人生は「山あり谷あり」と言われるが、スペイン出身の26歳、米ツアーですでに5勝を挙げてきたジョン・ラームのゴルフ人生には、あっと驚くような山と谷が、これまでいくつも押し寄せた。

 そんなラームが、トッププレーヤーばかりがひしめいて大混戦となった今年の全米オープンを制し、大会史上初のスペイン人チャンピオンになったことは、浮き沈みの激しい時代を生きる私たちみんなの大きな励みになったのではないだろうか。

 松山英樹がマスターズを制して日本中に感動と勇気をもたらしたように、ラームの全米オープン制覇は、彼の母国スペインと欧州各国、さらにはコロナ禍で苦しむ世界中の人々に希望を抱かせてくれた。

出場も危ぶまれていたラーム

 つい最近もラームは大きな谷に陥った。

 全米オープンのわずか2週間前のこと。帝王ジャック・ニクラスが大会ホストを務める米ツアーのメモリアル・トーナメントに、ラームは前年覇者として臨み、3日目を終えたときは、2位に6打差で単独首位に立っていた。

 しかし、54ホールを終えて意気揚々としていたラームを待っていたのは、その日の朝のPCR検査結果が「陽性だった」という残酷な知らせだった。

 即座の棄権を余儀なくされたラームは、連覇をかけて最終日を戦うことすらできず、10日間の隔離生活の行方次第では全米オープン出場も危ぶまれていた。

 まさに、天国から地獄。山頂を目前にして谷底に突き落とされたラームだが、しかし彼は心まで谷底に落としたりはしなかった。

「コロナは今の時代の現実だから受け入れるしかない。幸いにして家族は全員無事だし、僕は陽性とはいえ無症状だ。その事実に感謝し、人生ではこうやって何だって起こるのだから、ゴルフの試合でも何だって起こる、何だって起こしうるんだと思うことにした。自分を信じ、すべてをポジティブに考えた」

 アマチュア時代のラームは屈指のエリート・プレーヤーと呼ばれていた。米国のアリゾナ州立大学へゴルフ留学し、在学中に挙げた勝利は全11勝。ベストアマチュアの証であるジャック・ニクラス・アワードを授けられ、将来を嘱望されていた。

 2016年全米オープンでローアマに輝き、その翌週にプロ転向。デビュー早々の2017年の年明けに、今大会と同じトーリーパインズが舞台となる米ツアーのファーマーズ・インシュアランス・オープンを制し、初優勝を挙げた。72ホール目に奇跡のようなイーグルパットを沈める派手な勝ちっぷりは衝撃的だった。

ツアー初優勝も同じトーリーパインズだったジョン・ラーム ©︎Getty Images

 以後、次々に勝利を重ね、ラームのランキングはぐんぐん上昇していった。

 しかし、感情の起伏が激しいラームは、ときにルール委員の裁定に不服を覚えて詰め寄ったり、自分のミスに腹を立ててクラブを叩きつけたりと、マナーやエチケットで批判されることも少なくなかった。

愛妻ケリーがいたことが最大の幸運

 そのたびに、ラームを上手にたしなめ、支えてきたのは、アリゾナ州立大学時代からの同窓である愛妻ケリーだった。

「ジョンはゴルフ以外では、本当に子どもみたいなんだけど、根は優しいし、ゴルフが上手くなること、勝つことばかり考えている」

 良き理解者のケリーがいつも変わらず傍らにいてくれたことは、いろんな面でアップダウンが激しかったラームにとって、何よりの支えであり、最大の幸運だった。

支え続けてくれた妻ケリーと笑顔で写真に収まるラーム ©︎Getty Images

 昨年のメモリアル・トーナメントを制して、通算4勝目を挙げたときも、大きな波乱が起こった。勝利に歓喜した途端、ラームはルール委員から「16番でボールが動いたから2ペナだ」と罰打を言い渡され、彼の顔色は一変した。3打差でホールアウトしていたため、2罰打でも勝利は勝利だったが、気持ちの上では天国から地獄の味わいだった。

 そんな経緯があったからこそ、今年のメモリアルでは文句なしの勝ち方をしてやろうと挑み、実際、それができそうだったのに、目前の勝利はコロナによって阻まれてしまった。

 全米オープン直前に隔離が解けたラームは、ぎりぎりセーフで、戦いの舞台であるトーリーパインズにやってきた。

 不死鳥のように蘇ったラームは、開幕前の優勝予想で筆頭に挙げられ、ラーム自身も「トーリーパインズは特別な場所だから、いいことが起こりそうな気がする」と、何かが起こることを予感していた。

 首位から3打差で最終日を迎え、出だしから2連続バーディーで好発進。前半で2つ伸ばすと、後半はボギーを1つも叩かず、終盤に差し掛かった。

 17番でスネイクラインの5メートルのバーディーパットを沈めると、4年前に奇跡のようなイーグルパットを沈めて米ツアー初優勝を挙げた18番グリーンでは、バンカーから着実に出した5メートルのバーディーパットを見事に沈め、4年前と同じように激しいガッツポーズを取った。

 2連続バーディーで締め括り、単独首位でホールアウト。終わってみれば、72ホール目のバーディーパットがウイニングパットとなり、ラームは全米オープン覇者に輝いた。

今の時代にふさわしいチャンピオン

優勝会見で笑顔を見せるラーム ©︎Getty Images

「ベストなゴルフができれば必ず勝てると信じていた。72ホール目は4年前とは少し異なる状況だったけど、僕の頭の中にあったのは『入れるぞ』の一言だけ。入れられると思った。自信はあった。いつも通りのルーティーンを守り、自分を信じて打った」

 感謝の心、前向きな姿勢、積み重ねてきた努力と自分を信じる気持ちが、ラームに勇気とエネルギーをもたらし、全米オープン制覇につながった。

 それは、コロナ禍で混沌とした今の時代を生きる人々を、勇気づけ、元気づけるに最もふさわしい全米オープン・チャンピオンの誕生だった。

文=舩越園子

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