メキシコとのグループステージ第2戦、試合終盤に声が掛かったものの、ピッチサイドに立っているときにタイムアップの笛が鳴った。

 ようやくチャンスが巡ってきたのは、フランスとの第3戦の55分だった。当初の18人の登録メンバーのうち(のちに22人に変更)、フィールドプレーヤーで最も遅い初出場となった。

 だが、そんな男が7月31日に行われるニュージーランドとの準々決勝に向けて、にわかに注目を集めている。

 オーバーエイジのひとりで、不動の右サイドバックである酒井宏樹が、出場停止のために欠場するからだ。

酒井からは「常に準備をしておけよ」と

「心構えはできています。酒井選手も僕を信用してくれているというか。『常に準備をしておけよ』と言われているので、僕自身、問題ないと思います」

 ニュージーランド戦を2日後に控えた7月29日のメディア対応で、橋岡大樹は落ち着いた表情できっぱりと言った。

 もともとの本職はセンターバックだが、アカデミーからトップチームに昇格した浦和レッズでプロ2年目の2018年、3バックの右ウイングバックとして定位置を掴んだ。

アカデミー時代には久保建英とも戦った©Yohei Osada/AFLO

 1999年生まれだから、1997年生まれ以降の選手で構成される東京五輪代表チームで年下の世代。このチームに招集された回数は決して多くなく、当落線上のメンバーだったと言っていい。

 このままでは序列をひっくり返せない――。そんな思いもあったのかもしれない。橋岡が一大決心を固めるのは、今年1月のことだ。

 延期された東京五輪の開幕を半年後に控え、慣れ親しんだ浦和からベルギー1部のシント・トロイデンへの移籍を決めるのだ。

 ヨーロッパはシーズンの真っ只中。ポジションの保証があるわけでもなく、試合に出られなければ、東京五輪出場がさらに遠のくにもかかわらず。

「五輪が終わってからでいいんじゃ」と言われたが

「みんなから『オリンピックが終わってからでいいんじゃないか』と言われました。でも、難しい環境に身を置いて、より成長した姿でオリンピックに臨みたいと思ったので、行く決断をしました」

 自分との勝負に、橋岡は勝った。

 ベルギーの地で右ウイングバックのポジションを掴み取り、約3カ月のプレーで6試合に出場して3アシストと、目に見える結果を残す。そして6月の親善試合を経て、東京五輪メンバーの座を見事に射止めてみせるのだ。

シント・トロイデンで定位置を確保した橋岡©STVV

「ベルギーには、最初から試合に出てやる、という気持ちで行きました。その結果、試合に出られて成長した部分がたくさんある。一番成長したのはメンタルですね。以前はミスをしたあとに引きずることがあったんですけど、今は、次にいいプレーをすればいいや、と切り替えられるようになりました」

セルヒオ・ラモスとプジョルに憧れる理由

 プレーヤーとしての魅力はセンターバックと右サイドバックないし右ウイングバックをこなすユーティリティ性と対人プレーの強さ。自身よりも大柄な選手、スピードのある選手に対して臆せず食らいつき、深いタックルで突破を阻む。

 憧れの選手の名前を聞けば、より橋岡のプレースタイルが理解できるはずだ。

 パリ・サンジェルマンのセルヒオ・ラモスと、元バルセロナのカルレス・プジョル――。

 35歳にして今なお世界最高のセンターバックのひとりである前者はまだしも、後者は2014年にスパイクを脱いだレジェンドである。22歳の橋岡が、全盛期のプレーをじっくり見たわけではないだろう。

 だが、橋岡には彼らに憧れる確固たる理由がある。

「プジョルはうまいタイプではないですけど、ハートのある選手。セルヒオ・ラモスは技術も高いですけど、それプラス、闘う気持ちを前面に出してプレーするところがカッコいい。ふたりの闘っている姿に僕は心惹かれるというか、男らしいなって。僕もそういう闘争心あふれるプレーヤーを目指したいと思っています」

