格別なスピードはタックルのみならず感傷も無力化する。ついでに感心ってやつも近づけない。福岡堅樹は最後の最後まで、ただただ、アスリートである。

 ラグビーのトップリーグのファイナル。日本選手権決勝も兼ねたサントリーサンゴリアス戦をもって現役を退いた。パナソニックワイルドナイツと日本代表の際立つ背番号11は、微風がこちらからあちらへ届くみたいに、なんというのか自然界のありきたりな出来事のように左タッチライン際を駆け抜けた。トライ。いつか目にした、いや、ほとんど常なる場面が、おしまいの試合にまた繰り返された。

 これで引退。順天堂大学医学部入学を果たした文武兼備。そんな「普通でないこと」を「いつものトライ」が押し返す。それが心地よかった。

 前半30分。福岡堅樹が、サントリーとニュージーランド国民の誇る10番、ボーデン・バレットをかわしてフィニッシュ。31ー26の勝利後の会見で本人は述べた。

「スピードに乗ったままボールを受けることができた」

 なんたる簡潔。そうなればトライなのである。

ボーデン・バレットをかわして奪った現役最後のトライ ©︎Takao Fujita

「僕に似た選手はあまりいません」

 ワールドカップ日本大会のあとのインタビューで福岡その人が言い切るのを聞いた。

「僕は基本は(抜くのは)外。一発でトライにつながるところはよさなのかなと。海外でも外にいく選手は意外に少ない。僕に似た選手はあまりいません」

 たとえば南アフリカ代表のスピードスター、チェスリン・コルビも外にはあまり勝負しない。ちなみに福岡の解説はこうだった。

「コルビ選手は外に抜くよりも内のほうが得意なんです。(ディフェンスの)釣り出し方に違いがある。外にいくぞと見せて、相手が警戒して一歩スピードを上げた瞬間に内に切る」

W杯で南アフリカ代表WTBコルビとマッチアップする福岡 ©︎Naoya Sanuki

 実はスピードに恵まれたランナーは外の防御に「穴」がある。脚が速いので外なら追いつける。むしろ内にかわされたくないと神経をとがらす。そうした生理をよく知るケンキ・フクオカは強豪国のエース級をよく外に抜き去った。

 福岡高校1年の福岡堅樹が東福岡高校とぶつかる試合を福岡で見たことがある。

 2008年11月8日。福岡県春日市の春日公園球技場。花園予選の準決勝だった。

 15ー38。ひたむきに前に出る防御と低いタックルの福岡高校は散った。心を動かされる青春の激突だった。

 前夜。福岡高校の関係者から情報を得ていた。

「明日、福岡堅樹を見てください。1年生。速い!」

 続けて、その後、何度か書いたり話したりすることとなる忘れられぬ一言。

「人間というのは脳が指令を出して筋肉を動かすでしょう。その指令があまりに速いもんやけん、ハートが置き去りにされてますもんね」

 決戦当日。福岡高校の福岡はピョンピョンと跳んで瞬間に消えた。帰京後、こんなふうに描写した。

「細身ながら全身がスプリングにして剃刀のようでもあった」

第90回全国高校ラグビー大会、本郷(東京)戦の試合終了間際に認定トライを奪う福岡高・福岡(3年時)©︎Sankei Shimbun

忘れてはいけないリオ五輪での貢献

 この5年後、1年の受験浪人をはさみながら、さっそく筑波大学2年でジャパンに選ばれる。格別な速度の「脳の指令」と「ハート」はどんどん一体と化した。

 以後の実績はほとんど周知かもしれない。2度のワールドカップ。忘れてはいけない。7人制のリオデジャネイロ五輪代表としてもニュージーランドを破っている。

 14ー12。終了寸前の攻防。黒いジャージィのエース格、ギリース・カカが大きく抜ける。独走か。いや、背番号11(7人制でもこの数字が背中にあった)の福岡が追いついた。

ニュージーランド代表のカカを止める福岡 ©︎REUTERS/AFLO

 倒し、ただちに起きて、過去、なんべん目にしただろう、背を丸め、顔の位置を低くしてターンオーバーの腕を伸ばす。惜しくもペナルティーとされるも、これがニュージーランドの身上の速攻を阻んだ。

「ラグビーによい反則ナシ」の立場だが、あそこはギリギリのところを狙ってよかった。ジャパンの仲間の戻りの時間をかせげて、だから、ついに守り切り、ヒストリーは刻まれた。

 福岡堅樹は高速のフィニッシャーである。トライの男。しかし記憶の真ん中には速さより強さがある。最後の試合の公式シートのサイズは175cm、83kg。骨格の「小」はまったく「弱」を意味しなかった。

 いざ衝突となれば当たり負けない。4年前に説明してくれた。

「当たる瞬間のところで加速すると、相手は(タックルのために)ヒットしたい(体の)ポジションからずれるので。そこでスピードを上げれば、一瞬、当たり勝つことはできます」

 解剖学の講義みたいな口調だった。いや物理学だろうか。すなわち「速いということは強いということ」。そして「ものすごく速いということはものすごく強いということ」なのだ。

 空中のボールの処理は理詰めで勇敢だった。理詰めなので勇敢になれるのかもしれない。こちらも4年前に話した。

「ジャンプ力で最高到達点を上げれば競り合える」

 だれも反論はできず、だれも簡単にそのとおりにはできない。

 タックルについてのことさらな印象はない。それは「大男のひしめく世界最高のレベルで普通にタックルをできる」証明である。利き足の左のキックはおしまいのシーズンにいっそう上達したようにも映った。

「孤立するので少しでも時間を稼ぐ」

 2019年のワールドカップ。忘れがたきアイルランド戦の後半37分。7点リードのジャパンは猛攻にさらされた。フェイズは「15」へと積み上がった。

 ここで福岡堅樹がインターセプトに成功する。ゴール前で背後からつかまるも、倒れたあとに相手のかすかな落球を誘い、自軍投入のスクラムをもらった。あれで白星はほぼ決まった。

アイルランド戦、途中出場ながらトライやインターセプトで流れを引き寄せた ©︎Naoya Sanuki

 2年前。ノックオン誘発の「秘話」を教えてくれた。

「タックル後に相手がボールを奪いにくるのはわかっていました。最後の抵抗というか、ボールを置いたあと、ちょっと指で引っかけました。あまり長くそうするとノットリリースを取られるので、本当に、獲られる瞬間だけ指でクッと引っかけて」

 奥義の習得はいつ?

「WTBはどうしても孤立するので少しでも時間を稼ぐ技術というか、倒れてからのワンアクションはいろいろ考えてきました」

 先日。あるラグビー好きの知人が解読不能の笑みを浮かべている。酒も飲んでいないのに謎のスマイルのまま語り出した。

「福岡がさ、日本代表のチームドクターになってアルゼンチン遠征に加わるんだ。なぜかケガ人がどんどん出る。どんどんどんどん。アルゼンチンはなにしろ地球の裏側だから追加の選手はなかなか着かない。そこで福岡ドクターにとりあえずベンチに座ってもらう。そしたら始まってすぐに11番の選手が……」

 悪くない想像だと思う。

©︎Takuya Sugiyama

《画像はこちら》日本代表デビューを飾った福岡堅樹(2013年)、五郎丸や堀江らとの懐かしいシーンも!

文=藤島大

photograph by Takao Fujita