5月の関東学生陸上競技対校選手権(関東インカレ)で女子三段跳を制した内山咲良は、東京大学医学部医学科の6年生。文武両道を地で行く逸材の素顔に迫るべく、東京五輪選考会でもあった日本選手権直前の6月23日、中学・高校陸上部の後輩である筆者がインタビューを行った。(全3回の中編/後編はこちら)

――高3のインターハイまで陸上をやって、どんな勉強で東大理科III類への合格を果たしたのでしょうか?

内山 高2までは勉強に主軸を置いていたわけではなかったのですが、とりあえず学校の定期試験ではいい成績を取ろうと思って勉強していました。英語は割と自分でも頑張っていて、高2時点で英検1級は取っていました。高3最初の時点で他の教科はボロボロでしたが、ある程度の基礎はできていて、英語はほぼ完成に近い状態だったのかなと。

 数学は本当にできなかったので、高2の冬から基本を固め直そうと自分で問題集を解くようになりました。理科も本格的に始めたのは高3からですが、物理から生物に変えたら思ったより上手くハマったのもあって、段々成績が伸びていきました。

集中力の使い方と“メンタルの状態”への意識

――1日何時間くらい勉強していましたか?

内山 高3夏までは部活が週4回あって、その日は終わった後に宿題をやって3、4時間だったと思います。部活がない日は学校が終わってからずっと勉強していた感じだったので、6時間くらいですかね。インターハイが終わった後は勉強以外のことをほぼしなかったので10時間くらい、直前期は多い時には14時間くらいですかね。

――集中力を発揮し、維持するコツや心掛けていたことは?

内山 高3の1年間は"自分が完全に周りから遅れている"という意識がすごくあって、今勉強しないでどうする、という気持ちでした。だから気が抜けるようなタイミングはなく、特に集中力を維持しようと心がけることもなかったです。

 ただ集中力の使い方という観点で言うと……自分のメンタルの状態に結構敏感で。競技の話になるのですが、例えば試合前は緊張したり興奮したりするけれど、それを抑えず試合に持ち込んで記録に繋げようとするような、そういう使い方をできると思います。

――本番に向けてメンタルを客観視する力は、どのタイミングで身に付けたのですか?

内山 本番での強さは、ピアノをやっていたことと通じるものがあるかなと思います。高2までずっと続けていて、発表会が年に1、2回ありました。発表会はその一瞬で今までの成果を出さないといけなくて、走幅跳や三段跳よりもずっと"ミスしちゃいけない"という緊張感がある中で演奏します。

 だから、そういう場面をくぐり抜けることで慣れてきたのかなと思います。陸上自体も中学からずっとやっているので、その中で徐々に客観視できるようになってきたのかもしれないです。

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気が乗らない時は“コストが低くても”できる勉強を

――受験勉強においてもメンタルを客観視することは心掛けていたのですか?

内山 気が乗らないなというときは自分にとって割とコストが低くてもできる勉強をやって、自分の余力がある時にきつい勉強をするようにしていました。前に進み続けるけど、自分にとって進みやすい方を時と場合によって選ぶことは意識していましたね。

――大学入学以降も競技と勉強を両立していますが、毎日どのように過ごしているのですか?

内山 日によって違いますが、一番忙しい日は朝部活に行って、午後バイトに行きます。最近はかけっこをマンツーマンに近い形で小中学生に指導するバイトをやっていて、それが午後2つか3つあると少ししんどいんですけど(笑)、それを終えて家に帰るというスケジュールです。今は実習がないので、合間の移動時間などに映像授業を聞いたり問題を解いたりします。

競技と医学部の両立は大変だけど

――競技と医学部の勉強の両立は大変でしたか?

内山 時間的拘束が割と長い時期は大変でしたね。実験や解剖がたくさんある時期もあれば、授業がいっぱいあって試験が多い時期もあったり、その都度状況がかなり違いました。陸上と医学、どっちも絶対に外してはいけない時期、大事にしないといけない時期がいくつかあって、それに応じて優先順位を都度変えながらどうにかやってきた感じです(笑)。

 でもどっちかしかないよりは、精神的にはすごく楽だったのかなと思っています。"どっちかダメだったら、どっちか頑張ればいい"という心持ちでやってきました。

――両立を投げ出したくなったことはありましたか?

内山 正直あったと思います。記録が伸びなかった時期も結構長くて、大学3年まで走幅跳のベストが出なかったんですね。特に2年生の時が一番つらかったです。東大では普通2年時は授業が少なくなるんですけど、フランス語のインテンシブの授業を入れたりしたのでそこそこ忙しくて、一方で記録も伸びなくて……。

 インカレを目指すのではなくて、鉄門(※鉄門陸上部、東大医学部陸上部のこと)だけにして陸上以外のことをやる時間を作ろうかな、と考えていた時期もありました。

――それはご自身にとって一番の挫折経験だったのでしょうか?

内山 そうですね。疲労骨折して記録も出ず、チームにも迷惑をかけてしまい、一方で勉強も時間を掛けられていなかった。その時に自分の中で「大学生活でいったい自分は何がしたかったんだろう」と考え直して、陸上に未練があるし、そこにもっとちゃんと向き合おうという結論が出たところから変わってきたなと思います。

できる人と自分との差を認識してそれを埋めよう

――「超人」「完璧」などと言われることがこれまで多かったと思いますが、そう評価されることついてどう感じていますか?

内山 そんなことないよと思います(笑)。コンプレックスの塊みたいな人間です。完璧主義っぽいところがあるので、全然できていない自分を人に見せないようにしてきました。だから完成形を見たら確かにそう思われるかもしれないけど、最初からできることって本当に少ないなと思います。

 できない自分からスタートすることが多いからこそ、できる人と自分との差を認識してそれを埋めよう、足りない自分を克服しようと努力してきました。特に陸上に関しては相当不器用な方だったし、征矢先生はそういうところも見てくれていたと思いますね。なので本当にそんなことはないよ、と。

――そう評されることに対して、葛藤したことはありましたか?

努力をしていない自分を認められなかった

内山 悩んだことも結構ありました。頑張って結果を残していなければ、自分には価値がないと思い込んでしまうことが結構あって。努力をしていない自分をあまり認められていないと思います。ただ、最近は結構整理がついてきて、割とありのままの自分を認めてあげてもいいかなと思えるようになってきました。

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――高校時代、周囲に親しみをもってもらいたいという思いから、『つけまつける』(きゃりーぱみゅぱみゅ)のダンスを完コピしていたのがとても印象的でした。ところがそのダンスもあまりに上手で噂になっていましたよね(笑)。

内山 高校の時は迷走してましたね……親しみを持ってほしいにしても、もう少し違うやり方があったなと思います(笑)。

内山咲良(Sakura Uchiyama)

1997年生まれ、神奈川県出身。東京大学医学部医学科6年。筑波大学附属中入学とともに陸上競技を始め、主に走幅跳に取り組む。3年時に都中学通信7位入賞。同高校3年時に南関東高校総体で3位に入り、全国高校総体への出場を果たした。2016年、国内最難関の東京大学理科III類に現役合格し進学。大学4年時に本格的に三段跳を始め、同年、日本学生対校選手権で準優勝。5年時は日本選手権6位。今季は関東学生対校選手権優勝、日本選手権8位。自己記録は、走幅跳5m78、三段跳13m00。

第3回「月経が来ない選手も……産婦人科医を目指す理由」に続く。関連記事からもご覧になれます>

文=町田華子

photograph by Sakura Uchiyama