2021年上半期(3月〜8月)、NumberWebで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。サッカー部門の第5位は、こちら!(初公開日 2021年4月1日/肩書などはすべて当時)。

 ベルギーリーグ1部のベールスホットで背番号10を背負うストライカー、鈴木武蔵。先日の日韓戦とアジア2次予選モンゴル戦は怪我の影響で招集を見送られたが、森保ジャパンでは着実に出場機会を増やしている。ジャマイカにルーツを持ち、日本で育ってきた鈴木にとって「日本代表」は特別な場所。小学校時代に受けたイジメ、差別、プロサッカー選手になっても続く誹謗中傷のメッセージ……サッカー選手として新たなステージを突き進む鈴木が、自身の半生を赤裸々に語った(全2回の後編は、日本代表初招集後の2019年のエピソードです/前編はこちら)。
※本稿は『ムサシと武蔵』(徳間書店)の一部を抜粋、再編集したものです。

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 2019年11月、僕を差別する発言がSNSに上げられた。

 ちょうどこのとき、僕は自宅でくつろいでいた。何気なくスマートフォンでSNSを開いたら、「鈴木選手、こんなことが投稿されています」と、サポーターの方があるツイートを送ってくれた。

「なんだろう?」と思って、そのツイートを見てみると、

<あの見た目で日本代表なんて>

  という言葉が目に飛び込んできた。

「うっ!」

 僕はとっさに目をつぶって、思わずスマートフォンを手放した。ショックと悲しみ、怒り。いくつもの感情が僕のなかにうごめいた。冷静ではいられなかった。心臓がバクバクしている音が聞こえる。

 僕はしばらく天井を見上げ、自分に問いかけた。

「そうだよ、これまでもそう言われることはあったじゃないか。やっぱり俺のことを 日本代表として、日本人として受け入れられない人が一定数いるのは当たり前だ。日本代表で活躍できなかったら、俺の場合、見た目を言われるのはありえることだ」

 必死で受け入れようとした。しかし、「俺は見た目こそ違うかもしれないけど、日本人の心をもってやってきた。いったい、どうやったら受け入れてもらえるんだよ!」

 怒りと絶望の感情があふれ出てきた。しばらく呆然としたあと、ソファーに投げ出した携帯電話を再び手にした。

  そして、そのツイートをもう一度見直した。不思議と最初のような感情にはならず、冷静にその文面を読めた。

「これは俺の口から何か言わないといけないな」

 そんな使命感が生まれた。

「日本という素晴らしい国で育った事に感謝」

 これまでの自分ならば無視していただろう。しかし、日本人として、日本代表としてプレーしている以上、やり過ごすことはできないと思った。

 では、どう返せばいいのだろうか。冷静に考えてみた。ここで僕が感情的になり、「こんなヒドい差別を受けました!」「こんな暴言を吐かれました!」と、ムキになって反論しても、感情のぶつけ合いになるだけだ。結局は、この発言者と同じ土俵に立つことになり、そこからは何も生まれない。

 僕は黒人のハーフであることに誇りをもっているし、日本人であることに誇りをもっている。それに今、日本中には僕のように肌の色が違う子どもたちがたくさんいる。

 もしも僕がここで黙り込んだり、幼稚な反論をしてしまったりしたら、僕だけではなく、そういった子どもたちにも迷惑をかけるかもしれない。それは絶対に嫌だった。だから、自分の言葉で本心をきっちりと述べるべきだと考えた。

 誰に相談することもなく、その場でじっと自分自身と向き合い、必死で考えを整理した。しばらくして、自分のSNSのページを開き、自分の想いを文章に打ち込んだ。

<僕に報告をしてくれたかた、ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。サッカーで見返すしかないですからね。そうやって小さい頃からやってきたので。お父さんの血がなかったら日本代表になれてなかったと思いますし、ハーフであること、日本という素晴らしい国で育った事に感謝しています> ※原文のまま

