黒ジャージーの背番号10からは、躍動感があふれ出ていた。

 6月12日、静岡エコパスタジアムで開催された日本代表の強化試合。2019年ワールドカップ(W杯)以来、1年8カ月ぶりに行われた日本代表の強化試合で、最も輝いたのは、対戦相手として結成されたサンウルブズのSO山沢拓也(パナソニック)だった。

 前半10分、山沢が左サイドへ放ったロングパスが号令だった。サンウルブズのアタックが次々と前に出る。

 柔らかいボールタッチ。糸を引いたようなロングパス。絶妙にコントロールされたキック。

 前半19分には日本代表のゴール前、ディフェンスライン裏のデンジャラスゾーンに計ったようなキックを落とし、猛ダッシュで落下点に走り込み、到達しては相手DFと競りながらドリブルでボールを前に送り、SH荒井康植(キヤノン)の先制トライをアシスト。左隅からの難しいコンバージョンキックも鮮やかにHポストの隙間に通した。

 35分にはドロップゴールを外すが、39分には左右にボールを動かしてWTB竹山晃暉(パナソニック)のトライにつなげ、再び左隅からのコンバージョンを成功。後半も、交代で入ったばかりの日本代表WTBシオサイア・フィフィタ(近鉄)のカウンターアタックに食らいつき、ジャージーを掴んで引きずり倒した。

 試合は日本代表が32−17で逆転勝ちしたが、輝いたのはむしろサンウルブズだった――そう思ったファンも多かっただろう。

「次のW杯に出る力は十分にある」

 山沢は、試合が始まる前から注目の存在だった。

「我々のチームに2人の若いSOがいることを誇りに思う。彼らが優勝を手にしたことは日本ラグビーにとって素晴らしいこと」

 パナソニックのロビー・ディーンズ監督がそう言ったのは、5月23日のトップリーグファイナルで優勝を飾った試合後だった。2人とは、パナソニックの先発SOで出場した松田力也と、途中出場した山沢のことだ。

 松田は2019年W杯で田村優(キヤノン)とともにSOで代表入りしていたが、5試合すべてでベンチスタートだった。

 山沢は2017年のアジア選手権で、サンウルブズを除いた若手メンバーで臨んだ日本代表で3試合に出場したが、それ以後は代表に選ばれていなかった。2018年度にはトップリーグのベストフィフティーンを受賞するほど安定したパフォーマンスを見せたが、W杯を目指す日本代表候補合宿に呼ばれることはなかった。

 だが、2021年のトップリーグで、パナソニックは司令塔のSOを1994年生まれの日本人選手2人で乗り切り優勝を飾る。そしてロビー監督は言ったのだ。

「この2人には、次のW杯に出る力は十分にある。W杯の10番を担うに相応しいプレーヤーであることを示してくれたと思います」

ともにチームを支えたSH小山大輝と共に笑顔で写真に収まる松田と山沢 ©SportsPressJP/AFLO

 この時点で、山沢は日本代表スコッドには選ばれていなかった。2021年春シリーズを戦う日本代表候補メンバー52人は4月12日に発表されたが、SOで選ばれたのは田村と松田というW杯メンバーと、今季のトップリーグで才能の片鱗を見せた新鋭・前田土芽(24歳/NTTコム)の3人。トップリーグで複数年にわたって目を見張るパフォーマンスを続けてきた山沢の名はなかった。

 その山沢が、日本代表の対戦相手に選ばれたのだから、注目されるのは必然だった。「代表入りへアピールチャンス」――メディアもファンも、そういう意味づけで山沢を見た。

 しかし本人は欲を見せなかった。サンウルブズが集合した直後の6月9日に行われたオンライン会見で、代表スコッドに選ばれなかったこと、2023年W杯への思いを問われた山沢は答えた。

「自分ではけっこう割り切っていて、今回はサンウルブズとして試合を楽しむことだけにフォーカスしています。複雑な思いはないです。まあ、相手にパナソニックのメンバーが多いので、正直イヤだな、でも楽しみでもあるかな、というくらいです」

