仙台に拠点を置く女子プロレス界の名門、センダイガールズプロレスリング(通称・仙女)が転機を迎えている。創設者であり代表の里村明衣子が、WWE傘下のNXT UKと契約しイギリスに移住したのだ。

「“日本の女子プロレスはレベルが高い”は10年前の話」

 2018年にはアメリカでの「メイ・ヤング・クラシック」トーナメントに出場した里村。WWEからの評価の高さは、選手としてだけでなくコーチ契約を結んだことからも分かる。日本の女子プロレスは、海外のプロレスファンにも「JOSHI」で通っており、里村はその頂点に君臨する選手としてリスペクトされていると言っていい。

 ただ里村自身は「日本の女子プロレスを広める」、「イギリスに乗り込む」といった感覚ではないようだ。仙女を通じてコンタクトを取ると、NXT UKとの契約についてこう語った。

「今後、自分がプロレスでビジネスを続けるなら世界規模でのビジネスを見てみたいと思いました。NXT UKのファイトスタイル、ファイターに魅力を感じたということもありますし、学ぶべきことはたくさんあると思っています」

 もちろん、国単位ではなく団体によっても“女子プロレス事情”は大きく違う。一概には言えないと前置きして、里村はこんな実感を語ってくれた。

「日本の女子プロレスラーは興行数がとても多いため、プロレスだけで生活できている選手が多い。ただ、それに甘えているせいか成長度やレベルは低いと感じます。海外の選手は大手と契約していない限り、試合数は少ない。そういう選手は他に仕事をしながらプロレスをやっています。そのぶん現実的ですね。WWEで活躍している選手も、ほとんどは小さな団体から地道にやってきている。苦労を経験してるんです。よく“日本の女子プロレスはレベルが高い”と言われますが、それは10年前の話。世界を回って女子プロレスの成長を図っていくのが私の役目だと思っています」

里村明衣子ⒸEssei Hara

イギリス挑戦の裏で、「私、もうここにいなくていいな」

 6月にはNXT UKの女子タイトルを獲得した里村。そこには、これまでとは違う感慨があったそうだ。

「昨年はコロナ禍で経営に悩まされていた自分が、今はイギリスでチャンピオンになっている。1年前の惨めな姿を思い返したら、1人で勝手に感慨深くなりました。この歳で“何がなんでもチャンスを掴んでやる”という気持ち、また無我夢中に生きられることに本当に感謝しています」

 日本を離れる決断をしたのは、仙女の選手、スタッフへの信頼があるからだ。「いつか里村明衣子が主力ではなくなる日」を自分自身が想定し、2年間かけて引き継ぎをしてきたという。その結果「昨年、事務所に行った際に“私、もうここにいなくていいな”と思う瞬間がありました」というほどになった。「今年からは選手、スタッフに現場を任せられるようになりました」。

“里村のいない仙女”初のビッグマッチ

 7月11日、仙女は後楽園ホール大会を開催。“里村のいない仙女”として初のビッグマッチだ。

 セミファイナルは岩田美香&愛海vs響&アンドラス宮城。かつてカサンドラ宮城の名で仙女に所属していた宮城が、フリーになって乗り込んできた。反則を連発する宮城と響に対し、正攻法の仙女組。典型的なベビーフェイスとヒールの闘いで、そのベースには仙女を去った宮城のドラマもある。

ⒸNorihiro Hashimoto

 メインイベントはシングル王座センダイガールズワールドチャンピオンシップの選手権試合。王者・橋本千紘がマーベラスの桃野美桜を下して久々の防衛戦を制した。

 2014年デビューの宮城、2015年デビューの岩田と橋本の世代は(橋本は中学時代にも入門テストを受けていたものの)、里村がスカウト活動を展開し「入門してもらって」、一から育てたという。仙女に限らず“女子プロレスラーになってもらう”ためのアピール、スカウティングはブームが去った業界にとって大きなテーマだった。

「実際、大変すぎました。将来有望というわけでもない一般の学生を、お金と労力をかけてスカウトする。なんでこちらから入門をお願いしてるんだろう、という疑問がずっとありました。やはり、スターレスラーに憧れて、レスラーになりたくて入門テストを受けるのが本来の形ですから」

ⒸNorihiro Hashimoto

「昔は恋愛がタブーの世界でしたが、今はオープンでいい」

 3年前から、スカウトは一切やめた。それでも入門志願者は増えた。橋本、岩田に憧れてレスラーを目指す若者が出てきたのだ。

 選手育成を「とても大きな要素」だという里村。自分の経験をそのまま今の選手に当てはめようとはしない。

「自分が新人の時は自由がなかった。ですが仙女では休みを多めに、しっかり取っています。付き人制度も16年前に廃止しました。(女子プロレス界の慣習だった)三禁(酒・タバコ・男厳禁)も入門から3年までとしています。20歳以上はそれも応相談ですね。

 休みの日に彼氏や家族と過ごす時間、プライベートでの感受性はプロレスラーとしての人間性の成長に大きく響きます。昔は恋愛がタブーの世界でしたが、今はオープンでいい。変わってきていますね」

