「なおエ」

 今季、大谷翔平の大躍進とは対照的なエンゼルスの低迷にネット上ではこの言葉が流行した。投打走に渡る大谷の歴史的パフォーマンスを伝えた後に「なお、エンゼルスは敗退した」と報じるものを省略した俗語だ。今季の成績は77勝85敗で地区4位。6年連続で負け越した。

 9月26日。大谷が今季最終登板後に残した言葉の意味は重かった。

「ファンも好き、球団自体の雰囲気も好き。ただそれ以上に勝ちたいという気持ちの方が強い。プレーヤーとしてはその方が正しいんじゃないかなと思っています」

 捉え方は人それぞれと感じるが、ポストシーズン進出可能な強豪チームへの移籍志願と受け取った方もいれば、来季へ向けたチームの大補強を訴えた、と捉える方もいるだろう。いずれにしろ、限りがあり、決して長くはないのが選手生命。投打に於いてメジャー屈指のパフォーマンスを見せた大谷が“勝てるチームでプレーしたい”と思うのはごく自然な流れだ。逆にこの気持ちを抱かない方が疑問とさえ感じる。

今季最後となった46号ホームランを放つ大谷

“両リーグDH制移行”で大谷移籍の選択肢も増える?

 エンゼルスは14年を最後にポストシーズン進出から遠ざかっている。来季は是が非でも勝たなければいけないシーズン。それには多くの理由もある。

 現行の労使協定は12月1日に失効する。ストライキ回避に向け、オーナー側と選手会側は8月から話し合いを行なっている。協議項目の詳細は他に譲るが、双方がすんなりと合意するだろうと推測されているのが「ユニバーサル(両リーグ)DH制」への移行だ。

 既にコロナ禍の中で行われた60試合制の20年シーズンで実行された背景もあり、関係者は「かなりの確率でユニバーサルDH制は実現する」と語っている。だが、これはエンゼルスにとっては脅威としか言えない背景もある。

「DH&先発投手」の起用法がナ・リーグでも出来るようになることは、大谷の移籍の選択肢が増えることに直結する。だから、米メディアは既にこんな報道もしている。

『エンゼルスがこのオフの補強に失敗すれば、大谷はドジャースにさらわれるだけだ』

“責任重大”なエンゼルスの補強プランとは?

 23年シーズン終了後に大谷はフリーエージェントの資格を取得する。エンゼルスが勝てるチームへ生まれ変わるための時間的猶予は多くない。勝負はこのオフ。ペリー・ミナシアンGMをはじめとする編成責任者の責務は重い。

 来季、3年契約の最終年を迎えるジョー・マドン監督は、シーズン終盤にあくまでも現場を預かる身として、このオフの補強プランを口にした。

「来季も今季同様に先発6人制が基本線。実績あるベテラン先発投手を2人加えることに成功できればいいと思っている。遊撃手は130試合に先発出場できる選手が理想的と思っている」

エンゼルスのマドン監督

膨らむ予算…それでもエンゼルスは結果を残さなければいけない

 先発投手2人と正遊撃手の補強。加えて抑え投手の問題もある。今季キャリア最多タイの34セーブを記録した31歳のライセル・イグレシアスはフリーエージェントの資格を取得した。既に残留交渉に入っていると聞くが、最低でも単年1800万ドル(約17億円)以上の資金が必要となるとも言われている。同様にエース級ではなくとも、計算できるベテラン先発投手2人と遊撃手の補強には最低でも4500万ドル=1500万ドル×3選手(約51億円)は必要であろう。となれば、イグレシアスを含めた4選手に6300万ドル(約71億6000万円)が必要となる。

大谷とハイタッチするライセル・イグレシアス

 エンゼルスは既に来季のマイク・トラウトに3545万ドル(約40億3000万円)、アンソニー・レンドンに3600万ドル(約40億9000万円)、ジャスティン・アップトンに2800万ドル(約31億8000万円)を保証している。この3選手だけで9945万ドルを占める中に6300万ドルを加えれば、1億6245万ドル(約184億6000万円)にまで膨らむ。この額は今季ナ・リーグ最多の107勝を挙げたサンフランシスコ・ジャイアンツの年俸総額1億5840万ドル(約180億円)を上回る。今季の総年俸が1億9810万ドル(約225億1200万円)だったことを考えれば予算内とも言えるが、補強した選手や現有戦力が全員健康で一年を過ごせる保証はどこにもない。それでも、結果を残せなければいけないシーズン。それがエンゼルスの22年だ。

選手ではなく、数字の専門家を引き抜く発想も

 ポストシーズンの戦い真っ只中、思うことも多い。公式戦ではア・リーグ最多の100勝を記録したタンパベイ・レイズが地区シリーズでワイルドカードから勝ち上がった92勝のボストン・レッドソックスに敗れた。短期決戦の難しさではあるが、レイズはチーム総年俸が30球団中26位の8300万ドル(約94億3千万円)で2年連続ア・リーグ最高勝率をマークした。強さの背景には単価の高い選手には見向きもせず、適材適所に人材を登用するマネージメント力、アイビーリーグ卒業の分析を専門とする秀才を揃えたフロント組織などがある。個人的には野球とは、選手個々が磨いた技術をもとに脳みそを使い、状況に応じたベストプレーを実践するものだと考えているが、レイズやジャイアンツの成功例を見てもわかる通り、選手に投資するだけで勝ち抜けるほど今の野球は単純ではない。

 来季、エンゼルスが絶対に負けられないと挑むシーズンならば、レイズやジャイアンツの成功を導き出した数字の専門家を引き抜いてみるのも一手だろう。そんな発想があってもいいのではないか。たとえ10人と契約しても、必要な資金はフリーエージェントの選手1人にも満たないし、贅沢税の対象となる選手総年俸にも絡まない。なりふり構わず勝つ姿勢を見せることが大谷翔平残留交渉成功の一端にも繋がると思うこの頃である。

文=笹田幸嗣

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