史上3人目となる年間グランドスラム(四大大会全制覇)は夢と消えた。あと1勝と迫った全米の決勝で、ノバク・ジョコビッチはダニル・メドベージェフに完敗。四大大会シングルスの優勝は20回でロジャー・フェデラー、ラファエル・ナダルに並んでいたが、単独トップに立つことはできなかった。

「この5、6カ月間は感情的にも非常に厳しい時期だった」

 敗因は誰の目にも明らかだ。メドベージェフが「彼はベストな状態ではなかった」と話したように、いつものジョコビッチらしさが影を潜めた。序盤から硬さが目立ち、アンフォーストエラーが増えた。立ち上がりが悪くても第2セット以降、別人のようにプレーするジョコビッチの姿はこれまで何度も見られたが、この決勝では第2セットに入っても緊張が取れなかった。

 メドベージェフのプレーは独特で、弾道の低いフラット系のボールをベースライン近くに突き刺してくる。リスクのあるショットを堅実に打ち続けられるのは、生まれ持った才能だ。このボールにジョコビッチが苦しんだのは事実だが、それよりプレッシャーの影響だろう。

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 不思議なことに、試合後の記者会見でプレッシャーについて直接尋ねる質問はなかった。敗因としては、あまりにも自明だったからだろう。だが、ジョコビッチは自ら精神面の影響を語った。

「この5、6カ月間は感情的にも非常に厳しい時期だった。グランドスラムに五輪、母国ベオグラードでもプレーした。この間に蓄積されたすべての感情が、ひとつになって押し寄せてきた」

ジョコビッチが背負った“歴史の重圧”

 この7月、ウィンブルドンの優勝インタビューでは、プレッシャーについてこう語っていた。

「第1セットはいつもより少し緊張していた。ウィンブルドンの決勝の大舞台で、歴史がかかっていることで緊張してしまったのかもしれない」

「歴史」とは年間グランドスラム(この時点では五輪金メダルを含むゴールデンスラムの可能性もあった)を指す。勝ったからこそ、重圧の影響を明かしたのだろう。だが、今大会の開幕前には、プレッシャーを引き受ける覚悟を雄弁に語った。

「僕はプレッシャーに耐えることもできる。何度も経験してきた。プレッシャーは特権なのだ。グランドスラムで優勝して歴史に名を残すために、毎日毎日、人生を通して励んできたんだ。僕にはチャンスがある、ならばそれを生かしたい」

 決勝進出を決めると、こう宣言した。

「僕のキャリアの中で最も重要な試合になるだろう。最後の試合だと思って戦う」

 メンタル面での準備は万全だった。ところが、歴史を作る重圧は、ジョコビッチをもってしても制御不可能なほど巨大だった。

 ラケットをコートにたたきつける場面があった。いつもなら、こうしてフラストレーションを吐き出し、別の選手に生まれ変わる。いや、「別の選手」は逆転をくらった対戦相手の視点で、ジョコビッチにしてみれば本来の自分に戻るだけなのだ。しかし、この決勝に限っては、ラケット破壊は自我を混乱させただけだった。

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偉業と引き換えに得た「ファンからの愛」

 終盤、印象的な場面があった。チェンジエンドでベンチに戻ったジョコビッチは、タオルに顔を埋めた。よく見ると、その体は小さく震えている。

 調子は戻らず、間違いなく終わりが近づいていた。すると観客は、ジョコビッチに盛大な声援を送り始めたのだ。もっと試合を見たい、歴史が変わる瞬間が見たい、という思いだろう。ただ、劣勢のジョコビッチを勇気づけよう、励まそうという意志がこもっていたのは間違いない。ジョコビッチはこの応援を涙で聞いていたという。

「さまざまな感情が押し寄せていた。悲しい気持ちもあった。多くが懸かっていただけに、敗北を飲み込むのは大変だった。でも一方で、人生で感じたことのないものを感じていた。観客は僕を驚かせた。予期していなかったほどの応援やエネルギー、愛を受け取った。一生忘れないだろう。押し寄せた感情やエネルギーの強さは、グランドスラムを21回制覇したのに等しいほどだった」

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 ジョコビッチが明かした涙の理由だ。偉大な実績と前人未踏の記録を残してきたが、それに見合うだけの人気は得ていない。フェデラーやナダルと対戦すれば、自分が彼らほどファンに愛されていないことに気づいただろう。だが、このとき、ファンが「自分の心に触れて」くれたと初めて思えたのだ。

 ファンとの和解、これが年間グランドスラムの偉業と引き換えにジョコビッチが得たものだった。

「ジョコビッチは2度殺さなくては勝てない」

 この5月で34歳になった。強さは健在だが、キャリアの終わりは確実に近づいている。どんな最終章が訪れるのだろう。

 ジョコビッチはこの全米で、雲の上から降りてきた。プレッシャーを制圧できず、応援に涙する普通の選手として大会を去ったが、このことがかえってファンを増やすかもしれない。メドベージェフら、次の世代の台頭はあっても、ファンの後押しを得たジョコビッチは今後も年に数個の四大大会タイトルを積み重ねるだろう。来年再び年間グランドスラムに挑み、達成する可能性もなくはない。これがシナリオAだ。

 偉業達成を逃し、ファンの理解も得て心穏やかにフェードアウト――そんな最悪のシナリオBは、まずありえない。これまで何度も死の淵から蘇った選手である。ついこの間、全仏の決勝でも、2セットダウンからの逆転でステファノス・チチパスを破った。「セットカウント0−2」からがジョコビッチの本領なのだ。

 何度も引用しているので気が引けるが、ジョコビッチが逆転劇を演じるたびに、ある言葉を思い出す。

「ジョコビッチは2度殺さなくては勝てない」

 錦織圭のフィジオ(トレーナー)を長くつとめた中尾公一氏の言葉だ。致命傷を与えたと思えるほどラリーで圧倒し、スコアを離しても、必ず生き返ってくるという意味だ。錦織と6年間行動を共にし、ジョコビッチに喫した17連敗の大半を間近で見た人の言葉である。

 窮地でこそ本領、はキャリア全体にも当てはまる。

2人の王者を抜き去る「21個目の四大大会タイトル」へ

 最大のピンチは、16年に生涯グランドスラム(年をまたいでの四大大会全制覇)を達成したあとにやってきた。ジョコビッチは達成感でモチベーションを失った。当時、コーチの一人だったボリス・ベッカーは「成績が落ちた原因は練習不足」と怒り、陣営を離れた。同じ頃、ジョコビッチは怪しげな人物をコーチとして陣営に招き、精神世界への接近が取り沙汰された。翌17年には、あろうことか、「父」とも慕うマリアン・バイダコーチもチームを離れた。それでもジョコビッチは終わらなかった。

 全米の痛手からもやがて蘇るだろう。達成は不可能と思えるような目標を立て、そこに挑むはずだ。

 まずはフェデラー、ナダルを抜き去る21個目の四大大会タイトルだ。もう少し記録を伸ばしたうえで、最後の目標は東京で取り損なった五輪のメダルか。3年後のパリ五輪は37歳で迎えることになる。ここでゴールデンスラム? 相当難しいが、あり得ないことではない。

文=秋山英宏

photograph by Hiromasa Mano