本来ライバル同士であるはずの出場スケーターたちがお互いの健闘を称え合う姿に感動したという声が相次いだ女子パーク。そんなシスターフッドあふれる話題の種目でイギリスの最年少オリンピアンとして銅メダルに輝いたのが、13歳のスカイ・ブラウンだ。

多才すぎる13歳「ダンス大会で優勝」「サーフィンも」

 イギリス人の父親と日本人の母親のもとに宮崎県で誕生したスカイは、物心がついた3歳頃にスケートボードを始め、現在はアメリカ・カリフォルニアを拠点に活動している。

 弟のオーシャンとスケートボードやサーフィン三昧の毎日を送り、ふたりの日常を切り取ったYouTubeチャンネル「Sky & Ocean」の登録者数は29万人超え(8月6日現在)。2018年には米テレビ番組のダンスコンテストで優勝したこともあるという多才ぶりだ。そして時代の寵児としてメディアに引っ張りだこの彼女はローティーンであるにもかかわらず、大人と対等に話ができる高いコミュニケーション能力の持ち主でもある。

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 明るさとユーモアを忘れることなく、相手の気持ちに寄り添う共感力が中継からも伝わってきたのではないだろうか。周りを幸せな気持ちにさせる彼女の不思議な魅力に誰もが惹きつけられてしまう。

生まれは宮崎…なぜイギリス国籍を選んだ?

 二重国籍を持つスカイは、父方の国籍であるイギリス代表として今回の女子パーク出場権を得た。イギリス代表として五輪出場を目指したのは、同国のスケートボード協会から「プレッシャーを感じず、ただ楽しめばいい」と言われたから。ただし、それまでの道のりは決して平坦なものではなかった。

 2020年5月にスケートボードの神と崇められるトニー・ホークの特大プライベートランプでの練習中に、空中でバランスを崩して地面に真っ逆さまに落下。腕で頭をかばえたから命に別状はなかったものの、頭蓋骨と左手を骨折という大怪我を負うこととなった。

 そんな娘の姿に両親はスケートボードをやめるよう説得したというが、聞く耳は持たなかった。

 地面に何度たたきつけられても立ち上がって再トライする。どんなに辛い思いをしても挑戦し続けられるのは、スケートボードこそが彼女自身を表現する方法であり、愛してやまないから。彼女は当時、入院中の病院のベッドから自身のYouTubeチャンネルを通してメッセージを送っている。事故の映像とともに、右目はあざで真っ青という痛々しい姿だ。

「心配しないで。ときには転んでもいい。でも立ち上がって、さらに強くなって戻ってくる。世界でいろんなことが起きているけど、何をするにしても愛と幸せな気持ちが大切」

 今回の東京五輪は、生死をさまようほどの大怪我を乗り越えての出場だったのだ。

“鬼ダサいトリック”をあえて選んだスケーター

 これは余談だが、スカイと似た境遇で今回の女子パークに臨んだスケーターがいることはあまり知られていない。

 長年、女性スケートコミュニティを牽引してきたリジー・アーマント。彼女もスカイと同じく父方の国籍を選んでフィンランド代表として出場しているが、活動拠点はアメリカ・カリフォルニアで、スカイと同じく2020年に大怪我を負ったひとり。巨大なメガランプ(スキーのジャンプ台とハーフパイプを組み合わせたような特大セクション)で撮影中に空中から奈落の底へ転落し、太ももの付け根と背骨の一部を骨折するという重傷を負っていた。

 リジーは決勝にこそ残れなかったが、予選ではローストビーフグラブというスケートコミュニティでは“鬼ダサい”とされるトリックを披露。これは2020年に他界した彼女のメンター的存在であるプロスケーターのジェフ・グロッソが’80年代に発案したとされているトリック。つまり、リジーは五輪という世界の大舞台で、亡き恩師に敬意を払うために敢えてこのようなトリックを選んだということ。出場スケーターの笑顔の裏にはさまざまなドラマが存在するのだ。

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アメリカの著名スケーターに日本と縁深い人も

 話はそれてしまったが、今回の女子パークを観戦してわかるように、スケートボードに人種や国籍など関係ない。しかし、スカイが日本とゆかりのある選手であることに親しみを感じる人も少なくないだろう。

 アメリカのスケート史を振り返ってみると、歴史を変えた数々の著名スケーターたちが日本と縁深いことに気づく。’70年代の伝説チームZ-Boysに所属したショウゴ・クボやペギー・オキ。’80年代に一世を風靡したクリスチャン・ホソイやスティーブ・キャバレロ。現代のスーパースターであるナイジャ・ヒューストンも日本人の祖母を持つ。

 そしてスカイは自身のランのなかで、日本で生まれたジャパンエアーというトリックで東京の空へ高く舞い上がった。これは個人的な希望的観測ではあるが、リジーが恩師への感謝としてローストビーフグラブを披露したのと同じように、スカイもまた母方の母国・日本へのリスペクトとしてこのトリックを選んだのではないか。その真偽のほどはわからないが、女子パークの競技の裏側にはそんなドラマが存在したと思いたい。

金メダルの四十住さくらと終始仲睦まじい姿を見せた ©Getty Images

スカイのヘルメットに書かれていたスローガン

 スカイは壮絶な逆境を乗り越え、最後のランで力を出し切って見事銅メダルに輝いた。さらに3年後のパリ五輪ではサーフィンでの出場を視野に入れているという。楽しいと思うことなら何でも全力でトライ。その姿勢こそ、スカイのキラキラした笑顔の理由なのかもしれない。そしてそんなポジティブな気持ちは彼女のヘルメットの後頭部に記されたスローガンに表れている。

「Be brave, have fun & do it ’cause you love it!!」
(勇気を持って、楽しんで、大好きだからやるんだ!!)

【編集部註:記事内で不適切と思われる表現があったため、一部を修正いたしました。2021年8月8日12:30】

文=梶谷雅文

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