2021年上半期(3月〜8月)、NumberWebで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。プロ野球部門の第2位は、こちら!(初公開日 2021年8月23日/肩書などはすべて当時)。

 一応、劇的な一発ではあった。

 日本ハムから無償トレードで巨人に移籍した中田翔内野手が、移籍発表から2日後の8月22日、東京ドームで行われたDeNA戦で、いきなり特大の本塁打を放った。

 チームメイトへの暴力行為で無期限出場停止処分を受けた日本ハムから電撃的に巨人への移籍が発表されたのが20日のことだった。翌21日に一軍選手登録されて、この日は「5番・一塁」で先発メンバーに名を連ねた。

巨人への移籍会見の冒頭で頭を下げる中田翔 ©️KYODO

「第1打席はちょっと軽く足が震えるぐらい緊張していたんですけど、2打席目からはしっかり自分のスイングを心がけていけたかなと思います」

「本当にありがたいなという気持ちで一周していました」

 本人が振り返った3点を追う7回の第3打席。1死二塁から左腕・今永昇太投手の初球、インコースへの144kmのストレートを迷うことなく振り抜いた打球は、中田らしい大きな弾道で左翼席上段に弾んだ。

 もちろんベースを一周する中田に笑顔はない。

「自分自身、こうやって大きな拍手をジャイアンツファンの皆さんからいただけるとは思っていなかったので、本当に感謝しかない。当たり前のことではないので、本当にありがたいなという気持ちで(ダイヤモンドを)一周していました」

 ネット裏の球団席では試合前に移籍の挨拶をした長嶋茂雄巨人軍終身名誉監督が観戦。球団席の窓を叩いてベンチに戻る中田を祝福していたが、その姿に視線を送る余裕もなかった。

「本当ですか! 長嶋さんがどこの部屋にいるのか分からないので、そこはちょっと見ていなかったですね」

 試合後にそんな長嶋さんの姿を知らされ感激の面持ちを見せた中田は、激動の1日をこう振り返った。

「ホームランももちろんそうですし、色々な意味で忘れられない1日になると思います」

 まさに中田にとっては、今後も決して忘れてはいけない1日となったはずである。

トレードが時期尚早だったことは否めない

 賛否が渦巻いた巨人へのトレード。

 どう考えても時期尚早だったことは否めない。

日本ハム時代の中田(2020年撮影) ©️Hideki Sugiyama

 中田がチームメイトへの暴行事件を起こし、自宅謹慎を命じられたのが8月4日。チーム内での調査などを経て、日本ハム球団から無期限の一、二軍全試合への出場停止処分がくだされたのが11日だった。そこから10日も経たずにトレードが発表され、処分はわずか9日で解除されることになった。

 その間の16日には日本ハムの栗山英樹監督から巨人の原辰徳監督に中田の再起を手助けしてもらえないか、という相談の電話があり、それに応える形で原監督が受け入れを了承した。同時に日本ハムは球団としても吉村浩GMから巨人の大塚淳弘副代表にもトレードを打診する連絡があったという。

本来なら今季終了まで日本ハムで出場停止処分を継続すべき

 本来ならば今季終了まで日本ハムで出場停止処分を継続し、その後に他球団への移籍を進めるというのが、事件の性質などを考えれば妥当な線だったはずだ。しかし日本ハムは球団、監督ぐるみで自分たちで決めた処分をなし崩しにして、中田の放出を画策し実現させたということになる。

 もちろん巨人にも断るという選択肢はあったかもしれない。

 ただ、古くから親交があり、指導者としても高く評価していた栗山監督から、直接、中田再生を依頼され、それに応えたいという原監督の思いは解らなくはない。球団としても期待していたジャスティン・スモーク内野手の退団などもあり一塁のレギュラーが固定できない編成上の問題もある。中田がもし使えるのであれば、戦力的にも獲得する価値はあるという判断だったということだろう。