 口調にネガティブなニュアンスは感じられなかった。代表に選んでもらえるかどうかは自分で決められることではない。そこは頭から追い出し、目の前の試合を楽しむことに専念しよう。まさしく本人が言った通り「割り切り」が感じられた。

「10番をやりたいけれど、こだわりはない」

 その一方で、本人に聞いておきたいことがあった。

 今季のパナソニックの試合で山沢は松田との交代でSOに入るだけでなく、途中交代でFBやWTBのポジションに入ることがあった。ゲームタイムは長くなかったが、相手キックを捕球してからのカウンターアタック、キックを蹴り返し自らチェイスしてのチャンスメーク、アンストラクチャーのアタック……予測できない、崩れた局面から始まるプレーであればあるほど、山沢の特別な能力が発揮された。

――今季はWTBやFBに入る場面がけっこうありましたが? 山沢は答えた。

「FBに入ったときは、10番と比べて自由というか、10番のときはチームをどう動かすとチャンスになるか、チームにフォーカスしていたけれど、15番のときは自分がどうアタックするか、自分にフォーカスできたというか、自分のやりたいようにプレーできた部分があります。10番とは全然違う視点があって、思い切りアタックできる面白さがあった。基本的には10番をやりたいけれど、そんなにこだわりはありません」

©SportsPressJP/AFLO

ラグビー界の永遠のテーマ

「10番問題」は、ラグビー界では古くて新しい、つまり時代を超えたテーマだ。

 古くは1987年の第1回W杯の時、オールブラックスにはフラノ・ボティカというランニングプレーに秀でたSOがいたが、W杯でSOに起用され、NZの優勝に貢献したのは大会前に「キックだけ」と評されていたグラント・フォックスだった。

 2000年を挟んだ時代、NZには変幻自在のプレーで「キング」と呼ばれたカーロス・スペンサーがいたが、多くのテストマッチでタクトを預けられたのはキックで手堅くゲームを作るアンドリュー・マーテンズだった。

 フランスではフレンチ・フレア(ひらめき)の申し子と呼ばれたトマ・カステニエドがいくつものスーパートライを作ったが、1999年W杯でオールブラックスを破る伝説の試合でタクトを振ったのはキックが持ち味のクリストフ・ラメゾンだった。

 日本でも、ひらめきあふれるプレーが持ち味の岩渕健輔ではなく、キックで手堅くゲームを進める廣瀬佳司が重用された。

 勝ちを狙うには“ファンタジスタ”は不要――それはラグビー界に根強い常識でもあった。その鉄則からみれば、変幻自在のプレーが持ち味の山沢よりも、キックで手堅くゲームをコントロールする田村、松田のほうがテストマッチの10番には似合う――そう見られるのは自然な成り行きだったかもしれない。

 実際、6月13日に発表された欧州遠征メンバーに、山沢の名が加えられることはなかった。

 では、山沢は、これだけのパフォーマンスを見せても、もうジャパンには呼ばれないのか? 案外、可能性があるのでは……と記者は見ている。

 5月24日に行われたオンライン会見で、ジェイミー・ジョセフHCは言った。

「9月からは、秋のテストマッチシリーズに向けて16週間の合宿を行う予定だ。そこにはたくさんの選手が入ってくるだろう。個人の名前は出したくないが、すべての選手にチャンスがあると思っている」

果敢に突破を仕掛ける山沢。ランニングスキルも魅力の1つだ ©Kiichi Matsumoto

 今回の欧州遠征は、2019年W杯のあと初めて迎えるシリーズだ。通常のサイクルなら、4年後のチームがどんな顔ぶれになっているかをにらみ、新戦力を試しながらじっくりとリスタートを切るところ。だが、コロナ禍で丸1年以上もの間、代表活動ができなかった現在の日本代表が置かれている立場は「通常」ではない。