 僕はこうSNSに載せた。これは建前ではなく、本心だった。

日本代表デビューが2019年3月のコロンビア戦。北海道コンサドーレ札幌での活躍が認められ、A代表のユニフォームに袖を通した (c)Takuya Sugiyama

ここまで来れた原動力は「負けず嫌い」

 発言した人も1人の人間だ。特定の人を攻撃したくないし、あくまでこれは僕への言葉なのだから自分がきちんと受け止めて、自分の想いのみを綴った。

 この投稿のあとに、僕のSNSには大量のダイレクトメッセージが届いた。開いてみると、応援をしてくれる声以上に、あえてここでは書かないが、読むに耐えない、誹謗中傷のメッセージが山ほど届いていた。

 それでも、僕は発言して良かったと思っている。

 僕は自分にマイナスなことを投げかけてくる人に対しても、感謝できるような人間でありたい。もしも、周りからプラスのことしか言われない人生だったならば、僕の長所であり、最大の原動力である「負けず嫌い」の心は育たなかっただろう。

 甘やかされて、向上心を失っていたら、確実に今の僕はいない。今の僕がいるのは、ネガティブなことを言われても、心の中で「絶対に負けてたまるか」「絶対に見返してやる」という気持ちが湧いてきたからだ。

  さらに前に進もう、もっと上のレベルに行こうといった、内側から燃え上がる炎で、 僕は走り続けることができた。それはこれからも原動力になるだろう。

  一見、自分にとってマイナスだと感じることでも、いつしかその経験がプラスになるかもしれないと思ったら、その人たちにも感謝しないといけない。 

 今起こっていることが、すべてマイナスじゃない。むしろ、プラスに変えてやるん だという意志が、自分を変えていく。僕はそう信じている。

  だが、その一方で、気をつけなくてはいけないこともある。

「鈴木武蔵選手みたいになりたい」

 僕もようやくネガティブなことを受け入れられるメンタリティーになったけど、それができずに、心の底から傷ついて、ときには一生消えないような傷を負ってしまう人もいる。

 言葉はときには助けにもなるし、人を傷つける刃にもなる。その自覚をもっている人もいれば、もっていない人もいる。いろんな人が混在する社会のなかで、今まさに苦しんでいる人もたくさんいる。

 まして子どもなら、より深い傷を受けてしまいかねない。それを経験してきた人間だからこそ、僕が発信をすることに説得力があると思う。

 僕にとってサッカー日本代表は、文字どおり日本人の代表として戦う誇り高き場所だ。 そこに選ばれるようになって、日本人としての誇りはものすごく大きなものになった。

 そして、日本代表に選ばれるようになると、僕のところに、ハーフの子どもたちからのメッセージがより多く届くようになった。

「友達の子どもがアフリカ系のハーフで、その子が『鈴木武蔵選手みたいになりたい』と言っていたよ」
「僕はナイジェリアとのハーフです! ずっと目標にしています」

桐生第一高校時代の鈴木武蔵 (c)AFLO

 僕自身も、テニスの大坂なおみ選手やバスケットボールの八村塁選手、陸上のサニブラウン・アブデル・ハキーム選手やケンブリッジ飛鳥選手などが、日本を代表するアスリートとして活躍するのを見るたびに、「俺も頑張ろう」と大きな刺激を受けている。とくにケンブリッジ選手は、同じジャマイカ人の父をもち、母親同士がジャマイカで知り合いだった縁もあり、一番身近に感じる存在だ。

 日本代表に入るまでの僕は、「自分がどうやったら日本人になれるか」ということばかりを考えながらやってきた。でも、実際に日本代表に入るようになると、「自分の活躍を励みにしてくれる人がいるんだ」と実感するようになった。

 だから、誹謗中傷に対しても、僕は凜とした態度でいたいし、屈したくもない。この出来事をきっかけに、より自分の言動に責任をもつことを決めたんだ。

  12月、僕はJリーグ組と東京五輪世代を中心に構成をされた日本代表として挑んだEAFF E−1 サッカー選手権2019の中国戦で代表初ゴールを決め、この1年を締めくくった。

【前編を見る】『おーい、ハンバーグ!』ジャマイカからやってきた少年・鈴木武蔵が浴びた言葉…認めてもらうために手にした“シッカロール”

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文=鈴木武蔵

photograph by Takuya Sugiyama