 仙女の選手に“里村イズム”を感じる部分はどこかと聞くと「里村イズムというものがあったとして、それを継承してほしいと思ったことはないです」という答えが返ってきた。

「それぞれがいいと思ったものを取り入れて、悪いものは取り入れないでほしい。それだけです(笑)」

ⒸNorihiro Hashimoto

橋本が“危険な角度”のオブライトに込めた思い

 長与千種の弟子として育ち、数々のタイトルを手にし、地方発の女子団体を定着させた。NXT UKだけでなく、かつては男子選手と闘ってDDTのシングル王座を獲得してもいる。宮城出身のMAO(DDT)曰く、里村は「東北では馬場、猪木、サスケの次に有名なプロレスラー」。

 圧倒的なカリスマ性を持ち、多くの女性にとってのロールモデルになりうる里村は、しかし弟子たちにさえ「自分のようになれ」とは言わない。考えるのは選手自身なのだ。

 7.11後楽園、橋本と桃野のタイトルマッチは大激闘になった。桃野がスピーディーな飛び技と鮮やかな切り返し、関節技で橋本を攻め込む。橋本はパワーで何度も形勢逆転。パワースラムからのジャーマンスープレックスホールドでベルトを死守した。ジャーマンには「オブライト」、パワースラムには「バズ・ソイヤー」と、その技の達人の名を冠している。

「桃野! これからずっと私のライバルとしてやっていけ!」

 試合後の言葉は、対戦相手への橋本らしいエールだった。オブライトの角度がかなり厳しいものだったのも、相手が桃野だったからだ。

「ここまでやらないと桃野には勝てないって分かってるので。でも、理解してあの角度で出してます」

ⒸNorihiro Hashimoto

 プロレスを見ていて、頭から落とすような危険な角度の投げ技にヒヤッとさせられることはある。激しければ激しいほど素晴らしい試合だとは言わない。ただ橋本と桃野のように、ある種の信頼関係があるからこそ出せる技もあるのだ。

橋本「センダイガールズをトップの団体にしたい」

 橋本にとっては会心の勝利、手応えのあるメインイベントでありタイトル防衛だったはずだ。にもかかわらず、彼女はマイクを握ると涙をこぼした。

「この状況が悔しい。プロレスのことだけを考えられる環境にいるのに、それに伴った集客が自分がメインではできていない。里村さんがいなくて(DASH・)チサコさんが欠場中で、自分が引っ張らなきゃいけないのに......」

 確かに、この日は満員になっていなかった。それは仙女に限った話ではない。今、後楽園ホールでチケットを完売できるプロレス団体はごくわずか。やはりコロナ禍で消費や外出に関するマインドが落ち込んでいるのだろう。だが普段は東京にいない橋本にしてみると、ソーシャルディスタンスを確保した“間引き”客席が満員にならない光景は「半分も埋まっていない」異様なものに映るのだ。

ⒸNorihiro Hashimoto

 インタビュースペースでも、橋本は悔しさと決意を語った。

「どれだけいい試合をしても、見ている人が少なければ注目度は低いので。団体15周年で自分がチャンピオンなのは誇らしいんですけど、それだけではただの自己満足。強いだけでは女子プロレス界のトップにはなれない。私はセンダイガールズをトップの団体にしたい。

 里村さんがいない、チサコさんがいない、コロナ禍だから。それは言い訳にしたくないです。自分が引っ張らなきゃいけないんですけど、今は試合をするだけになってしまっている」

 情報発信も含め“里村明衣子の仙女”から“橋本千紘の仙女”に変えなくてはいけない。大会前、里村がかけた言葉がその思いに拍車をかけた。

ⒸNorihiro Hashimoto

「橋本が強いことはみんな分かってる。体調万全なことも知ってる。そこで勝って雄叫びをあげて興行を締めるのは想定内。そこに共感するのは橋本のファンだけ。橋本の本音はどうなの? 会場全員の心をもっと揺さぶってほしい」

 ああしろ、こうしろとは言わない。橋本に考えさせるための言葉だった。橋本はそれをストレートに受け止め、考えて、そして悔しさに涙した。レスリングの強豪がプロ入りし、里村からベルトを奪ったのを皮切りに5度の戴冠。女子プロレス新世代のトップランナーの1人と目され、そしてここにきて“強さ”だけでは勝てないものがあると知った。そのことで、彼女のレスラーとしてのスケールはさらに大きくなるだろう。

女子プロレス界を牽引する里村の「ゴール」とは

 仙女が動き続ける中、里村はイギリスで活躍し、選手を育てていく。

「ファイターとしてできるところまでやり尽くし、その後はコーチとしてスーパースターをたくさん輩出したい。自分が理想とする女子プロレスの大ブームを体感して“これがゴールだ”と思ってみたい」

 長与千種は里村明衣子を生み出し、里村明衣子が生み出した橋本千紘が長与の弟子である桃野と名勝負を繰り広げた。そんな歴史の縦軸がある一方で、里村は“女子プロレス界”を世界規模で捉えている。

 この流れがどう結実するか。橋本は「コロナが明けた時にお客さんが増えてなきゃいけない」と語った。里村の言う「女子プロレスの大ブーム」のためには、確かにそれが不可欠だ。

ⒸNorihiro Hashimoto

文=橋本宗洋

photograph by Essei Hara