2016年10月1日、中学2年生、わずか14歳2カ月で棋士デビュー。異例の快進撃を続け、今月には叡王を獲得し、史上最年少(19歳1カ月)でタイトル三冠を達成した藤井聡太氏。
 
 ここでは藤井聡太三冠、初の対談本『考えて、考えて、考える』(講談社)の一部を抜粋し、同氏ならではの将棋観を紹介していく。対談相手を務めたのは伊藤忠商事で社長、会長を務めた名経営者・丹羽宇一郎氏。藤井三冠も丹羽氏も“愛知県出身”というところから話が広がっていく(全2回の2回目/前編へ)。

藤井聡太三冠 丹羽さんは名古屋市のご出身、僕は隣の瀬戸市出身で、地元が近いですね。

9月13日の叡王戦第5局で豊島将之竜王(左)に勝利。3勝2敗で叡王を獲得し、史上最年少三冠に ©日本将棋連盟

丹羽宇一郎氏 名古屋は、こんなに住みやすいところはないんだけど、それがかえっていちばんのウィークポイントになっていると思います。ずっと住み続けている人たちのなかには、どうして東京、大阪へ出て行かなきゃいけないのか、海外へ行かなきゃいけないのかと、そう考える人が多いわけですよ。僕が若いときに東京へ行くと言ったら、親をはじめ、周囲が「どうしてあなた東京に行くの、名古屋にどういう不満があるの」と反対されました。いや、そういうふうに人からごちゃごちゃと言われずに、好きなように生活をしたいから名古屋を出たいんだ、と思っていました。でもそれから半世紀以上経っているのに、依然として、名古屋から外に出て行く人は本当に少ないですね。

 僕は名古屋大学を卒業していますけど、友達のほとんどが名古屋で就職しました。東海銀行とか、トヨタとか。仲間が多くて仕事がしやすいほうを選び、名古屋から出て仕事をしたことがないという人が多いのが、名古屋の悪いところです。英語も弱いし、外国人との付き合いも苦手だし。どうですか?

伊藤忠商事名誉理事の丹羽宇一郎氏。同社で社長、会長を務めた。愛知県名古屋市生まれ ©BUNGEISHUNJU

藤井 いや、なんというか……。なかなか過激だと思いました(笑)。でも名古屋は確かに、地元志向が強いといわれています。やはりそこを破って、広い世界に行くというのは、大事なことだと思います。

織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、誰が好きですか?

丹羽 藤井さんは「郷土の誉(ほま)れ」ですよ。愛知県、東海地方、中部地方の誉れです。この地域は、「郷土の誉れ」が滅多に出ないんですよ。例えば経済界でも、東証一部上場企業の社長や会長をやった人は、非常に少ないんです。

 かつては、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康と、戦国時代の三英傑が愛知県から出ているんですけどね。藤井さんはこの3人だと誰が好きですか?

藤井 自分は、信長かなと思います。

丹羽 そうなの? 意外な気がしますよ。どうして信長が好きなんでしょう。

藤井 信長は、チャレンジ精神や積極性がある人物だと思うからです。自分も常識にとらわれず将棋に向かっていく、革新的なところを大事にしていきたいと思っているんです。

丹羽 僕から尋ねておいてなんだけど、藤井さんには是非、「信長、秀吉、家康の三人の良さを全部持った人になりたい」と言ってほしいですね。

藤井 全部ですか……(笑)。

丹羽 藤井さんには、愛知県の三英傑の長所を、すべて兼ね備えたような男になってほしいんですよ(笑)。愛知県には、戦国時代の城郭などの史跡もたくさん残っていますが、行ったことはありますか?

藤井 はい。愛知のシンボルはやはり、家康が造った名古屋城でしょうか。最近、本丸御殿が当時の木造で再建されて、すごくきれいになったそうです。現存する日本最古の木造天守閣がある犬山城(愛知県犬山市)は、天守閣からの眺めがすごくいいところでした。

愛知県への愛着ってありますか?

丹羽 藤井さんが、愛知県に居を構えていようがいまいが、全国的に活躍してくれることはものすごく大事ですよ。あなたに触発されて、東海地方の若い人たちがもっと負けん気を持って、どんどん外に出てほしいです。藤井さんを目標に将棋をするちびっ子たちは増えていますよね。

藤井 子どもたちが将棋に触れる機会は、けっこう増えているかなと思います。

丹羽 それはいいことですね。あなたは愛知県の宝ですよ。でも愛知県のためにやっているわけじゃないし、そうする必要もない。愛知県を盛り立てるとかそういうことは、もっと周りがやらないとね。あなたは愛知県以外の人といっぱい付き合ってね。藤井さんは、愛知県に対する愛着ってありますか? 「こんなにいいところはないな」と思う?

