87−71――思わぬ点差での勝利だった。

 東京オリンピック2020女子バスケットボール準決勝。女子日本代表は女子フランス代表に16点差で勝利し、1976年に女子バスケットがオリンピックの正式種目に採用されて以来、初めて決勝進出を決めた。アジア勢としては1992年のバルセロナオリンピックで女子中国代表が踏んで以来の、7大会ぶり3度目の決勝進出である。

©JIJI PRESS

 これまでオリンピックでは5位が最高成績。準々決勝の壁を破れずにいた女子バスケット日本代表がなぜここまで躍進できたのか。

 その答えを探れば、さまざまなところで報じられているが――日本の3ポイントシュートが高確率で決まっていることや、平均身長で劣る日本が“全員バスケット”と表現される組織力で強豪国を凌駕していることが挙げられる。特に193センチの渡嘉敷来夢が右膝前十字靱帯断裂の大怪我に見舞われ、唯一の高さを失いながらもそれまで以上に組織力に磨きをかけていくことになった。

 しかしそれらは今に始まったことではない。むしろこれまでの積み重ねの上に今回の躍進を下支えしているといっていい。

久保建英の涙のような悔しさを何度も味わった

「積み重ね」と言えば、ありきたりの答えになるかもしれない。奇しくも彼女たちが決勝進出を決めた同じ日、男子サッカー日本代表が3位決定戦でメキシコ代表に敗れ、久保建英が「今までサッカーをやってきて、こんなに悔しいことはない……この気持ちを忘れないようにできれば」と語ったが、女子バスケット日本代表は久保の言葉をそのまま体現するような経験を重ねてきたのである。

 1996年のアトランタオリンピックでは7位に入賞したが、2000年のシドニーオリンピックは、静岡県で開催されたアジア選手権(現アジアカップ)で韓国に敗れ、その道を閉ざされた。

 2004年のアテネオリンピックは、のちに「仙台の奇跡」と呼ばれる、韓国との準決勝をダブルオーバータイム(2度の延長戦)の末に勝利して出場権を獲得。しかし本大会では予選ラウンドの最終戦で女子ギリシャ代表に2点差で敗れ、決勝トーナメント進出とはならなかった。その大会を牽引していたベテランが抜け、翌年のアジア選手権では4位。世界選手権(現ワールドカップ)の出場権さえ逃している。

北京、ロンドン五輪予選での苦難と失意

 苦難の道は続く。

 2008年の北京オリンピック、2012年のロンドンオリンピックは、アジア選手権でのオリンピック出場権を獲得できず、進んだオリンピック世界最終予選(OQT)ではいずれも敗戦。特にロンドンオリンピックのOQTでは最後の1枠をかけた女子カナダ代表とのゲームに63−71で敗れ、その道を絶たれている。そのカナダ戦で唯一40分フル出場し、チームトップタイの14得点、8リバウンドをあげたのが現キャプテンの高田真希だった。彼女のオリンピックとの戦いはそこから始まっているわけである。

2012年の高田©Getty Images

 失意に暮れながらも、ここから日本は新たな一歩を踏み出す。のちにWNBAでもプレーすることになる渡嘉敷が日本代表に本格参戦。2013年のアジア選手権で43年ぶりにアジアの頂点に立つと、以降同大会で4連覇を達成している。むろん2016年のリオデジャネイロオリンピックにもアジア1位として出場している。

リオ五輪ではアメリカ相手に大敗

 しかしリオデジャネイロオリンピックでは予選ラウンドを4位ギリギリで通過し、決勝トーナメント初戦の準々決勝で女子アメリカ代表に64−110で大敗してしまう。

リオ五輪、日本vsアメリカでの吉田亜沙美のシュート©Getty Images

 それは予選ラウンドの最終戦、女子フランス代表との試合を79−71で勝利したことに起因している。実はその試合で日本が13点以上で勝利すれば、日本は予選ラウンドを3位で通過し、優勝大本命と言われたアメリカと準々決勝で対戦することはなかったのだ。勝ちはしたものの、フランスの絶妙なゲームコントロールによってわずか5点及ばず、アメリカとの対戦を余儀なくされたのである。

 そうしたさまざまな因縁と悔しさの積み重ねが 女子日本代表の決勝進出には隠されているのだ。

 そのリオデジャネイロオリンピック後に、女子日本代表のヘッドコーチに就任したのがトム・ホーバスである。

一笑に付された「東京五輪で金メダルを取る」

 彼は日本リーグで活躍し、その後、わずか2試合ではあるが、NBAでもプレーしている。現役引退後はアメリカの一般企業に就職するものの、2010年、JX(現ENEOS)サンフラワーズからオファーがあり、日本女子バスケット界のコーチへと転身。彼の指示が日本語であるのは、日本リーグでプレーしていたことと、彼の妻が日本人であることに由来している。

