スケートボード・ストリート男子で見事に金メダルを獲得した堀米雄斗選手(22)の小・中学校時代を振り返った記事を特別に再公開します。(初公開:Number Web 2019年10月13日)

 日本で芽吹いた才能がアメリカの空気を吸って花開く。テニスの錦織圭やバスケットボールの八村塁と同じことが、スケートボードの世界でも起こっている。

「アメリカでプロになるのがずっと夢だった」

 堀米雄斗(XFLAG)は高校を卒業してから海を渡った。西海岸に拠点を移して本場で滑りを磨き、昨年5月には「ストリートリーグ(SLS)」のロンドン大会で日本人初優勝。日本人が足を踏み入れることすら難しかった最高峰のコンテストでこれまで4勝を挙げている。

 9月にサンパウロで行われた世界選手権でも高難度のトリックを次々に繰り出して2位となった。近年のコンテストシーンを牛耳ってきたスーパースター、ナイジャ・ヒューストン(米国)に逆転を許しての惜敗だったが、海外でも確たる地位を築いて堂々の東京五輪金メダル候補である。

「五輪競技に決まるまでは当然意識もしてなかった。でも地元の東京で五輪があって、そこに出られるチャンスがあるなら、出たい気持ちは強くなる。友達や家族に最高のパフォーマンスを見てもらいたい」

ひたすら板の上で鍛えられた腹筋。

 IOCが東京五輪の追加種目にスケートボードを選んだのは、若年層への訴求力の高さが要因とも言われている。果たしてスポーツなのかと訝しむ人がいるなら、Tシャツの裾からのぞく堀米の腹を見てみればいい。

 トレーニングではなく、ひたすら板に乗ることで鍛えられたという腹筋は、紛れもなくアスリートのそれだ。常に怪我の危険や恐怖心とも隣り合わせ。彼らは「自分との戦い」を乗り越えた上で、常人では不可能なトリックを易々と決めている。

「出会った時は本当にスケート小僧という雰囲気でした。他の遊びは何も知らないって感じでね」

 スケートボードブランド「TUFLEG」を主宰する立本和樹は、堀米が小学生だった時に初めて会い、そんな印象を抱いた。それから数年間は一緒に滑り、各地でのデモイベントにも連れていったときもあった。バーチカル(U字型や半円状のハーフパイプを使った種目)が主だった堀米を、最初にストリート(街中にある階段や手すり、縁石などを模したコースを使う種目)のコンテストに誘ったのも立本である。

「その大会の時に、予選前の公開練習で雄斗が結構ひどい捻挫をしたんですよ。滑りの調子は悪いし、超痛そうだったからやめた方がいいよと言ったけど、『いや、出る!』と言い張って。結果は散々で泣きじゃくってましたけどね」

競技者と同時に表現者でないと評価されない。

 その頃、堀米に「お前の夢ってなに?」と尋ねたことがあったという。

「向こうでプロになって、プライベートなパークと家を建てたい」

 立本には単なる子供の空想とは言えない“夢の強さ”が心に残った。

「たぶん小5か小6だったはずだけど、初めてだったんですよね。夢が固まっている小学生って。たぶん今だって、そんな子はいない」

 20歳となった堀米はその宣言通りに夢を叶えつつある。ブレない大志がここまでの成功を後押ししてきたのだ。

 スケートボードに一般的なスポーツと異なる面があるとするなら、コンテストの結果だけでなく街中で撮影した独自の映像作品を評価されてこそ超一流ということである。スケーターは競技者であると同時に表現者でもなければいけない。

 堀米の中にも当然、そうした価値観は共有されている。

「コンテストも映像も同じように大事です。自分のスタイルの中でどれだけカッコよく見せて、オリジナリティーのある滑りを見せられるかってことですね」

過程ではなく、作品こそがすべて。

 ポール・ロドリゲスやシェーン・オニールら海外のトップスケーターの映像を見て学び、立本ら先輩たちから実際の撮影技術や考え方も学んだ。ライダー目線でなく、時には撮影者の目線を持って滑ってみる。スケートボードに不可欠な唯一無二の個性をいかに構築するか、魅せるかを考える。そうした試みが新しい発見につながっていった。

 立本が振り返って言う。

「一緒に撮影していると、雄斗が『この角度で撮ってほしい』とか言うようになってきたんです。そこからですね、技術がバチンと伸びだしたのは。映像を撮ることにハマって、中3ぐらいで堀米雄斗というライダーは覚醒していったと思います」

 今季序盤、堀米はかかとの怪我に苦しみ、十分な滑り込みができず苦戦した。だが、インタビューでそのことを尋ねると「そういうことはあまり言いたくないので、無しで」と口をつぐんだ。

 過程ではなく、できあがった“作品”こそがすべて。意地を張る姿からは、負けず嫌いな競技者の一面と同時に、表現者としての堀米の美学までが垣間見えた。

堀米雄斗Yuto Horigome

1999年1月7日、東京都生まれ。6歳からスケートボードを始め、高校卒業後に渡米。2017年からSLS参戦。'18年に初優勝。ノーズ側の足で踏み切るノーリー系のトリックを武器に、今年もSLSやXゲームで優勝しており、五輪出場権レースでは10月時点で2位につけている。170cm、55kg。

文=雨宮圭吾

photograph by MURAKEN