“期待外れ”と嘆くべきか、“予想通り”というべきか――。

 元最強王者対YouTuberという奇妙なボクシング・エキジビションマッチを見て、どう判断すれば良いのかわからなかったというファンは多かったのかもしれない。

メイウェザーが“素人”相手に引き分け

 6月6日、フロリダ州マイアミのハードロック・スタジアムで行われた一戦で、元5階級制覇王者のフロイド・メイウェザーとローガン・ポールは8ラウンドを戦い抜いた。YouTubeの登録者数は2320万(6月11日時点)という莫大なフォロワーを持つポールは序盤こそ元気だったが、3回ごろからスタミナ切れで沈黙。中盤以降はケタ違いの技術、スピードを持つメイウェザーが一方的に追い詰めていったが、44歳になった“レジェンド”も体重では約16キロ、身長では約15センチも上回るポールをKOするまでには至らない。

 異色のバトルはこうして山場もほとんどなく、観客のブーイングの中で終了ゴングを聞いた。10オンスのグローブ着用、ヘッドギアなしで行われた戦いだったが、決着はKOのみ。公式試合ではないために判定での勝者はなし。様々な意味で消化不良の結末となり、観客、テレビの視聴者はフラストレーションを感じたことだろう。

「楽しかったよ。私はもう21歳ではないことに気付いて欲しい。彼は力強く、タフで、私が思っていたよりも上だった。驚かされたよ」

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 常に傍若無人なメイウェザーだが、試合後は珍しく少々恥ずかしそうにしているようにも見えた。ポールはプロボクシングのキャリアは1戦のみで、その1試合では同じく人気YouTuberのKSI(イギリス)に判定負け。ほとんどの関係者がメイウェザーが中盤ごろにKOすると見ていた戦いで、“素人”相手にずるずるとラウンドを重ねたことはバツが悪かったのかもしれない。

ボクシング界で流行する「異色対決」

 最近はこうした業界、世代を越えたエキジビションマッチ、異色対決が流行となっている感がある。その発端となったのは、やはりメイウェザーだった。

 きっかけは2017年8月、それまで49戦全勝だったメイウェザーが、プロボクシングではまったく実績のないUFC王者のコナー・マクレガー(アイルランド)と対戦して10回TKO勝ちした戦いだった。信じがたいことにネバダ州アスレチックコミッションが認可したために公式試合となったが、興行的にも大成功を収めたこの一戦以降、「何でもあり」に拍車がかかっていった印象がある。

 メイウェザーは翌年の大晦日に、日本でRIZINのリングに上がり、那須川天心とのエキジビションマッチに初回TKO勝ち。その後、‘19年11月には前述の通り、ローガン・ポールがKSIとの公式試合で判定負け。こういった流れを経て、今回、メイウェザー対ポールという奇想天外なマッチアップが現実のものとなった。

「ボクシングからはもう引退したけど、エンターテイメントからは引退していない。あなたは見る必要はないし、お金を払う必要もない。自分の気分が良くなることをして欲しい。私も自分の気分が良いことをするつもりだよ」 

 ポール戦前、メイウェザー自身が述べていた通り、これらの試合はボクシングという形を借りたエンターテイメント。そう割り切れる人はいいのだが、一方で居心地の悪い思いをしているボクシングファンは世界中に山ほどいるはずである。

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 メイウェザー対マクレガー、ポール対KSI、メイウェザー対ポール、さらには4月17日に行われたローガンの弟ジェイクと元MMA ファイター、ベン・アスクレンの対戦でも、実績あるボクサーたちの試合が前座に組み込まれた。

 今回の興行でも元世界スーパーウェルター級統一王者ジャレット・ハード(アメリカ)、元世界スーパーミドル、ライトヘビー級バドゥ・ジャック(スウェーデン)の試合がアンダーカードに組まれ、まるで“添え物”扱い。メイウェザーの前座ならまだしも、YouTuber対決のアンダーカードに世界王者が登場したこともあった。こういった状況に嫌悪感を示し、「世界タイトルマッチを“前座”に使うとは何事か」と残念に感じているファンは多いことだろう。

