F1の神様は、ときどき粋な演出をする。6月6日に行われた第6戦アゼルバイジャンGPでも、レース終盤の波乱の果てに意外な3人が表彰台に上がるドラマがあった。

 レース終盤、トップを走行していたマックス・フェルスタッペン(レッドブル)がタイヤトラブルによってクラッシュし、リタイア。赤旗中断後に2周だけのスプリントレースが行われたが、その再スタートで2番手スタートしたルイス・ハミルトン(メルセデス)がブレーキの設定ミスから1コーナーで止まり切れず、オーバーランして優勝争いから脱落。

 フェルスタッペン、ハミルトンというタイトル争いを繰り広げている2人が優勝争いから姿を消したレースで、表彰台に上がったのは、セルジオ・ペレス(レッドブル)、セバスチャン・ベッテル(アストンマーティン)、ピエール・ガスリー(アルファタウリ)だった。彼ら3人に共通していたのは、いずれも直前に所属していたチームから戦力外通告を受けた経験を持つドライバーだということだ。

 3位でチェッカーフラッグを受けたガスリーは、17年にアルファタウリの前身であるトロロッソからF1にデビュー。19年に姉妹チームで、2010年から4連覇を達成したトップチームのレッドブルに昇格した。優勝争いが期待されたが、なかなか思うような走りができず、シーズン半ばにトロロッソのアレクサンダー・アルボンと交代を告げられるという苦い経験の持ち主だ。

屈辱の降格で得た成長

 しかし、その経験がガスリーを成長させた。赤旗によって波乱の展開となった昨年のイタリアGPでは見事、初優勝を達成。この日のアゼルバイジャンGPでも、レース中は厳しい状況に直面していた。

「ストレートではパワーが落ちて、最後まで厳しい走りだった」と言うガスリーは、ホンダのエンジニアからの指示を聞きながら、ステアリング上のスイッチを変更しながらのレースをしていた。その戦いは赤旗中断後の4番手からの再スタート後も続いていた。

「僕たちのパフォーマンスが落ちていたから、再スタート後のストレートで抜かれるんじゃないかと思ったけど、目の前に表彰台が見えていたから全力を尽くした。大変だったけど、フェアなレーシングだった」というガスリーは、カート時代からのライバルだったシャルル・ルクレール(フェラーリ)の猛追を抑えて、見事3位表彰台を獲得した。

 レース後、アルファタウリのフランツ・トスト代表は「ピエールはハミルトンの脱落によって手にした3位の座をルクレールと争い、見事な走りで守り切った。信じられないような結果だ」と、17年から一緒にレースしている愛弟子の成長を喜んでいた。

 そのガスリーの前、2位でチェッカーフラッグを受けたのが、ベッテルだ。2010年から4連覇した元王者は、昨年5月に電話でフェラーリから戦力外通告を受けるという屈辱を経験。一時は引退も噂されたが、再起を誓ってアストンマーティンに移籍した。しかし、開幕から思うような走りができず、チームメートに遅れをとるレースが続く中で迎えたアゼルバイジャンGPだった。

 このレースも11番手からのスタートと、決して楽な展開ではなかった。だが、その苦境をチャンスに変えた。

「鍵は、11番グリッドだった。タイヤを自由に選んでスタートできたので、僕たちは新品のソフトを履いた。それでスタートで2つポジションを上げ、長めに走ってユウキ(角田裕毅/アルファタウリ)をオーバーカットできた。でも、まさか表彰台に上がることができるなんて思わなかった。天にも昇る気分」(ベッテル)

元王者がもたらしたチーム初の表彰台

 このベッテルの2位はアストンマーティンにとって、非常に大きな意味を持つ。ベッテルを獲得したオトマー・サフナウアー代表はこう言って破顔一笑した。

「アストンマーティンにとって、F1史上初の表彰台だ!!」

再スタートの1コーナーでトップのハミルトンがブレーキを盛大にロックさせてコースオフ。優勝争いから脱落した

 この2人を両脇に従えて、表彰台の頂点に立ったのはペレスだった。ペレスはベッテルの加入によって、アストンマーティンのシートを失ったドライバーだ。F1引退も考えていたペレスにチャンスを与えたのが、レッドブル。チャンピオン獲得のために、ペレスの経験が必要だと考えた。

 この日のレースは、フェルスタッペンのトラブルとハミルトンの自滅に助けられた面はあるが、それまでは自力で2番手を走行していたことも事実。トラブルや波乱がなかったとしても、チームの期待以上の仕事をしており、リタイアに終わったチームメートのフェルスタッペンはこう言ってペレスの走りを称えた。

「僕にとっては勝てなくて悔しいレースだったけど、チェコ(ペレスの愛称)が表彰台のトップに立っているのを見てとてもうれしい。今日の彼は、チームが求めていたことをすべてやってくれていたから。素晴らしいスタートを切り、それから僕たちと同じようにピットストップでルイス(・ハミルトン)の前に出た。彼はレースの大半でルイスからの攻撃に耐えてくれた。彼は本当にいい奴で、表彰台で彼の笑顔、レッドブルでの初勝利が見られたのは純粋にうれしい」

 ペレスの人柄の良さはF1界ではよく知られている。18年に当時、所属していたフォース・インディア(のちのレーシング・ポイント。現在のアストンマーティンの前身)が経営危機に陥ったとき、チームのメンバー数人からの提案を受け、チームを救うために債権者のひとりとして立ち上がり、新しいオーナーを探すための法的手続きにかかわったのは有名な話だ。

 だからこそ、そのチームのシートを昨年限りで追われることになったとき、多くのスタッフが涙した。それでもペレスは最後まで古巣に忠誠を誓い、12月のサヒールGPでは自身初、レーシング・ポイントにとっても初めてとなる優勝を果たした。

苦労人だからこそ紡げる言葉

 今回の優勝でも、彼が発した言葉は感謝と敗者への気遣いにあふれていた。

「この素晴らしいチャンス、このシートを与えてくれたマテシッツ氏に感謝したい。マックス(・フェルスタッペン)は優勝して当然だったから、彼がリタイアしたのはとても残念。再スタートでは、ルイスがロックしてランオフエリアにまっすぐ行くのが見えた。僕たちがどれだけ限界ギリギリで戦っているのか、どれほどすさまじいスピードでレースしているのかがあらためてわかったと思う。ああいったことが起きるととても辛い。僕たちは誰でもミスをしてしまうんだ。ルイスのことを考えると心が痛むよ」

 レースは人生に例えられることがある。今年のアゼルバイジャンGPは、3人のドライバーたちの人生が浮かび上がっていたように思う。

文=尾張正博

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