東京オリンピックの野球がはじまった。いわずもがなのことだが、MLBはこの種目に選手を派遣していない。レギュラーシーズンの真っただなか、というのが最大の理由だが、要するにこれは、オリンピックを優先しないだけの話だろう。

 それでもドミニカ共和国の代表には、ホゼ・バティスタ(MLBで本塁打王2回)やメルキー・カブレラ(オールスター1回)がいる。メキシコ代表には、エイドリアン・ゴンザレス(打点王1回)やオリバー・ペレス(通算1545奪三振)がいる。現在はMLBの球団に所属していない選手ばかりだが、かつてはビッグネームだった。

 アメリカ代表にも、昔の名前で出ている選手が何人か眼につく。デイヴィッド・ロバートソン(通算137セーヴ)、スコット・カズミアー(オールスター3回)、トッド・フレイジャー(オールスター2回)と並べてきて、エドウィン・ジャクソンの名前にぶつかり、思わず軽い驚きを覚える。

 ジャクソンは、2003年から19年までの17年間に14球団を渡り歩いた投手だ。MLBにジャーニーマンは少なくないが、14球団という数は史上最多だ。

 それまでは、オクタビオ・ドテル投手の13球団(1999〜2013)が最多だったが、ジャクソンはこの記録を更新した。

ランディ・ジョンソンに投げ勝った初登板

 最初の所属球団はドジャースだった。03年9月9日、ジャクソンは20歳の誕生日に記念すべき初登板(初先発)を果たしている。対戦相手ダイヤモンドバックスの先発は、40歳の誕生日を翌日に控えた怪物ランディ・ジョンソン。

 ジャクソンは、あのビッグ・ユニットに投げ勝った。6回を投げて被安打4、失点1。前途を嘱望されたが、続く2年間の防御率が7点台と6点台だった。伸び悩んだジャクソンは、デヴィルレイズ(当時)にトレードされた。そこにも3年在籍したが、以後は転石の野球人生を送ることになる。

 タンパベイを出たあとは、デトロイト、アリゾナ、シカゴ(ホワイトソックス)、セントルイス、ワシントンDC、シカゴ(カブス)、アトランタ、マイアミ、サンディエゴ、ボルティモア、ワシントンDC、オークランド、トロント、デトロイトと移籍がつづく。

 17年間の通算成績は、107勝133敗、防御率4.78という微妙な数字だ。ただ、メジャーリーグで通算100勝を積み上げたのは凡器のなせる業ではない。レイズやカブスでは、現在エンジェルスの監督を務めているジョー・マドンに重用された。タイガース時代の09年にはオールスターに出場し、ダイヤモンドバックス時代の10年6月25日には、古巣レイズを相手にノーヒッターも達成している。

 このときはなんと149球を投げ、8四球を与えた末の快挙だった。ノーヒッター達成者のなかでは、史上最多の投球数だ。そもそも21世紀に入ってからは、ひとりの投手が1試合に150球前後も投げること自体が珍しい。ランディ・ジョンソンの149球(02年)やリバン・エルナンデスの150球(05年)が知られている程度だ。

 そんな経歴を見ても、ジャクソンはなかなか興味深い存在だ。MLBでは通算412試合に登板したうち318試合が先発だった。剛速球で打者をなぎ倒すタイプではなかったが、使い減りのしないワークホースで、37歳を超えたいまも90マイル台中盤の球を投げる。

 いってみれば、チームに必要不可欠という存在ではないが、いてくれるとありがたいタイプか。先発でも中継ぎでも抑えでもそこそこの成果を残し、ゲームを簡単には壊さない。性格に問題があるという噂は立ったことがないから、そちらの面でも心配はない。

黙々と走り抜いた野球人生

 軍に勤務する父親が世界各地を転々としたこともあって、ジャクソン自身はドイツのノイウルムで生まれている。当人のインタヴュー記事を読むと、幼いころから引っ越しや転校は頻繁で、新たな環境に適応する能力は自然に育まれていったらしい。

 たしかにこの背景は、ジャクソンの転石人生を説明するひとつの根拠になるかもしれない。だが、それだけだろうか。放浪の宿命などという抒情的常套句で、17年間のサバイバルを解釈することが可能だろうか。

 メジャーリーグは、不要とされたらそれまでの世界だ。どんな天才も、どんな大選手も、みずから引退を表明しないかぎりは、いつか解雇を言い渡され、球界を去っていくほかない。

 ジャクソンは、そんな世界で17年も生き延びた。20歳でドジャースの先発投手としてデビューしたのは明らかに早熟な才能だが、その才能は大きく花開くことがなかった。だがジャクソンは、道筋を変えつつ長い距離を黙々と走り抜き、現役生活の最晩年に、オリンピックのマウンドに立とうとしている。言挙げも釈明もしないだけに、その姿にはなんとなく好感が持てる。

 そんな彼を、MLBは呼び戻しにくるのか。それともこれが、長きにわたった流転の旅の果てになるのか。どちらに転んでも、ジャクソンはにっこり笑ってその結末を迎え入れるような気がする。

文=芝山幹郎

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