“セレブリティ・ボクシング”は「ありか、なしか」

 筆者個人としては、一連の“セレブリティ・ボクシング”には反対ではない。有名なモハメド・アリ対アントニオ猪木を先頭に、業界の垣根を越えたカードはこれまでにもたくさんあった。最終的にボクシングに何らかの恩恵があるマッチメイク、中身であればOKだろうと考えている。とてつもないフォロワーを抱えるインフルエンサーがメインイベントを務める興行に、実力のあるボクサーが出れば、その選手にとっても知名度と金銭面の恩恵は大きいはずだ。

アントニオ猪木とモハメド・アリによる異種格闘技戦は1976年に開催され、「世紀の一戦」と言われた ©Getty Images

 ポール兄弟の試合を見た人たちの中で、一部でもボクシングファンになってくれればそれはポジティブなこと。そうはならなくとも、興行が成功し、Showtime、DAZN、Trillerといった中継局の懐が潤い、それが今後のボクシング中継に生かされるのであれば業界にとっても旨味はある。

「ボクシングへの冒涜」「安易な金儲け」といった声も理解できるが、アメリカのボクシングはもともとビジネスの趣が強い。それをより極端な形で行っているのが、一連のインフルエンサー対決をはじめとするセレブリティ・ボクシングだということだ。

 ただ……ボクシングの形を借りた一連のイベントが、あまり頻発されて欲しいとはやはり思わない。異色のマッチアップは話題性ゆえに大イベントになるものの、技術的な下地には欠ける。メイウェザー対ポール戦も、見どころは身体の大きな選手を倒せるかどうかだけ。まるでサーカスのような空気感があった。このような緻密さと格式のない興行を頻発すれば、長年のファンの本格的な怒りを買い、世間からのボクシングに対する信用も失いかねない。

メイウェザー「この試合は合法の銀行強盗みたいなもの」

 筆者や一部のファンの思惑を他所に、YouTuberが絡んだ“セレブリティ・ボクシング”はもうしばらく続いていくだろう。登場選手たちのキャラクターの濃さと知名度ゆえ、少なくとも現時点でビジネス面の成功が約束されているからだ。

 今回のメイウェザー対ポール戦もグーグルやツイッターのトレンド入りし、NBAのプレーオフやMLBのゲームを上回るほどの話題を呼んだ。PPV売り上げも好調と見られており、もともと「この試合は合法の銀行強盗みたいなもの」と豪語していたメイウェザーはこの1試合で5千万ドルから1億ドル(日本円にして約54億〜110億円)を得るという。一方、PPVの歩合から10%を得るというポールの報酬も最終的には数千万ドルに達するはずだ。

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 今戦に限らず、最近のYouTuberファイトは軒並み優れた興行成績だと伝えられている。今夏、Showtimeと複数戦契約を結んだジェイク・ポールとUFC王者の対戦は再びビッグビジネスになるはず。ボクサーとして3戦3勝の成績を残し、ローガンより一段上の技量を持つ弟ジェイクがその後にメイウェザーと対戦となれば、とてつもない話題を呼ぶかもしれない。

フューリーらのビッグカードがあるが……

 これらのイベントが、7〜8月に予定されるタイソン・フューリー(英国)対デオンテイ・ワイルダー(アメリカ)、エロール・スペンス・ジュニア(アメリカ)対マニー・パッキャオ(フィリピン)といったボクシングのビッグカードよりも優れたPPVの数値を叩き出すとすれば、やはり肯定的には捉えがたいのも事実ではある。

 こういった傾向は一体いつまで続くのか。世間が異色のファイトに飽きるまでか。それともボクシング界に次の超スーパースターが出現するまで変わらないのか。その答えが見えてくるまで、長くボクシングを愛してきた一部のファンは、心にひっかかりを覚えながらこのスポーツを見ることになるのかもしれない。

文=杉浦大介

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