7月24日、柔道60kg級で高藤直寿選手が今大会日本勢初となる金メダルを獲得しました。そこで高藤選手の人物像が分かる記事を再公開します。(初公開:Number Web 2018年8月15日)

 破格――。

 ふと、そんな言葉が思い起こされる柔道家がいる。柔道男子60kg級、高藤直寿(たかとう・なおひさ)。9月下旬に行なわれる世界選手権代表にも名を連ねている。

 そのキャリアは華々しいものだ。

 小中学生時代は全国大会を制し、高校時代は世界ジュニア選手権で優勝。大学2年生で世界選手権金メダルを獲得するなど、年代ごとに結果を残してきた。

 ただ、高藤の名を知らしめたのは、残してきた成績のみによるのではない。彼の柔道スタイルこそ、その存在を確固としたものとしている理由だ。

「変幻自在」「抜群の勝負勘」と評されたこともあるが、相手の出方に応じて瞬時に対応する能力に秀でている。さらにそればかりではない。

 相手と身体が密着したところから抱えながら回転させて投げる「高藤スペシャル」(大腰を変形させたようなもの)など、彼ならではの技を持つ。

昔だったら「なんじゃこりゃ」

 以前、日本男子代表の井上康生監督が高藤を表現した言葉は象徴的だ。

「新種ですね。何十年か前の柔道家が見たら『なんじゃこりゃ』と驚くと思います」

 オリジナルの柔道を築いた彼には、規格外である自負もあるのだろう。数々の強烈な言葉も放ってきた。

 2013年に世界選手権で優勝したあと、「オリンピックで4連覇したいです」と言い放つと、2015年のグランドスラム東京で優勝したあとはこうだ。

「ふつうにやれば、世界に負ける相手はいないということを証明できました」

リオ五輪の銅メダルという試練

 一方で、別の意味でも破格な面を見せてきた。

 2014年の世界選手権では練習にしばしば遅刻するなど規律違反を繰り返し、強化指定のランクが下げられる処分を受けている。

 良くも悪くも独特の存在感を示し、第一人者として歩んできた高藤だが、つまずきもあった。2016年のリオデジャネイロ五輪だ。

「絶対に金メダル」と公言して臨んだ大会だったが、準々決勝で一本負けを喫する。その後、気持ちを切らすことなく敗者復活戦を勝ち上がって銅メダルを手にしたが、試合後、涙を浮かべた。敗れた試合について問われると、こう答えた。

「バランスがかみあわなかったです」

 攻めに出る姿勢が出過ぎてしまった分、慎重さを欠いた。それがオリンピックという舞台の怖さだったのかもしれない。

「僕が一番強いと証明したい」

 夢は潰えたが、すぐに前を向いた。

「まだまだ強くならないといけないし、4年後、必ず戻ってきて金にしたいです」

 その言葉が偽りではなかったことをすぐに証明する。

 リオの後、ウェイトトレーニングに本格的に取り組み、他の競技の選手と合同トレーニングを行なうなど精力的に強化に努めた高藤は、'17年ハンガリー・ブダペストでの世界選手権で優勝を果たしたのである。

「僕が一番強いと証明したい」

 そんな思いとともに挑んだ大会での結果にも、大きな喜びを見せることはなかった。その姿もまた、成長を示していた。

いつも通り戦って連覇する

 その後も精進を怠らない。大きな選手と戦うことで地力をつけようと、階級を1つ上げて66kg級で国際大会に出場。ヨーロッパで海外の選手に混ざって合宿にも参加した。

 そして9月、再び世界選手権を迎える。

 8月7日に行なわれた壮行会では、こう語っている。

「いつも通りの自分を出して2連覇してきます」

 リオでの悔しさを2020年に晴らすためには、世界選手権を勝ち続けることが大事だ。もちろん、その中間地点である今年の大会の重要性も理解している。

 一度味わった屈辱をバネに、再び。自信を取り戻した破格の柔道家は、連覇を成し遂げて、自信をさらに強固なものとできるか。

 2年後までの歩みも含め、大切な夏となる。

東京五輪60kg級決勝で勝利し、号泣した高藤 (C)Getty Images

文=松原孝臣

photograph by AFLO