ホーバス・ヘッドコーチ©Naoya Sanuki/JMPA

 ホーバスはヘッドコーチ就任と同時に「東京オリンピックでは金メダルを獲る。決勝戦は(彼の母国でもある)アメリカと対戦し、日本が勝つ」と豪語していた。むろん記者会見でそれを聞いた多くの記者は一笑に付したが、彼は本気だった。

「渡嘉敷や大崎(佑圭。現役引退後、東京オリンピックのために復帰。しかし大会が延期となり、改めて引退したセンタープレーヤー)に『このメンバーならメダルを獲れるよ』と言っていたんだ。チャンスはあるよ」

 2011年に女子日本代表のアシスタントコーチを務め、そこで日本がこれまで積み上げてきた戦い方を知り、その上に彼のエッセンスを加える。そうすれば必ずメダルが獲れると信じていたのである。

林、宮澤、町田らは実力を地道に磨いてきた

 大言壮語ではない。象徴の1つは、FIBA(国際バスケットボール連盟)が発表する世界ランキングで現在2位のオーストラリアとの対戦成績だ。2018年のワールドカップでもアメリカに次ぐ2位となった強国だが、アジア地区に組み込まれた2017年以降、日本は重要なゲームでオーストラリアに負けていない。敗れたのは2017年のアジアカップ・予選ラウンドだけである。

 一方で、2018年にスペインで行われたワールドカップでは、予選ラウンドを3位で通過しながら、準々決勝に進む「セミクウォーターファイナル」で中国に敗れ、9位に終わるなど、辛酸もなめてきた。

 それでもホーバスの「東京オリンピックで金メダルを獲得する」という信念が変わることはなかった。むしろそのための選手を育て続けてきた。それが東京オリンピック2020で活躍を続けているシューターの林咲希であり、宮澤夕貴である。世界レベルで通用するポテンシャルを秘めながら、どこか自分自身を信じきれない赤穂ひまわりの才能を信じ、引き上げたのもホーバスである。

©Naoya Sanuki/JMPA

 今大会でアシストのオリンピック記録を塗り替えている町田瑠唯もまた、ホーバスの下で地道に研鑽を積み重ねてきた。

「連続的な流れの中にあるバスケットを」

 リオデジャネイロオリンピックのときは吉田亜沙美(日本を牽引し続けてきたポイントガード)のバックアップとしてプレー。2018年、その吉田がワールドカップ出場を辞退すると、司令塔の座は彼女のものになるはずだったが、本橋菜子の台頭でまたもバックアップへ。それでも彼女は自身のプレースタイルを貫き、磨き、またホーバスのバスケットを理解し続けることで、今大会の正ポイントガードの座を射止めた。

フランス戦、町田のプレー©Naoya Sanuki/JMPA

 かつてホーバスは自らのバスケット哲学をこう語っていた。

「いいディフェンスをして、トランジション(攻守の切り替えを素早くおこなうこと)を出して、そこからスムーズで、速くて、頭を使ったスマートなオフェンスに入ること。ディフェンスからリバウンド、トランジション、オフェンス。すべてにコネクション(連続性)があって、しかもそのコネクションがシームレス(継ぎ目のない状態)でなければならない。つまりすべてのプレーが間断なく、1つの連続的な流れの中にあるバスケットをしたい」

「世界で一番いいパッシングチーム」に

 シームレスなコネクションのあるバスケットをするためには、町田が見せているようなパスは不可欠である。華麗なアシストバスだけではない、攻撃にコネクションが生まれる強いパス。まさに今の女子日本代表を象徴するプレーである。

「僕の目標は『世界で一番いいパッシングチーム』になることなんだ」

 就任から5年。紆余曲折がなかったわけではない。新型コロナウィルスの世界的な感染拡大がなければ、吉田や大崎もメンバーに入っていたかもしれない。渡嘉敷もいたはずだ。たぶんホーバスが思い描いていた東京オリンピック2020のチームに彼女たちの名前は入っていただろう。しかしそれは叶わなかった。叶わなかったけれども、彼は自らのバスケット哲学を変えずに、今いるメンバーで史上最強のチームを作り上げた。

 林や宮澤の3ポイントシュートがチームを勝利に導いていると言われる。町田がアシストのオリンピックレコードを塗り替え、注目されている。それらはいずれも正しい見方である。しかしホーバスが考える日本のバスケットは、選手それぞれが考えを持って動いたときに適切につながるパスにある。そのパスが町田や赤穂のドライブを有効にしている。

©Naoya Sanuki/JMPA

「メダル獲得は簡単じゃないよ」

 4年前、そう言っていた指揮官はすでにそれを手に入れた。あとは一番よい色のメダルを獲るだけである。

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文=三上太

photograph by Naoya Sanuki/JMPA