 しかも、わずかな準備期間で迎える初戦の相手は、世界ラグビーのドリームチームであるブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズだ。この相手に勝とうとするなら――控えめに言ってもいい試合をしようとするなら――計算できる、戦い慣れたメンバーで臨もうとするのは当たり前の発想だ。

 ジェイミー自身、サンウルブズ戦の前にこう言っている。

「前回のW杯で8強を勝ち取った選手は、W杯のあとの最初の試合に出る権利があると思っている」
「戦術は基本的には前回W杯と大きく変えるつもりはない。それを理解している選手はアドバンテージを持っている」

 今回のライオンズ戦は、W杯8強入りという結果を出した選手で臨む試合であり、2023年に向けたチーム作りが始まるのは9月以降なのだ。もちろんライオンズ、その次のアイルランドと戦う選手には評価を上げるチャンスがあるが、今回外れた選手に扉が閉ざされているわけではない。

 その先は、日本代表が(ジェイミーとコーチのトニー・ブラウンが)選手に何を求めるかにかかってくる。焦点は、特に10番に関して言えば、これまでと同様に、与えられた戦術の遂行を要求するのか、自ら意志を持って判断していくことを求めるのか。

今後、求められるだろう“Xファクター”

 日本代表戦を終えたサンウルブズの大久保直弥HCは言った。

「戦術を決めすぎないのが良かったと思う。時間がなくてできなかったこともあるけれど、そもそもサンウルブズは準備の時間が足りない中でどう戦うかということをテーマにやってきたチームですから。選手の個性を活かすしかない」

 W杯が同じ条件で行われるわけではない。戦術はブラッシュアップしていく必要があるだろうし、ジェイミーとブラウニーはすでにその作業に着手しているはずだ。だが、試合はすべてが想定した通りに進んでいくわけではない。

 まして、前回大会で8強というステージに進んだ日本代表は、これまで以上に相手の分析、対策にさらされる。前回以上の成績を望むなら、ブラウニーの練りに練った戦術をベースにした上で、攻防の状況に対して瞬時に反応すること、事前の準備を越えた要素=Xファクターが必要になるだろう。その候補のひとりに、山沢は入ってくるはずだ。

 局面を一気に変えてしまうひらめきあふれたアタック。キックとラン。背番号は10、15、あるいはもっと大きな番号――つまり途中から入ってくるインパクトプレーヤーという位置づけ――であれ。

 実のところ、2023年に日本代表の10番を背負うポテンシャルを持つ選手はここまであげた名前だけではない。

 早大、NTTコム、サンウルブズを経て今季はキヤノンでプレーした小倉順平(28)、早大を日本一に導いたクボタの岸岡智樹(23)、天理大を優勝に導いて東芝入りした松永拓朗(22)、山沢の弟で明大からパナソニック入りした山沢京平(22)、桐蔭学園を高校日本一に導いた早大・伊藤大祐(19)、昨年のジュニア・ジャパンで活躍した東海大・丸山凜太朗(21)、そしてボーデン・バレットのプレーを間近で学び続けたサントリーの田村煕(27)とポテンシャルを秘めたプレイヤーは少なくない。

 とはいえ、2023年に日本の司令塔を担うなら、それまでにシビアなテストマッチ経験を積む必要がある。それは誰もが平等に得られるものではない。そして、通常よりも短くなってしまったW杯準備のサイクルでは、新たな才能を試すチャンスも限られる。扉は開いているが、間口は狭く、敷居は高い。

 だが今回のサンウルブズでのパフォーマンスで、山沢が列の先頭に立つ権利を得たのは間違いないだろう。

©Kiichi Matsumoto

 ブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズ、アイルランドとの戦いに10番で出場する選手は(もしかしたら15番で出場する選手も)「山沢拓也」というXファクターの影とも戦うことになる気がする。

文=大友信彦

photograph by Kiichi Matsumoto