「日本のみなさんに、ハイレベルなプレーを見てほしい。海外にも面白いプレーをする選手はたくさんいるので、車いすのファンを増やしたいと思っています」

 開幕を目前に控えたパラリンピックの目標を問われた時、国枝慎吾はそう言った。

 自身が人生を捧げる競技の魅力を多くの人々に知ってほしい――その言葉の背後にあるのは、見てもらえれば必ず魅了できるという、確固たる自信だろう。

 同時に、個々の人生や個性を反映するプレースタイルと、その衝突が生む豊かで痺れる現在の車いすテニスの競技性こそが、“絶対王者”国枝慎吾の存在により築かれたものだ。

絶対王者が約半年もコートを離れた理由

「New SHINGO is coming!」――新しいシンゴがやってくるんだ!――。

 自信に満ちた笑顔で国枝が宣言したのは、2018年1月の、全豪オープンを制した時のことである。

 2017年は国枝にとって、疑心暗鬼と試行錯誤の日々だった。前年には優勝候補としてリオ・パラリンピックに挑んだものの、肘に故障を抱え準々決勝で敗退。その後も痛みは消えず、同年末から翌年にかけ、約半年コートを離れた。

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 その間、抜本的な問題解決のため、フォームを見直し、ラケットを替え、そしてプレースタイルそのものの改革を目指す。2017年4月には、長く師事したコーチを離れ、ツアー転戦経験も持つ岩見亮をコーチにつけた。ボレーの名手として知られた岩見に求めたのは、ネットプレーを多く取り入れる超攻撃型テニスの構築だ。

 以前の自分に戻るのではなく、新たな地平の向こうを目指すことで、疑いを打ち消し前を向く。その末に手にした全豪オープンタイトルは、国枝が「今までで一番嬉しい」と明言する、完全復活への狼煙だった。

ライバルに勝つために突き詰めた“わずか7ミリ”

 この時の全豪決勝で国枝が戦ったステファン・ウデは、東京パラリンピックの準々決勝でも熱戦を演じた最大のライバルである。大会を迎えた時点で、両者が重ねた対戦は60回。それは国枝にとって、自らを高め、ゆえに車いすテニス全体のレベルを引き上げた、自己研鑽と切磋琢磨の歴史である。

 速攻型テニスで頂点に君臨した国枝に対し、ウデは剛腕を生かし、高い打点から放つ重いスピンショットを武器とする。その対照的なプレースタイルと哲学は、両者を“競技用チェアの探求”にもいざなった。

 話は2013年まで遡る。この年の全仏オープン決勝で、国枝はウデと死闘を演じた末に、5-7、7-5、6-7で敗れた。

 勝敗を分けた数ポイントを埋めるには、何が必要か――?

 自問自答の末に出した答えが、チェアの高さを上げること。ウデの高く弾むスピンショットに対抗するには、自分も打点を高くするべきとの判断だ。だがチェアを高くすれば、国枝の最大の持ち味である、チェアワークが落ちてしまうかもしれない。

 そのような激しく繊細な葛藤の末、国枝が辿りついたのは、なんと僅か7mmという、爪の先ほどの高さ変更だった。

「7ミリで、かなり違うものなんですよ」

 全仏での敗戦から、1年半後。対ウデ戦の連勝を8に伸ばした国枝は、満足そうな笑みを浮かべた。ウデという好敵手がいたために至った、正に匠の境地である。

50歳の最強ライバルも「シンゴに勝つために変えるんだ」

 対するウデもまた、国枝を倒すため、新たなチェアを求めてきた。最大の変更点は、膝をつくパーツを設けて、椅子の座りを浅くすること。2015年当時、ウデはチェア変更の理由をこう明かしている。

「シンゴに勝つために変えるんだ。新しいチェアなら、よりパワーのあるショットが打てる。特にバックでのリーチが増すはずだ」

国枝の最大のライバル、ステファン・ウデ(東京五輪、国枝対戦時)©Getty Images

 そのウデは、現在50歳。若手の波に持ち前の探求心と剛腕で立ち向かうフランス人こそが、今回の東京大会で、最も国枝を苦しめた選手だった。

国枝が五輪直前に敗れた“29歳の新世代”

