2021年上半期(3月〜8月)、NumberWebで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。ボクシング・格闘技部門の第2位は、こちら!(初公開日 2021年6月5日/肩書などはすべて当時)。

 高校時代の成績はオール5。「オリンピックで金メダルを獲る」という目標を掲げる前は「人の役に立つ仕事に就きたい」という理由で医師を目指していたという。だから、今春慶應義塾大学へ進学したというニュースを耳にしたとき、いかにも彼女らしい選択だと納得するしかなかった。

 5月27日から30日まで無観客で東京・駒沢体育館で開催された全日本選抜レスリング選手権。大会初日に行なわれた女子62kg級では尾崎野乃香が初出場・初優勝を果たした。

 昨年12月開催の全日本選手権には高3で初出場を果たし、初優勝を収めている。シニアの国内二大選手権を連覇したことで、尾崎は今年10月ノルウェーでの開催が予定されている世界選手権への出場を決めた。

「自分は世界カデット選手権で優勝した経験(2回)はあるけど、シニアの世界選手権は初めてなのでとてもワクワクしています」

ユースオリンピックでは15歳とは思えぬ受け答え

 筆者は2018年10月、彼女がJOCエリートアカデミーの先輩である鏡優翔(現・東洋大)とともに、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスで開催されたユースオリンピックに出場した際、現地取材する機会に恵まれた。

 57kg級に出場した尾崎は当時まだ15歳。出場選手の中では最年少だったが、得意のアンクルホールドを駆使して優勝した。日の丸をマントにはち切れんばかりの笑顔でウイニングランした姿を昨日のことのように覚えている。その直後の尾崎は終始ご機嫌。「決勝を争ったハンガリーの選手は世界カデット選手権の決勝で当たったことがある」と笑顔で語り始めた。「そのときは私がテクニカルフォールで勝っているけど、今回は自分の動画も出回っているし、研究もされていたと思う。だから私は自分のレスリングが防がれた場合、どうやって対処すればいいのかを練習してきました」

2018年ユースオリンピックでの尾崎 ©Koji Fuse

 15歳とは思えぬほど、しっかりとした受け答えという印象を受けた。続けて尾崎はこうも言った。

「これからは、もっと上の世代にチャレンジして勝っていくことが目標です」

強豪校スカウト「何が何でも尾崎を獲れと指令が」

 有言実行。その後、国内外ともカデットのカテゴリー(16〜17歳)に出場した尾崎は連戦連勝。連勝記録を更新しながら大学生になった。最後の黒星は2018年のインターハイだ。数年前、ある強豪校のスカウトから「何が何でも尾崎を獲れという指令が出ている。尾崎という選手はそんなにいい選手なのか」という問い合わせがあった。その時点で筆者は彼女が究極の文武両道派であることまでは把握していなかったが、パリオリンピックでは女子の顔になることを確信した。

 尾崎がレスリング版・虎の穴JOCエリートアカデミーに入ったのは高1の時だった。同アカデミーでいまも尾崎を指導する吉村祥子コーチは「実際には実家から通う形で中1の時から王子(アカデミーの第2の練習の拠点である安部学院高)で一緒に練習はしていました」と思い返す。「ただ、エリートアカデミーに入るまでは朝練は何もやっていなかったので、スタート時はきつかったと思います。でも本当に一生懸命ついてきてくれ、こっちが求めるものをしっかりとやり切ってくれる。私の目から見ても、順調に成長しているかなと思いますね」と言う。

慶應大へ進学「勉強も頑張りたいと思った」

 優勝を決めた直後、尾崎は自らの意志で慶應大への進学を決めたことを話し始めた。

「レスリングだけではなく、勉強も頑張りたいと思ったので。ただ、勉強も大変で、練習と勉強の日々です。でも、勉強が大変だからレスリングを疎かにするということは絶対にない。勉強を頑張る分、レスリングのこともさらに考えようと思っています」

 大学生になったばかりだと、大学の上級生や社会人と比べると男子も女子もフィジカル面で見劣りするケースがほとんど。しかし尾崎は例外で、出場選手の中では最年少ながらフィジカル面は最も充実しているように映った。果たして初戦となった準決勝では大学生を相手に10−0のテクニカルフォール勝ち。続く決勝では5年前には60kg級で全日本選抜王者になっている坂野結衣(警視庁第六機動隊)を6−0で撃破した。ひとつの失点もない完全優勝。フィジカルで押されたような場面は皆無だったが、吉村コーチは「だからといってすごくウエートトレーニングをやっているわけではない」と打ち明ける。

決勝

「力強さとやわらかさを兼ね備えたようなフィジカルにしたくて、そのときの尾崎に必要なトレーニングを継続的にやっている感じ」

尾崎の1日は練習か勉強かの二者択一

 練習時の尾崎のモットーは常に全力。「きつくなってきてからが本当の練習」だと信じている。

「身体中痛い中で練習しているので、フィジカルには自信があります」

 尾崎の1日は練習か勉強かの二者択一。授業があるときには都内から慶應大の環境情報学部がある神奈川県藤沢市まで片道2時間かけて通う。寝不足になることが唯一の不安材料ながら、尾崎は文武両道を貫くつもりだ。

「往復の時間で勉強したりすることで、レスリングとの両立はできないことはないと確信しています。今後は心理学や語学を学びたい」

 学問に対する旺盛な研究意欲はレスリングのそれにもつながっている。

「レスリングを感覚的にやっているだけだと、(途中から)通用しなくなってしまう部分もあると思う。どうしたら自分の技がかかるのか。自分に何が足りないのか。そういうことを考える必要がある。勉強もそうで、どうしてわからないのかを考えるクセがついている」

 慶應大では初となるオリンピックを狙える女子レスラーは、希代のIQファイターとして世界に羽ばたくか。

文=布施鋼治

photograph by Sachiko Hotaka