 思い出すのは、2019年に浦和の先輩である槙野智章から聞いた言葉だ。

槙野が口にした興味深い橋岡評とは

 プロ3年目の後輩に対して槙野は「ボール扱いはそんなにうまくないんだけれど(苦笑)、ハートがある。久しぶりにエナジーとパッションを持った後輩が現れたなと。こうなりたいというビジョンや芯を持っている」と称賛したのだ。

浦和時代の橋岡と槙野©Getty Images

 以前はセンターバックというポジションにこだわっていたが、今ではすっかりサイドバックに魅了されているようだ。

「センターバックよりも攻撃に参加できるのがいいですよね。攻撃の部分はあまり得意ではないので、トライすることでいろいろなものが見えてきた。相手と1対1の勝負が多いし、駆け引きの部分も楽しんでいます。自分から取りに行くのか、相手に仕掛けさせて取るのか。サイドバックをやっていると、できないことができるようになっていく楽しみがある。それが大きな魅力ですね」

阿部からアドバイスされた「直線的」というコツ

 かつて浦和のエース・興梠慎三から「いいボールが入ってこない」と酷評されたクロスも、著しい成長を遂げている。

 昨年は阿部勇樹からアドバイスを受け、ドリブルで押し出したボールに対して直線的に入り、腰をうまく回して上げるクロスにトライしていた。

「クロスを上げるとき、僕はちょっと膨らんで、回り込んで上げていたんですけど、それだと時間がかかってDFに引っかかることがある。そこで阿部さんから『もっと直線的にボールに入って、上げられるようにしたほうがいい』とアドバイスしてもらって。日本代表の試合を見ていたら、長友(佑都)さんも、阿部さんが言うようなクロスの上げ方をしていて、なるほどと」

 その成果は、旗手怜央にピンポイントで合わせたフランス戦56分のシーンを見れば分かるだろう。

 今大会の直前合宿でも、全体練習後にクロス練習に励んでいた。それこそエナジーとパッションを宿しながら。

代表でもクラブでも認められるムードメーカーぶり

 さらに、もうひとつ。プレー面以外にも、橋岡はこのチームで重要な役割を担っている。いつも明るく、元気――つまり、チームのムードメーカーなのだ。

「橋岡はベンチでずっと声を出して、チームを鼓舞している」と相馬勇紀が明かせば、栗原克志コーチは「同年代からもオーバーエイジからもイジられている」と証言する。ふたつ下の久保建英にからかわれる様子も、見慣れた光景になっている。

合宿での練習の一コマ。久保らを笑顔にさせるなど、橋岡はムードメーカー的役割も担っている©JFA/AFLO

 チームの潤滑油としての役割を、橋岡自身もポジティブに受け止めている。

「最近はそう言われることが多くなっていて、それもひとつの役割かなと。チームをまとめるというか、いい方向に持っていくうえで、雰囲気を明るくするのは大事なことだと思っている」

 シーズン半ばに移籍したベルギーですぐにチームにフィットした理由も、こうした人間性にある。シント・トロイデンの立石敬之CEOが語る。

「橋岡の魅力は人間力。選手の中に入り込んだり、スタッフに積極的に話しかけたり。海外で成功する選手に共通する特徴を備えた選手という印象があります」

©STVV

“酒井の代わり”と気負う必要はない

 いとこは走り幅跳び日本代表の橋岡優輝で、今大会のメダル候補。兄の和樹もアルビレックス新潟シンガポールのプロ選手とスポーツ一家であり、風呂場では尾崎豊の曲を熱唱するなど、エピソードには事欠かないが、やはり最大の魅力はピッチ内外での熱いハートだろう。

 ニュージーランド戦では、シント・トロイデンのチームメイトである左サイドバックのリベラト・カカーチェとマッチアップする可能性があることも、橋岡を燃え上がらせるに違いない。

"酒井の代わり"と気負う必要はない。いつもどおりの熱いプレーが発揮できれば、酒井の不在を感じさせることはないはずだ。

文=飯尾篤史

photograph by Takuya Kaneko/JMPA