藤井 将棋で、本当に師匠をはじめとしてすごくお世話になりましたし、期待していただいていると感じています。

丹羽 将棋の長い歴史のなかで、愛知県で育ち、居を構えていてタイトルを獲った人は、藤井さんが初めてです。豊島将之竜王が、2018年7月に初タイトル(棋聖)を獲ったときは、愛知県一宮市出身と話題になったけど、育ったのは別ですよね。

藤井 豊島先生は確か、5歳で大阪のほうに引っ越しをされているんですよね。でも今も、地元の一宮にたまに行かれているみたいですよ。

「将棋を指していて疲れたことはない」

丹羽 時代が変われば、将棋界も変わると思いますが、対局数は今も昔も同じくらいですか? 例えば50年前の大山康晴十五世名人の全盛期とかと比較すると、今のほうが多いんじゃないですか?

藤井 1年当たりの対局数だと、今のほうが少し増えていると思います。

丹羽 じゃあ疲れますよね、藤井さんは若いからいいけど。疲れているときは勝てませんよね。そういうこと、ないですか?

藤井 今まで自分は、そういうことはないですけど、でも疲れているときの支障は確実にあるといいますか、やはり集中している状態と疲れによってそうでない状態とでは、思考の速度が全然変わってくる感覚があります。

丹羽 棋士は上のレベルに上がれば上がるほど、対局も増えて、忙しくなってきますよね。藤井さんは本当に忙しそうで、新しい仕事が増えていませんか?

藤井 そうですね。はい、少しは。

丹羽 藤井さんに聞いてみたいことがあって。「将棋を指していて疲れたことはない。好きなことをやっていて、疲れを感じたことはない」と言っていました。これはどういうことかなと。

 2400年前に生きた古代ギリシャの哲学者、アリストテレス(前384年〜前322年)が、人間にとって非常に大事だと言った3つのものがあります。それは「ロゴス」という論理・理屈、「パトス」という感情や情緒、「エトス」という倫理です。僕の考えでは、ロゴスとパトスはいずれも頭に関係がある。ロゴスは左脳、パトスは右脳。エトスというのは心なんですよ。これに加えて、人間には肉体があります。

 人間が、ああ疲れたな、もう嫌になっちゃう、やる気がしないなと言うとき、頭、心、身体のどれかが疲れているんだと思うわけです。左脳の理屈上のことで疲れているのか、右脳の感情、感覚的なことで疲れているのか。心のなかの倫理観で、自分が悪いことをやってしまったとか、いいことをやったとかで悩んで疲れるのか。一方、体の疲れは科学的なもので、酸素を代謝する過程で生じる「活性酸素」がオーバーワークなどで大量に発生すると、疲労の症状になるとわかっています。

 藤井さんもそうですが、野球のイチロー選手にしても、「自分の好きなことをやっていたら、疲れを感じない」と言います。

藤井 はい。

難しい詰将棋は対局よりも「脳が疲れる」

丹羽 でも将棋に夢中で気付いていないだけで、どれかは疲れているんじゃないかと思うんです。将棋を指していて、どれがいちばん疲れると思いますか?

藤井 対局で、とくに長い持ち時間の対局だと、指しているときはあまり疲れを感じないんですけど、終わった後に体力的な疲れを感じることは、やはりあります。

 脳の疲れは、難しい詰将棋を解いているときに感じるような気がします。対局中にどうしてもわからないときは、なんとなく感覚で手を決めてしまうこともあるんですけど、詰将棋は、考えて論理的に結論を出さなければいけません。対局をするよりも、その分、脳の疲労は感じるような気がします。

©BUNGEISHUNJU

丹羽 詰将棋ではロゴスの部分が疲れるということですね。では、対局の終盤で非常に切羽詰まって、あと数手でこの勝負が決まりそうという、詰将棋に近い状況になってきたら、何が疲れます?

藤井 やはり対局ですと、終盤の一手で勝ちか負けかすべて決まることがあるので、そういったところで精神的な状態を保つのは、大変になってくると思います。対局中、どうしても感情の揺れ動きもありますので、そういった揺れをなるべく抑えて、より読みに集中できる状況を作ることが、大事なのかなと思います。

丹羽 対局ではパトスが重要になってくるんですね?

藤井 はい、やはり精神的に安定した状態であれば、それだけ深く考えることができるような気がします。

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文=丹羽宇一郎 藤井聡太

photograph by KYODO