ミスターが新国立競技場に立った。

 東京五輪開会式のクライマックスとなった聖火リレー。聖火が新国立競技場に入ると柔道男子の野村忠宏さんとレスリング女子の吉田沙保里さんが火の灯ったトーチを手にスタート。そしてその2人からバトンを受けたのがV9巨人を支えたONコンビ、王貞治ソフトバンク球団会長と長嶋茂雄巨人軍終身名誉監督に、長嶋さんの愛弟子である元ニューヨーク・ヤンキースの松井秀喜さんだった。

 トーチキスを行ったのは長嶋さんだった。自由になる左手で火を受けると、そこからトーチを王さんに渡し、松井さんに支えられながらゆっくりと歩み始めた。

長嶋さんが左手で聖火を受け取った (C)Getty Images

「何らかの形で関わることができたら、自分にとっても最高の人生になるね」

 長嶋さんが東京五輪の聖火ランナーとなる“夢”を語っていたのは、2018年に直接、取材をしたときだった。

脳梗塞で倒れ、アテネの地に立つことはできず

 長嶋さんには五輪への長い夢がある。

 日本球界が初めてオールプロによる“ドリームチーム”を結成して臨んだ04年のアテネ五輪。その代表チームの指揮を委ねられ、03年の台湾、韓国、中国との五輪切符をかけたアジア最終予選では見事に1位突破を果たした。

 そうして本大会に向けて最後のチーム作りをしていた04年3月4日に脳梗塞で倒れ、アテネの地に立つことはできなかった。

「やっぱりオリンピックは特別なの」

 しかし長嶋さんの中では野球に対する情熱と共に、スポーツの祭典と言われるオリンピックへの特別な思いは消えることはなかった。

「野球ならWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)とかあるし、他の競技もワールドカップや様々な国際大会がある。ただ、それは一つの競技の大会です。オリンピックはそうした様々な競技が一堂に会して、それぞれの選手たちがそれぞれの国の旗の下に集結して戦う大会なんです。次の東京オリンピックでは、野球も再びその中の一つとして日の丸を背負って戦う。そういう重みを持った大会はオリンピック以外にはないわけですよ」

長嶋監督のアテネ行き断念を発表した長男の一茂氏 (C)Sankei Shimbun

筋トレかと見紛うような激しいリハビリに取り組んだ

 そうして病後の大きな目標の一つが、この東京五輪に「何らかの形で関わる」こと、具体的には聖火ランナーとなって五輪に“参加”することだった。そのために筋トレかと見紛うような激しいリハビリに取り組んできていた。

 長嶋さんが五輪に出会ったのは1964年の前回の東京大会だ。報知新聞の「ON五輪を行く」という企画で、この日、共に聖火ランナーを務めた王さんと様々な競技場に赴き観戦記を寄稿した。

「当時は日本が初めてアジアでオリンピックをやるということで、大丈夫なのかなという心配もあった。ところが1月、2月と進んでいくと首都高速道路ができて、新幹線が通って、東京の街中がすべてオリンピックで繋がっていったからね。上へ上へとだんだん良くなっていく、まさにその瞬間だった。オリンピックを2回もやるというのは、アジアの中では他にはそうはない。それをやるわけですし、昭和39年とはまた違う、意義というのが出てくるはずだと思います」

この東京五輪にも、また別の役割があると考える

 そこで感じたのは五輪とは単なるスポーツの祭典としてだけではなく、その時代、その時代の世の中を写す鏡であり、その中でスポーツが果たせる役割があるということだった。その意味では発展途上のど真ん中で開催された前回の東京五輪は、日本が経済的に成長していくジャンプボードの役割を担った大会でもあった。

 そしてコロナ禍の中で開催された今回。この東京五輪にも、また別の役割があると長嶋さんは考えているのである。

 月刊『文藝春秋』8月号の取材で、そのことを長嶋さんに聞いたのは6月のことだった。

 19年に体調を崩して、表舞台にはあまり登場しなくなっていたが、今年は久々に巨人の開幕戦を東京ドームで観戦し、その後はファーム落ちした丸佳浩外野手を「励ましたい」と二軍のジャイアンツ球場を訪問。長嶋さんが再び精力的に動き出した矢先のことだった。

アスリートたちにエールを送る

「新型コロナウイルスは、世界中の政治や経済を混乱に陥れてきました。そして、このたびは我々の夢と希望である東京オリンピック・パラリンピックを前例のない、新しい様式へと変化させようとしています」

 文書のやりとりで行った取材で、長嶋さんが最も心配していたのは、コロナ禍の中での開催と、その開催を巡ってさまざまな論議がある中で参加するアスリートたちのことだった。

 だから真っ先に語ったことはそうしたアスリートたちにエールを送ることだったのである。

現役時代の長嶋茂雄 (C)Getty Images

「出場するアスリートの皆さんには、この混乱に動じることなく、日頃の成果を思う存分、出し切って欲しいと思っています。日の丸を背負っているという誇りを忘れずに、大会までの残されたわずかな日々を競技活動に打ち込んで欲しいと願うばかりです」

 開会式直前までゴタゴタが続き、五輪のそのものの意義が問われる大会ともなったが、そうしたさまざまな論議がある中でも、スポーツの持つ力をミスターは信じ、いまこの状況下で五輪を行う意味をこう語っていた。

「スポーツには人間を感動させる力がある」

「今回の東京オリンピック・パラリンピックは前例のない厳しい環境の中での開催となります。しかし野球ばかりではなく参加するすべてのアスリートの皆さん、観戦する我々も忘れてはならないのは、スポーツには人間を感動させる力があるということです。そしてスポーツの使命は、その感動を分かち合うことなのです。

 すべてのアスリートの皆さんが、この晴れの舞台で思う存分に躍動されることを願っております」

 そんな思いを胸に迎えた開会式だったのである。

 松井さんに背中を支えられながら、王さんと共にゆっくりと前に進む長嶋さん。かつての躍動するような姿はそこにはなかったが、それでも自由になる左足を一生懸命に踏み出し一歩、一歩を踏みしめるように進む姿には、困難を乗り越えて目標に向かって突き進むスポーツマンとしての強い意思を感じることができた。

「競技場では気兼ねはいらない!」

 そしてそんな長嶋さんが最終聖火ランナーの1人として新国立競技場を“走った”ことは、何より「多様性と調和」というオリンピックの理念を象徴するものだったと思うのである。

(C)Getty Images

「競技場では気兼ねはいらない! 私も心の底から応援しています」

 長嶋さんは今回の取材の最後にこう選手たちに呼びかけていた。

 五輪開幕。

 多くの論議を呼び、開催そのものが危ぶまれた大会だった。そしていま現在も、まだまだ新型コロナウイルスの猛威は止むまでには至っていない。それでも万全の感染対策を施し、一度、競技場に立つアスリートたちには、ミスターが語るように何の気兼ねもない思い切った姿を望みたい。

 そしてそれを我々も全力で応援したい。

文=鷲田康

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