今月12日に埼玉スタジアムで行なわれた2022年ワールドカップ(W杯)アジア最終予選第4節オーストラリア戦は、日本代表の森保一監督にとって負ければもちろん、引き分けでも解任かという正念場だった。しかし、進退がかかった状況で開き直ったのか、思い切った采配を見せた。

致命的なミスをした柴崎に向けての意思表示

 前節サウジアラビア戦で持ち味を発揮できなかったMF鎌田大地とボランチ柴崎岳の代わりに、ボランチの守田英正と田中碧を先発で起用。システムを4−2−3−1から4−3−3へ変えた。その後も、いつになく早めの選手交代を行なう。

 そして1−1で迎えた後半40分、サウジアラビア戦で致命的なパスミスを犯し、それが失点、ひいては敗戦を招いてメディア、ファンから批判の矢面に立たされた柴崎岳を投入した。

握手で柴崎を送り出す森保一監督 ©Koki Nagahama/JMPA

 チームの浮沈がかかる場面で、その前の試合で大きな失敗をした選手を起用するのは、その選手をよほど信頼していないとできる業ではない。万が一、彼がまたミスをして試合を落とすようなことがあれば、大変なことになっていた。前述した通り森保監督は解任されていただろうし、柴崎の代表でのキャリアもそれで終わっていたかもしれない。

 それほどのリスクを負いながらの起用で、「誰が何と言おうと、お前のことを信頼している。俺のチームで、お前は重要な選手なんだ」という強いメッセージを柴崎へ送ると同時に、チーム全体に対して「一度や二度、ミスをしたくらいで、俺は選手を見捨てない」という意思表示をしたのではないか。

投入から1分1秒後のゴールは偶然ではないはず

 ピッチに入った柴崎は、普段と変わらぬ落ち着いた表情をしていた。中盤の左サイドに入ってパスを受けると、前方の浅野拓磨へ預けて前へ。浅野からのリターンはインターセプトされたが、積極的な姿勢を見せた。5日前のミスを精神的に引きずっていないことが窺えた。

©Kiichi Matsumoto/JMPA

 そして41分、CB吉田麻也からの精度の高いロングパスを左サイドで受けた浅野が見事なトラップでボールを前へ運び、DFを振り切って左足でシュート。GKが左手で弾くと、ファーサイドのゴールポストに当たって跳ね返る。FW伊東純也、CBアジズ・ベヒッチ、FW古橋亨梧の3人が猛然と詰め、ベヒッチが咄嗟にクリアしようとしたがボールは左足に当たってゴールへ。記録はオウンゴールだが、選手たちのがむしゃらなプレーが実って勝ち越した。柴崎の投入から、わずか1分1秒後のことだった。

 これは、決して偶然ではないだろう。

 監督が腹を括った采配を振るい、起用された選手も吹っ切れたようなプレーを見せた。これら一連の出来事が、チーム全体を鼓舞しないはずがない。

出場のなかった原口や谷、途中交代した長友や南野らもベンチで戦っていた ©Takuya Kaneko/JMPA

 日本のオーストラリア戦の内容が完璧だった、とは言いがたい。序盤に先制した後、追加点を奪いにいく姿勢が希薄だった。後半、守備陣の複合的なミスから非常に危険な位置でFKを与え、完璧なキックで追いつかれた。それでも、チームとしての総合力を発揮して辛うじて勝利を収めた。

死ぬまでミスを許してもらえなかった守護神の苦悩

 そんな試合において森保監督が柴崎を投入したようなケースは、世界でもほとんど例がないのではないか。

 たとえば、フットボール王国ブラジルのメディアと国民は、選手、監督のミスに対して日本以上に厳しい。重要な試合で重大なミスをした選手や監督は、徹底的に糾弾される。

 1950年の自国開催のW杯最終戦で、ブラジルは宿敵ウルグアイに引き分け以上なら初優勝を達成するという有利な状況にあった。しかも、後半開始直後に先制。この大会のために建設されたマラカナン・スタジアムを埋め尽くした20万人の大観衆は、悲願達成を確信した。

