを得られれば序盤戦で強豪との対戦を避けられる可能性が高まり、優勝への近道になる。多くの選手は常にポイントを頭に入れ、1ポイントでも多く稼ごうと必死になる。

 しかし、東京五輪で金メダルを取ってもポイントはもらえない。だから、たとえ五輪が中止になったとしても、多くのテニス選手にとっては全くと言っていいほど競技面で影響がない。

五輪の成績が錦織らテニス選手の世界ランキングに影響を及ぼすことはない©Getty Images

 一方、スポーツ界には五輪に全てをささげ、メダルに届くかどうかやその色で、その後の人生が大きく左右される選手も多い。五輪開催をめぐる今回のようなテーマに関する2人の発言は、自身の競技人生の中で五輪を極めて高い位置に置く選手の立場からはなかなか言えないことかもしれない。

大坂も錦織も価値を口にしている一方で

 とはいえ、大坂や錦織が東京五輪を軽く見ているわけではない。むしろ逆だろう。今後、2度とないかもしれない母国開催の五輪に出場することには、特別な思いを抱いている。

 大坂は4月に公開された国際テニス連盟(ITF)のインタビューで、その思いを語っている。

「日本を代表することは自分にとって、とても大事なこと。私が生まれた場所だし、母の母国でもある。間違いなくエキサイティングなものになると思う。人生の目標の一つ」

 錦織は、出場することで五輪の重みや価値を実感してきた。

 2016年8月14日、リオデジャネイロ五輪の3位決定戦でラファエル・ナダルを破って銅メダルを授与された表彰式後、筆者はその心境を聞いていた。テニスの日本勢として、五輪で実に96年ぶりのメダルという歴史的快挙を成し遂げた直後のことだった。

「正直、(リオで)試合をやりながら気持ちが変わっていったりして。五輪の重さだったり、自分がもっと頑張れば成長できるなと思いながら今週は頑張ってきました。自分だけじゃなくチームのためだったし、日本のためというと大げさですけど、それくらいの気持ちで今回はやっていたので。正直、ちょっと4年後が楽しみですね。今までにない感情が出てきました」

 これまでも北京五輪やロンドン五輪、あるいは国別対抗戦のデビスカップを経験してきた錦織だが、初めてメダルを手にすることで、国を背負って戦うという価値観を強く意識した様子だった。

安全に開催される確信が2人にはないのだ

 こうした経緯を踏まえた上で、改めて今回注目された発言を振り返ると、言葉の重みが増して聞こえる。出場や活躍を期待され、自身もそれを望んでいる東京五輪が安全に開催される確信が、まだ2人にはないのだ。IOCのバッハ会長や菅義偉首相が、いくら「安心、安全な大会を開催する」と繰り返しても、日本の多くの人々と同様、その言葉をまともに受け取ってはいない。

ナダルやセリーナも五輪に対して言及している

 イタリア国際の期間中には、男子で四大大会20度の優勝を誇るナダルや、女子で四大大会を23度制したセリーナ・ウィリアムズが東京五輪出場を決めていないことを明らかにした。ともに五輪のゴールドメダリストでもある。

©GettyImages

 ナダルは「正直、明確に答えることはできない。普通の世界だったら、五輪を欠場することなんて決して考えないけど」。そう説明し、引き続き状況を見守る姿勢を示した。

 セリーナは、3歳の娘オリンピアちゃんと離れなければならないことを心配していた。東京五輪は感染予防策として、選手の同行者を基本的には認めていない。

「彼女なしで24時間を過ごしたことがないから、それが(五輪に出場するかどうかの)答えになっている」

Kaoru Watanabe JMPA

 東京に行かない、とは明言しなかったが、現時点でその可能性が低いことは明らかだった。

 東京五輪・パラリンピック組織委員会やIOCなどが感染対策をまとめた「プレーブック」は、6月に最終版が発表される。選手らはこうした指針や日本の感染状況などを考慮に入れながら、それぞれの立場で東京五輪に参加するか否かを最終判断することになる。開幕までに一波乱、起こりそうな予感はする。

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文=長谷部良太

photograph by JMPA