 国枝とウデのライバル関係が、ロジャー・フェデラー対ラファエル・ナダル的な“クラシカル対決”ならば、東京大会の準決勝で対戦した29歳のゴードン・リードは、“ベテランの新世代”だろう。

 テニス一家の出自で、英国の優れたジュニア選手だったリードは、もとよりテニスの完成度が高い。国枝が車いす界に持ち込んだと言われる、スピンを掛けてストレートに打ち込むバックハンドも、当然のものと捉えるニュージェネレーションだ。

 国枝とリードの初対決は2012年。そこから国枝が5連勝するが、2013年に入ると勝敗を交互に繰り返す。同時期に、国枝がチェアの高さ変更を志向したことは前述したが、その決断の背景にはリードの台頭もあったはずだ。

 リードの不調もあり、ここ数年は対戦成績で圧倒的に勝っていた国枝だが、東京大会直近のウィンブルドンで、2年ぶりの敗戦を喫する。その対戦後には、ミスを避けたい気持ちが勝り、「どうしてもスピンを掛けてしまいがち」になったことを悔いていた。

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「どう戦うべきだったか?」国枝の質問にフェデラーは…

 実はこのウィンブルドン後、豪華な3者が顔を合わせている。ユニクロの働きかけにより、同社の契約選手である国枝とリード、そしてロジャー・フェデラーによる鼎談が行なわれたのだ。

 その席で国枝は、フェデラーに「ゴードンに聞かれたくはないけれど、最近、芝で彼に負けてしまった。どう戦うべきだっただろうか?」と助言を求めた。その問いにフェデラーは、次のように答えている。

「芝では攻めることが大切だ。もちろん攻撃にはミスのリスクが伴う。ミスのことを考えると、精神的にもつらい。だが迷ってはいけない。自分が決めたことを貫くべきだ」

 その後、車いすテニスツアーの戦場はハードコートへと移ったが、フェデラーの言葉は国枝の心から迷いを取り除いたという。

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 パラリンピックでリードと対戦すると、攻撃テニスを貫いてストレートで快勝。その翌週に行われた全米オープンでも、両者は準決勝で対戦し、フルセットの死闘の末に国枝が勝利をもぎ取った。さらに国枝はこの全米の決勝戦で、3連敗中だったアルフィー・ヒューエットにも快勝。「コートに入る直前まで、動けないと思っていた」というほどの疲労を感じながらも、一旦コートに入ると、負けず嫌い精神が勝った。

 過去の対戦では劣勢だったバックの打ち合いでも優位に立ち、終わってみれば「パラリンピックも含めて、最高」と自画自賛する圧巻のパフォーマンスだった。

「10年後も、まだ慎吾はトップにいるんじゃないかな」

 前述したユニクロの鼎談で、リードは車いすテニスの変遷について、興味深い考察を述べている。

「僕が初めて試合に出た15年前は、みんなもっと守備的でベースラインから動かず、2バウンドで打ち、多くのポイントは相手のミスによって決まった。でも今はみんな攻撃的になり、どんどん前に出て相手の時間を奪うようになっている」

 さらにリードは、国枝の強さの理由を次のように分析した。

「慎吾は、僕がこの競技を始めた時にトップにいて、今もトップだ。それはこの競技の進化に合わせて、プレーも変えているからだと思う。だから10年後も、まだ慎吾はトップにいるんじゃないかな」

 敬意に満ちたライバルの分析に、国枝は照れ臭そうに相好を崩した。

逆境を乗り越え、再びつかんだ“絶対王者の称号”

 今季の国枝はパラリンピックを迎えるまで、全豪、全仏、そしてウィンブルドンでいずれも英国勢に敗れ、大きなタイトルとは無縁だった。

「このままでは、東京での金メダルは難しい」

 ウィンブルドンの敗戦後には、弱気な言葉も珍しくこぼしたほどだ。

 その逆境の中、これまで磨き築いてきたテニスを信じ、今まで以上にネットに出る超攻撃テニスを貫いて、再びつかんだ自他ともに認める絶対王者の称号。

 東京パラリンピックで2大会ぶりに金メダルを勝ち取った時、国枝は肩に羽織った日の丸で顔を覆い、肩を小刻みに震わせた。その涙は、自身が引き上げた車いすテニス界のレベルを、克己心と不断の努力で凌駕した証だった。

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文=内田暁

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