忘れられない記者会見がある。

 2017年の第1戦オーストラリアGPの開幕前日に、国際自動車連盟(FIA)が主催した合同記者会見だ。

 会見に出席したのは、ダニエル・リカルド(レッドブル・ルノー)とセバスチャン・ベッテル(フェラーリ)、そしてフェルナンド・アロンソ(マクラーレン・ホンダ)とルイス・ハミルトン(メルセデス)だった。

 この会見で、ある記者から、こんな質問がとんだ。

「F1のオーナーに期待することはなんですか?」

 リカルドが「ラスベガスでのレース」と先陣を切ると、ドイツ人のベッテルが「(16年を最後に一旦カレンダーから姿を消した)ドイツGP」と言ったのに続いて、ハミルトンが「マイアミでのレースかな」とかぶせて会見を盛り上げた。

 すると司会者が黙っていたアロンソに「フェルナンドはどうですか?」と意見を求めた。アロンソはこう言った。「(性能が)平等なエンジン」

 この年、アロンソが走らせていたのはホンダのパワーユニット(PU)で、パフォーマンス面でも信頼面でもライバルたちに後れをとっていた。開幕前のテストでそれが露呈していたため、アロンソは皮肉をこめて、そう答えたのだった。すると隣に座っていたハミルトンがこう突っ込んだ。

「でも、ホンダはなしね」

 ハミルトンはすぐに冗談だと言ったが、会場はざわつき、重い雰囲気に包まれた。

4年後の圧勝劇

 あれから4年。第7戦フランスGPにホンダは今シーズン2基目のPUを投入した。過去2回のフランスGPで圧倒的な速さを披露していたのはメルセデスだったが、今年はホンダのPUを搭載したレッドブルがポールポジションを獲得。レースでも残り2周でメルセデスをコース上でオーバーテイクして、ライバルをねじ伏せた。

 完敗したハミルトンは「新しいPUはスペックが違うのか、ストレートでは追いつけないほど速かった」と脱帽。チーム代表のトト・ウォルフも「彼らはPUで大きな前進を遂げた」と、異口同音にホンダのPUを絶賛した。

 しかし、これを聞いたホンダの田辺豊治F1テクニカルディレクター(TD)は、冷静にこう語った。

「今回の2基目のPUについては、信頼性に関わるところに一部改良が入っていますが、レギュレーションを守らなければならないのでパフォーマンスが向上しているということは一切ありません。だから、ライバルたちの『ホンダには勝てなかった』という言い方は間違っていて、正しくは『レッドブル・ホンダに勝てなかった』という表現です」

 F1のPUには使用制限があり、ICE、ターボ、 MGU-H、MGU-Kの4つの構成部品に関しては年間3基までしか使用することができない。それを超えると、グリッドペナルティが科せられる。

 ただしコロナ禍を考慮して、PUの開発は2020年から2021年にかけて1回までとなっており、今シーズン、新骨格のPUをすでに投入したホンダは、新たにハードウェア面を改良することはできない。

 つまり、フランスGPにホンダが投入した2基目のPUは、性能面ではそれ以前に使用していた1基目とハードウェア的には同じスペックだった。

フランスGPのマシンが速かった理由

 では、なぜハミルトンをはじめ、メルセデス陣営はホンダの性能が上がったと感じたのか。レッドブルのチーム代表を務めるクリスチャン・ホーナーがこう説く。

「PUを改良することはできない。だから、我々はより薄いリアウイングをこのポール・リカールで使用した。それが我々の直線速度が良かった理由だ」

 直線スピードを決めるのは、PUの馬力だけではない。そのPUを載せた車体の空気抵抗も大きく影響する。レッドブルがフランスGPで使用したリアウイングはライバルに対して非常に薄く、空気抵抗が小さかった。

トップチームの間で「たわむウイング(フレキシブルウイング)」に対する論争がある中、レッドブルはメルセデスを速さで圧倒した

 ポール・リカール入りした田辺TDは、予選とレースに向け、こう抱負を語っていた。

「強いところは伸ばし、弱いところは引き上げるよう対応していきたい」

 これはレッドブル・ホンダとして、パートナーの足りない部分を責めるのではなく、その弱点を補うためにはどうすればいいのかをチームとして考える、ということを示唆していたのではないだろうか。もちろん、ホンダのPUが今年大きく進化したことは事実だが、レッドブル・ホンダが連勝できるようになった理由はそれだけではない。

勝利に欠かせない一体感

 ホンダの山本雅史マネージングディレクターは、表彰式でこんなエピソードがあったことを教えてくれた。

「今日すごくうれしかったのは、レッドブルのGP(ジャンピエロ・ランビアーセの愛称/フェルスタッペンの担当レースエンジニア)が、レッドブル・ホンダを代表して表彰台に上がったとき、左胸にあるホンダのHマークを右手の親指で示してくれたことです。表彰式の後、チームと一緒に記念撮影をするとき、GPに『ホンダのHマークを指差していたよね』って言ったら、『そうそう』って言っていました。今週末からのオーストリアでの2連戦は、レッドブルのホームコースでの開催。昨年はうまくいかなかったので、今年はなんとか(優勝した)19年みたいな流れを作りたいと思っています」

 この一体感こそが、いまのレッドブル・ホンダの強さだといってもいい。

 フランスGPでポール・トゥ・ウィンを飾り、今シーズン4勝目、第5戦モナコGPから3連勝を飾ったホンダにとって、F1での3連勝以上は、91年以来、30年ぶりのこと。30年前の3連勝はマクラーレン・ホンダ時代で、アイルトン・セナが開幕から連勝を重ね、モナコGPまで4連勝した。

 レッドブルにとっても3連勝は2013年以来、8年ぶり。さらに、2014年に始まったハイブリット・エンジンを使用したパワーユニット時代で、メルセデスが単独チームに3連敗を喫し、かつ両チャンピオンシップでリードを許したのは初めてのことだ。

 もうハミルトンにジョークを飛ばす余裕はない。

文=尾張正博

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