雑誌「Sports Graphic Number」と「NumberWeb」に掲載された記事のなかから、トップアスリートや指導者たちの「名言」を紹介します。今回は51歳の誕生日を迎えた辰吉丈一郎にまつわる4つの言葉です。

<名言1>
辰吉さんはボクシングブームを再度広めてくれた人。あの試合がなかったら僕はボクシングをやっていなかったかもしれない。
(村田諒太/Number990号 2019年11月14日発売)

◇解説◇
 中学時代から毎週欠かさず世界のボクシング番組をチェックするなど、村田は自他ともに認める“ボクシングマニア”である。

 そんな彼が「衝撃を受けたKO」として、1997年11月22日のWBC世界バンタム級タイトルマッチ、シリモンコン・ナコントンパークビューvs.辰吉丈一郎の一戦を挙げている。

 世界戦で負け続きの辰吉と、全勝で臨んできたシリモンコン。圧倒的不利が予想される中、辰吉は5回にダウンを奪い、6回には猛攻に晒され、そして7回にボディからパンチをまとめてTKO! ジェットコースターのようなスリリングさに、村田はこう端的に表現した。

「文句なし。感動した!」

 日本人2人目の五輪金メダリスト、同じく2人目の世界ミドル級王者となった村田にとっても、辰吉丈一郎とはそれほどまでにカリスマ性のある人物だった。

村田が感動した試合で辰吉が思ったこと

<名言2>
これから先の試合も喧嘩。ずっと喧嘩でいくよ。だって、俺の原点やから。
(辰吉丈一郎/Number434号 1997年12月18日発売)

◇解説◇
 村田が「感動した」と言い切ったシリモンコン戦でのTKO勝ちは、辰吉丈一郎にとって3年ぶりとなる世界タイトル奪回だった。

 7ラウンド1分28秒、その左拳が王者のみぞおちにメリ込むと、シリモンコンはリングにうずくまった。この際、辰吉は追撃を加えようと腕を振り上げていたが、思いとどまっていた。

「4、5年前やったら完全に打っとった。でも……」

「あの時、なんで振り上げた手を止めたんか自分でもようわからん。4、5年前やったら完全に打っとった。でも、なんかそんなことしたらアカンて思たんやろ。大人になったいうことかなぁ、俺も。負けと同時にキャリアも積んだし」

 敗北続き、トレーナーからの引退勧告。“辰吉はもう終わった”の声に抗うように戦った男が得た経験が、自らが打ちのめした対戦相手を思いやる気持ちを生んだのかもしれない。

 それでも――最後に「これだけは言うとくわ」と語ったポリシーが「喧嘩」を貫くことだった。

「人に見られたとなったら、『喧嘩やったら負けんぞ、俺は』って」

「普通のお父っつあんに戻ります」と言ったのだが

<名言3>
もう、技術や気持ちでカバーできる段階を越えてしまってるな。
(辰吉丈一郎/Number479号 1999年9月9日発売)

◇解説◇
 王座奪還後、辰吉は2度の防衛に成功した。しかし98年の年末、3度目の防衛戦となったウィラポン・ナコンルアンプロモーション戦、6回にプロ2戦目以来となるダウンを食らうと、最後は強烈なラッシュの前にリングへと沈んだ。

 その8カ月後、辰吉はウィラポンとのリマッチに臨んだ。しかし試合開始から一方的に打ち込まれ、最後は7回、レフェリーストップによるTKO負けを喫し、リベンジは失敗した。

 冒頭の言葉は、試合のひと月ほど前、WBAバンタム級王者ジョニー・タピアがかつての辰吉への挑戦者であったポーリー・アヤラに敗れた試合のビデオを観た直後に、辰吉がつぶやいた言葉だった。いみじくも辰吉自身がタピアと同じ状況に陥ってしまったのである。

 敗戦の翌日、「普通のお父っつあんに戻ります」と現役引退を表明した辰吉。しかしそこで終わらないのが辰吉の辰吉たるゆえんである。

チャンピオンのまま引退。それしか頭にない

<名言4>
僕の中では3度目の王座返り咲き、チャンピオンのまま引退するってことしか頭にない。人が好きでやっとるんやから、とやかく言うなよ。
(辰吉丈一郎/Number968・969号 2018年12月20日発売)

◇解説◇
 38歳でライセンス失効。海外での試合も原則禁止。ルールの上では辰吉丈一郎はプロボクサーとしての範疇にない。

 しかし彼は48歳となった2018年時点でも、ボクシングジムに足を運んでいたのだ。

「夏場は上半身裸でロードワークするから、変なおじさんって思われとるやろ(笑)」と冗談めかしつつもバンテージを巻き、ロープをくぐり、シャドーボクシングに励む。

「減量すればいつでもバンタムで戦えるように節制はしている」
「過ぎたことは遠い昔や、という感覚です」

 辰吉丈一郎はただただ、生涯をかけてリングでの闘いを求める、根っからのボクサーなのだ。

文=NumberWeb編集部

photograph by Mikio Nakai/AFLO