6月6日、東京競馬場で安田記念(GI)が行われた。5週連続での府中のビッグレースの“トリ”を飾るこの大一番を制したのはダノンキングリー。美浦・萩原清調教師が管理する5歳の牡馬だった。

 このレースで単勝1.5倍の圧倒的1番人気に推されたのはグランアレグリア。前年のこのレースで女王アーモンドアイに完勝したディフェンディングチャンピオンだ。

 これに対しダノンキングリーは単勝47.6倍。14頭立ての8番人気というダークホースだった。

 それもそのはず、同馬は昨年の天皇賞(秋)(GI)以来、約8カ月ぶりの競馬。しかもその前走は12頭立てのシンガリ12着。勝ったアーモンドアイからは3秒近く放されて青息吐息でゴールに辿り着くのがやっとだったのだ。

安田記念でのダノンキングリー

 そんなダノンキングリーが巻き返す様をみて、同じ萩原厩舎が生んだダービー馬を思い出したファンも多かったのではないだろうか?

皐月賞で圧倒的人気だったロジユニヴァース

 父ネオユニヴァース、母アコースティクスの牡馬ロジユニヴァースがデビューしたのは2008年。阪神競馬場の芝1800メートルで武豊騎手を背にデビュー勝ちを飾ると、2戦目からは主戦となる横山典弘騎手が手綱を取った。そして、2歳時は札幌2歳S(GIII)、ラジオNIKKEI杯2歳S(当時、GIII)と連勝。3歳初戦の弥生賞(GII)も優勝し、4戦4勝で、クラシック本番、皐月賞(GI)に出走した。

皐月賞に出走したロジユニヴァース

 ここまで負け知らずのロジユニヴァースを、ファンは当然のように最も支持して迎えた。単勝は1.7倍。2番人気のリーチザクラウンが5.3倍で3番人気アンライバルドが6.1倍だからいかに抜けて人気になっていたかが分かる。

「皐月賞は仕事として失敗してしまった」

 しかし、驚いた事に結果は14着と大敗してしまう。敗因を問われた萩原調教師は、当時、次のように答えた。

「トモを中心に肩や首などに疲れが出てしまいました。体重の増減も激しいし、まだまだ出来上がった馬ではなかったという事だと思います」

 実際、デビュー戦で468キロだった体はその後、プラス26→プラス10→マイナス4と続き、この皐月賞も前走比マイナス10キロの490キロという数字を示していた。

「皐月賞は仕事として失敗してしまった」と語った指揮官は、中5週で臨む日本ダービー(GI)での巻き返しへ向け「大敗した原因を出来る限り早く突き詰める」作業から始めた。

 その結果、最初に手をつけたのは「体を戻す事」だった。

「皐月賞が終わって美浦に戻り、体重を計ったところ470キロ前後まで減っていました。このままではダービーを勝ち負けするどころか出走すらおぼつかない。そこでまずは体を戻す事に専念しました」

「正直、完調にはほど遠い感じを受けました」

 放牧先の山元トレセンとも密に連絡を取り、意思疎通をした。放牧中の3週間、調教師自身も毎週、宮城の牧場まで足を運んだ。その結果、帰厩した時には「皐月賞よりは良くなっていた」と言う。しかし。

「だからといって本当に良い時の状態に戻ったというわけではありませんでした」

 1週前追い切りで騎乗した横山典弘騎手も当時、唇を噛んで同調し、言った。

「正直、完調にはほど遠い感じを受けました」

 そんな中、明るい材料があった。心拍数を計測すると、皐月賞の時とは比べ物にならない良い数値を示したのだ。萩原調教師はこれを頼みの綱として、愛馬を次のステップへ進ませた。

「心拍数的には体が出来ているようだったので、あとは走る時の体の使い方を元に戻せる調教をしました」

ダービーの2日前、前日に異例の調整

 具体的には東京競馬場での本番を見据え、左回りでしか調教をしないようにした。また、レースを直後に控えた金曜、土曜には角馬場で左回りに十数周にわたって乗り込んだ。ダービーの2日前、そして前日に角馬場で乗り込むなど、異例の調整法だった。

「稲垣君の案でした」

 指揮官はそう言った。「稲垣君」と言われたのは、現在の稲垣幸雄調教師。当時は萩原調教師の右腕として厩舎で調教助手をしていたのだ。

「稲垣君は人間としてもその仕事ぶりも信頼のおける人物でした。その彼が言うのなら、と取り入れてみました」

 この調整には勿論、理由があった。

「大きく2つありました。1つは鞍上の指示とロジユニヴァースの行動を一致させる事、そしてもう1つはロジユニヴァース自身の体をほぐす事、でした」

過去最高の数字で雰囲気はすごく良くなっていた

 更にダービー当日に装鞍所とパドックをスクーリング。体重はプラス16キロの506キロと、戻したどころか過去最高の数字をマークした。

「勝ち負けは分からないけど、雰囲気はすごく良くなっていたので、まともな競馬は出来そうだと感じました」

 そこに文字通り恵みの雨が背中を押した。昼休みのダービー騎乗騎手紹介時には曇っていた空から雨が降り出すと、一時はバケツをひっくり返したような豪雨になった。これに伴って馬場状態は一気に悪化して不良となったのだ。

ダービー出走前のロジユニヴァース

 結果的にこの馬場状態も味方についた。最内1番枠からスタートを決めたロジユニヴァースはそのまま先行。各馬が伸び悩んだ最後の直線で、水しぶきをあげながら抜け出すと、最後は2着のリーチザクラウンに4馬身もの差をつけて堂々と先頭でゴールに飛び込んだのだ。

ダノンキングリーを復活させても萩原師はおごらない

 こうしてロジユニヴァースを復活させたのが萩原調教師なら、今回ダノンキングリーを蘇らせたのもまた同調教師だった。

皐月賞からの復活を遂げ、ダービー馬となったロジユニヴァース

 ダノンキングリーは先述した通り昨年の天皇賞(秋)で最下位の12着に敗れていた。

「状態は悪くないと思っていただけにここまで負けたのは意外でした。本来の走りではなかったので、思い切って休ませる事にしました」

 放牧した。その後、幾度かトレセンに戻したが「若い時に比べダメージが残る」との事でなかなか臨戦態勢が整わなかった。結果、再放牧を繰り返し、やっと「出走レベルの状態になった」のがこの安田記念だった。

「安田記念当日は今までの過程の中では最も良い感じでした」

 調教師のその感覚に誤りはなかった。圧倒的1番人気のグランアレグリアを抑え、ダノンキングリーは自身初のGI制覇を飾ってみせた。

 そんな見事な復活劇にも萩原調教師は笑う事なく、言う。

「調子を落としてしまったというのは、能力がある馬なのに力を発揮出来る状態を保てなかったという事ですからね。まずはそうならないようにしなければいけません」

 勝利にもおごることなく改めて己を律する姿勢をみせた萩原調教師。新たなGIホースの今後が楽しみだ。

文=平松さとし

photograph by Satoshi Hiramatsu