 いずれにしても日本ハムが動かなければ、そもそもあり得なかったトレードであり、問題の本質はやはりそこにある。言葉は悪いが中田を放り出すことで、騒動を終結させようとする日本ハムの姿勢は、果たして正しかったのかは問われるところである。

中田の移籍に際して違和感しかなかったこと

 そしてもう1つ、中田の移籍に際して違和感しかなかったことがある。

「中田はとにかく巨人で結果を残して応えるしかない」――今回のトレードの論評で多くの評論家やコメンテーターが安易に語る意見だった。

 ただ、果たして野球選手として頑張ることが、いまの中田がやらなければならない最初のことなのか。そこに大きな違和感を感じざるを得ないのだ。

 今回の一件で改めてクローズアップされることになったが、中田のこれまでのチーム内での振る舞いは、一般社会では決して許されるものではなかった。

後輩選手へのいわゆる“かわいがり”は目に余る

 親分肌で面倒見がいい。漢(おとこ)を装うが、メディアへの対応も丁寧でファンサービスも熱心に行う本当は心優しいシャイな人間だ――担当記者や関係者から聞く中田評だ。

 記者も国際大会等で何度か取材し、インタビューをしたこともある。そういうときに中田は野球に対しては真面目に向き合って話も深いものがあった。

 ただ、後輩選手へのいわゆる“かわいがり”は目に余るもので、イジメにもつながるものだった。それがロッカーやベンチ裏だけではなく、ベンチ内やグラウンドでも公然と行われていたが、もはやそれを諫めるような先輩や同僚の選手もいない。そして球団のフロントもそうした悪行を見て見ぬふりで放置してきた。少なくともそう見えた。

 そういう振る舞いが動画やSNS等で拡散され、それが子供たちにどんな影響を与えるのか。そのことを考えたことがあったのか、と球団関係者には問わざるを得ないだろう。

 中田の行為はプロ野球選手の規範から逸脱するばかりではなく、そもそも1人の社会人として許されざるものだった。32歳の大人としては、あまりに非常識であり、未成熟だった。

 それが日本ハムの13年と半年余りの人間・中田翔の姿だったのである。

 だからこそトレードの賛否はともかく、巨人に移籍した中田にまず求められるのは、グラウンドで活躍し結果を出すことではないはずだ。

 まずやらねばならないのは一人の大人として襟をただした姿をしっかり見せ続けることで、これはこれからユニフォームを着続ける間も、その先でもずっと継続しなければならないことなのである。

松井秀喜さんが星稜高校の後輩・高木京介に送った言葉

 2016年に野球賭博への関与で1年間の失格処分となった巨人・高木京介投手が、巨人と再契約を果たしたのは17年だった。そのときに高木の出身校の星稜高校の先輩である元ニューヨーク・ヤンキースの松井秀喜さんが、後輩に送った言葉がある。

「復帰してみんなに納得してもらえることは、まずない。ただ、『戻して良かった』と思ってくれる人が少しでも増えるような姿勢を見せて欲しい」

「結果で恩返しをする、ということではない。そういう姿勢を見せることが大事だと思う」

 まさにいま、中田に聞いて欲しい言葉である。

 中田がまず問われるのは、グラウンドでのプレーではない。普段の言動、人との接し方、服装や態度……まずそういう一つ一つを正すことからしかリスタートはないはずだ。

 野球人としてではなく、32歳の1人の大人として、どういう振る舞いをするのか。どう変わった人間・中田翔の姿を見せることができるのか。今回の問題で問われているのは、そこである。

 そういう姿勢を1人でも多くの人から認めてもらえた上で、初めて野球という舞台での結果が評価されることになる。その上で結果を残すことで初めて、育ててくれた日本ハムと栗山監督、移籍を受け入れてくれた巨人と原監督への恩義に、そして両球団のファンの応援と期待に応えることができる。

 そのとき振り返ったら、あの左翼スタンド最上段に飛び込んだ移籍1号が、本当に劇的な一発として全ての人々の心に刻まれるはずである。

文=鷲田康

photograph by Sankei Shimbun