「腹は括りました。そうでなければ、今日の会見にも出席できなかったでしょう」

 6月1日、都内で開催されたRIZINの記者会見。弥益ドミネーター聡志とMMA(総合格闘技)ルールで闘うことになった“ブラックパンサー”ベイノアは力強くそう宣言した。

「ここまで来たら、なるようにしかならない。深く考えてもしょうがないですよ」

©Koji Fuse

 ベイノアはいくつもの顔を持つ、ちょっと変わった格闘家だ。格闘技のベースは幼少の頃から打ち込む極真空手。2018年には全日本ウェイト制空手道選手権・軽量級で優勝した実績を持つ。

 その一方でベイノアはキックボクサーとしても活動中。現在は来年プロボクシングへの転向を表明した“神童”那須川天心が主戦場とするRISEの第2代ウェルター級王者に君臨する。それだけではない。空手衣やキックボクシングのトランクスを脱げば、お笑い芸人「けとるべる」のボケを担当している。

「最近は相方が元気かどうかもよくわからない」

 とはいえ、お笑い芸人としての需要はサッパリ。新型コロナの影響もあるのか、ベイノアは「今年になってから芸人としての仕事はゼロ」と打ち明ける。「格闘技の方は強ければ実際にこういう大きな話が来た。お笑いの方も『面白ければ、話は来る』ということなんでしょうね(苦笑)」

 お笑いでコンビを組む相方にRIZIN参戦を事前に伝えることもなかった。

「たぶんニュースを見て驚いていると思う。最近は向こうが元気かどうかもよくわからないんですけどね」

 お笑い芸人として鍛えたトーク力を活かし、RISEでは呼び込みなどのアナウンスをすることも。今年になってからは一度直前になってその仕事をキャンセル。関係者は「コロナに感染したか?」と心配したが、全ては杞憂に終わった。近所のパン屋で購入したパンで食中毒となりトイレから動けなくなっただけだったのだ。欠場するとしても単なる欠場には終わらせない。ベイノアはオチを残してくれた。

「楽しみだけど、正直メチャクチャ怖い」

 幸い今回のRIZIN参戦はインパクト大。ツイッターでベイノアの名は初めてトレンド入りを果たした。

「知らぬ間に流行っていた」

 そもそも、以前からベイノアは毎年大晦日に開催されるRIZINさいたまスーパーアリーナ大会への参戦を狙っていた。昨年は出場寸前まで残っていたと聞くが、最終決定カードに彼の名前はなかった。

 だからこそ東京ドーム大会からのオファーは渡りに舟。最初からMMAでのオファーだったが、断る理由はなかった。ベイノアは「実は僕はプロレスファンで新日本プロレスの東京ドーム大会は必ず観戦に行っている」という意外な事実を明かす。「だからあのドームのリングに立つ自分の姿は想像もつかないし、わけがわからない感じ。楽しみだけど、いったいどういう世界なんだろうという意味で正直メチャクチャ怖い」

2020年10月のRISEに出場したベイノア

弥益「圧倒的リテラシーの欠如によって機会をいただいた」

 しかし、大会前の勝敗予想ではベイノアは圧倒的に不利と出ている。MMA挑戦は今回が初めてなのだから無理もない。

「MMAファンからしたら、MMAをなめるなよということになるんでしょうね」

 案の定、筑波大学大学院を修了している弥益は記者会見を欠席したが、以下のようなアイロニーに満ち溢れたコメントを寄せている。

「自分のような仮にも日本の老舗MMA団体の元チャンピオンを対戦相手に選び出すという、(ベイノアの)並外れたリスクマネジメントの低さ、圧倒的リテラシーの欠如によって(私はRIZINに)出場する機会をいただきました」

 米国カルフォルニア州の出身ながら、東京都板橋区成増で育ったベイノアは英語が大の苦手。果たして弥益のトラッシュトークにもチンプンカンプンだったが、ルールに対しては「MMAも、いつかはやってみたいと思っていた」と気にする素振りを見せない。

弥益の写真を持つベイノア ©Koji Fuse

「MMAの選手がキックボクシングの試合に出るのとはまた違いますからね。今回は本当に準備期間も短いし、試合開始のゴングが鳴ったらどんな体勢になろうと暴れるだけ」

「いまのMMAの中で空手がどれだけ通用するか」

 MMAにはキックボクシングの主武器であるパンチとキックがあるが、キックボクシングのそれには寝技はない。

 極真の空手家がMMAに挑戦するのはベイノアが初めてではない。旧K-1でも活躍したヘビー級のエベルトン・テイシェイラ(ブラジル)はのちにMMAに転向し、3勝1敗というレコードを残す。ベイノアはテイシェイラに「僕と同じドレッドヘア」と親近感を抱く。

「やっぱり昔のMMAはプロレスラーや柔道家が挑戦することで成り立っていた。いまは競技化されてきたけど、本来のMMAはそういうものだったと思う。もちろんいろいろなシチュエーションを想定したうえで準備しています。いまのMMAの中で空手がどれだけ通用するかを試したい」

 弥益戦が決まってからベイノアはMMAを闘ううえでは必修科目といえるブラジリアン柔術の練習を始めた。

「空手衣に比べると、柔術衣は分厚い」

 正直、付け焼き刃の感は拭えないが、ベイノアは中3まで空手とともに励んでいた柔道(初段)がここにきて役立っていると付け加えた。「やっていて良かったと思います。柔術を教えてくれる方にも組みや寝技になったときの吸収が早いといわれています。空手やキックで立ちの組みの展開になっても崩されにくいのは柔道をやっていたせいかもしれない」

「同じ中学校出身の石橋貴明さんに続きたい」

 RISEでは反則と見なされるヒジ打ちもMMAでは有効であることもベイノアにとっては大きな強みか。

「立っても寝てもえんぴ(空手用語。ヒジ打ちを指す)をやっています。板も割っていますよ」

 成増が生んだ著名人といえば、とんねるずの石橋貴明が思い浮かぶ。ベイノアは「同じ赤塚第二中の出身の石橋さんに続きたい」と目を輝かせた。

「こんなチャンスはめったにない。この挑戦を乗り切らないと、何も生まれない」

©Koji Fuse

文=布施鋼治

photograph by Susumu Nagao