今年3月に、プロテニスプレーヤーとしてのキャリアに幕を引いたことを表明した、大坂まりさん。

「大坂なおみの姉」として知られる彼女は、なおみ曰く「わたしがテニスを始めた理由」であり、孤独な戦場に身を置く妹が最も心を許す親友であり、そして今、新たなキャリアを歩み始めた若き社会人でもある。

 すでに、漫画制作やチャリティなど姉妹での取り組みも始めている25歳は、今何を思い、ここからどこに進むのか?

 それらの問いに、英語での書面インタビューで答えてくれた。妹のなおみのこと、二人が共有するビジョンのこと、そしてこれからのこと――(全2回の2回目/前編へ)。

今回、引退を機に特別インタビューに応じてくれた大坂まりさん(本人提供)

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「人生で一番嬉しい勝利は、15歳の時にお姉ちゃんに勝った時」

 4つのグランドスラムタイトルを手にした今も、大坂なおみは、そう断言することをためらわない。

「妹に負けることに対し強迫観念を抱いていた」

 姉妹が本格的にテニスを始めたのは、生まれた大阪市からニューヨークに渡った時。姉が4歳、妹が3歳の頃だ。

 以降、二人は毎日のように一緒にコートを駆け、ボールを追ってきた。

 もっとも、まりさんにとっての「テニスにまつわる最も古い記憶」は、コート上のそれではなく、コート外での出来事だという。

「わたしが覚えているのは、ニューヨークに居た頃、ジュニアの試合が始まる前にいつも鬼ごっこをして走り回っていたことです。だから母は、試合前に私たちが疲れちゃうのではと心配していました」

 毎週末のように試合に出て、試合がない日は、二人で対戦するのが姉妹の日常となる。それは妹にとって、姉を倒すという明確な目標をもって試行錯誤を繰り返し、自身の成長を実感できた日々。

©Getty Images

 ただ家族は、もう少し複雑な思いも抱いていたようだ。

「わたしは、妹に負けることに対し強迫観念を抱いていたので、なおみが相手の時は良いプレーをしていたと思います。彼女はわたしとの対戦では、混乱しフラストレーションを溜めていました。だからある時期から、父はわたしたちが試合するのを嫌がるようになったように思います」

 まりさんにとって、子どもの頃のなおみはコートに立っていても、やはり「年下の姉妹」だったのだろう。

まりが定義する、“テニスプレーヤー・大坂なおみ”

 一方のなおみは、まりさんのことを姉としてだけでなく、「ライバルであり、親友」と定義していた。

 二人で毎日のように練習した日々から時が経ち、お互いに長い道を歩んできた今、まりさんは妹をどのように定義するのだろうか?

「なおみは、何事においても成功を手にするために情熱を燃やし全力を尽くす人です。もちろん、わたしにとっては、妹であり親友でもあります。でも個人的に彼女にラベル付けをするなら、テニスプレーヤーというより、『hustler(ハスラー)』という言葉が最もぴったりなのかなと思います」

『ハスラー』の言葉には、大坂なおみというアスリートの多面的で陰影に富んだ人間性への、深い洞察と敬意が込められているだろう。

 ハスラーは、“ばくち打ち”と訳されることが多いが、それ以外にも、仕事に精力的に打ち込む敏腕な人物、さらには“抜け目ない攻撃を得手とするアスリート”という意味もある。まりさんが妹を指すのに用いたのは、まさにこれらの意だろう。

姉妹で共作した『アンライバルド NAOMI天下一』

 そのような妹と共に、現在まりさんが打ち込む仕事の一つに、漫画制作がある。

 昨年末に『なかよし』で連載が始まった『アンライバルド NAOMI 天下一』は、大坂なおみをモデルにした漫画作品。宇宙を舞台に、スペーステニスプレーヤーのなおみが、人々の夢を守るために戦うという冒険活劇だ。

「アンライバルド NAOMI天下一」 漫画 上北ふたご 構成 水野タマ 監修 大坂まり 1巻 7月13日発売 講談社 KCなかよし(KCなかよし はなくてもOKです) 定価594円(税込)

 まりさんはこの作品の“監修”として、キャラクター造形やストーリー作成に携わる。それは、子どもの頃から日本の漫画やアニメを愛し、「いつか自分で作品を生み出したい」と願っていたまりさんにとって、夢への一歩を踏み出した瞬間でもあった。

「2年ほど前に、講談社からなおみの下に、一緒に漫画を作らないかという提案がありました。それが『アンライバルド NAOMI天下一』の始まりです。わたしは編集者の方と話しながら、ストーリーを作る手助けをしています。編集者、わたし、そしてなおみの間で、何度もアイディアを出しては相談して修正するというやりとりを繰り返し、今に至っています」

「なおみが歩んできた道のり」を伝えたい

 まりさんが影響を受けてきた漫画やアニメには、子どもの頃に繰り返し見た『テニスの王子様』や『美少女戦士セーラームーン』があるという。その後にハマった作品として、『進撃の巨人』、そして『不滅のあなたへ』を挙げた。特に『不滅のあなたへ』は、「漫画も読んだけれど、それでもアニメの第1話を見ると今でも泣ける」ほどに、心を揺さぶられたという。

 それら日本の作品から多くを学んだまりさんは、作品を提供する側として、読者に何を伝えたいと願っているのだろうか?

「わたしたちがこの『アンライバルド NAOMI天下一』を作るにあたり望んだのは、なおみが歩んできた道のりを、どの年代の人にも楽しみながら知って欲しいということでした。人々が“チャンピオン”を目にできるのは、頂点に居る時でしょう。でもそれは、長い旅の終着点に過ぎません。わたしたちは頂点に至る旅のプロセスを、スーパーパワーやドラマ、そして少しのロマンスを交えながら伝えたいと思っています。

 この漫画を読んだ日本の子どもたちには、チャンピオンが頂点に至る道のりで、多くの困難に直面することを知って欲しいと思います。もしかしたら多くの人たちは、チャンピオンはなるべくしてなるもので、彼・彼女たちにとっては簡単なことだと感じているかもしれません。でも実際には、努力と勤勉なくして成功はありえません。もっとも、日本人は世界でも有数の努力家だと思うので、すでに多くの人たちは、そのことを知っているとは思います」

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なおみと「ファッションラインを立ち上げる計画を.....」

 テニスや、子どもの頃に触れた数々のポップカルチャーにより「今の自分が形成された」というまりさんは、今後はそれらを、社会に還元していくことを望んでいる。

 20年間、情熱を注いできたテニスキャリアにひとつの区切りをつけた今、彼女の前にはいかなる景色が広がっているのか?

 最後に、彼女の「これから」をたずねた。

「今のわたしは、自分が望むことは何でもできる。それは胸が躍ることであり、同時に怖くもあります。

 わたしが何よりやりたいのは、絵やアート作品を生み出すこと。今はなおみと一緒に、複数の企業とコラボレーションしてファッションラインを立ち上げる計画を進めているし、タトゥーの学校にも行こうと思っています。

 選択肢はたくさんあります。ただ一つはっきりしているのは、何かを創造する道に進むだろうということです」

『アンライバルド NAOMI天下一』(漫画・上北ふたご/構成・水野タマ/監修・大坂まり)は、「なかよし」(講談社)にて連載中。待望の単行本第1巻は7月13日に発売予定。

(【前回を読む】前編へ)

文=内田暁

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