 しかし後半、ウルグアイは快速右ウイングのギッジャがクロスを入れ、MFスキアフィーノが蹴り込んで同点。その後、ギッジャが再び右サイドを突破し、スキアフィーノがゴール前へ詰める。「1点目同様、またクロスを入れてくる」と予想したGKバルボーザが一歩前へ出ると、ギッジャが意表を突いてシュート。これがニアサイドを破り、ウルグアイが逆転した。その後、ブラジルは必死に反撃したがゴールが遠く、まさかの逆転負けを喫してしまった。

「マラカナンの悲劇」で知られる1950年W杯決勝。ブラジルのGKはバルボーザ ©Getty Images

 この敗戦は「マラカナンの悲劇」と呼ばれ、バルボーザは国内メディアと国民から「敗戦の責任者」とみなされた。「黒人は人間的な成熟度が足りないから、困難な状況になるとミスをする」という人種差別的な声すらあった。

 W杯後に就任した監督は、バルボーザを代表から外し続ける。ようやく3年後、南米選手権に招集されて1試合だけ出場したが、それが代表での最後の試合となった。

 バルボーザは、死ぬまでウルグアイ戦のミスに苦しんだ。「ブラジルの刑法では、懲役の最長期間は30年と聞く。しかし、私は罪を犯したわけでもないのに、40年以上たっても許してもらえない」と涙を流した。

元鹿島監督セレーゾはW杯のミスを「触れたくない」

 1970年代後半から80年代前半にかけてジーコ、ソクラテス、ファルカンと共に「黄金のカルテット」と賞賛された名MFトニーニョ・セレーゾ(引退後、2000〜05年と2013〜15年に鹿島アントラーズの監督を務め、2000年と2001年のJリーグを制覇)も、W杯での一度のミスを厳しく批判された。

 1982年大会2次リーグ最終戦・イタリア戦の前半、不用意な横パスをイタリアのCFパウロ・ロッシにさらわれ、これが失点に結びつく。ブラジルは敗退し、セレーゾのミスがその原因の1つとされた。

1982年W杯イタリア戦でのトニーニョ・セレーゾ ©Getty Images

 その後3年間、セレーゾは代表へ招集されなかった。1986年W杯でブラジルを率いたのは1982年大会と同じ名将テレ・サンタナ(サンパウロを率いて1992年と93年にクラブ世界王者)だったが、セレーゾを招集することはなかった。

 10年ほど前、セレーゾにインタビューする機会があった。1982年W杯のイタリア戦に話が及ぶと、にこやかだった表情が一変。「あの試合のことは話したくない」とコメントを拒んだ。

ロベカルが猛烈な非難に吐き捨てた「決別宣言」

「世界フットボール史上最高の左SBの1人」と評されるロベルト・カルロスも、2006年W杯の準々決勝フランス戦の失態で人生が変わった。

2006年ドイツW杯でのロベルト・カルロス ©JMPA

 後半、フランスが敵陣左サイドでFKのチャンスをつかみ、名手ジダンがファーサイドへハイクロスを送る。このとき、ロベルト・カルロスはなぜかストッキングを直していて、自分がマークすべきティエリー・アンリをフリーにしてしまった。アンリがクロスに合わせて走り込み、右足で決めてフランスが先制。これが決勝点となった。国中から猛烈な非難を浴びたロベルト・カルロスは、「もう二度と代表ではプレーしない」と吐き捨てた。

罵倒されながら捲土重来を果たしたドゥンガ

 しかし、例外的に、国中から痛罵されながら、捲土重来を果たした選手がいる。闘将ドゥンガ(1995年から98年までジュビロ磐田で活躍。1997年のJリーグで優勝してMVP)である。

ジュビロ時代のドゥンガ ©Takao Yamada

 1990年W杯に出場し、中盤の守備の中心的な役割を担った。しかしラウンド16、宿敵アルゼンチンとの試合で、ブラジルは圧倒的に攻めながらカレッカらの決定的なシュートがバーやポストに嫌われる。終盤、コンディション不良でそれまで全くチームに貢献できていなかったマラドーナが、突然、自陣からドリブルを開始し、ドゥンガらを振り切ってCFカニーヒアへ絶妙のパス。GKと1対1となったカニーヒアが決めてアルゼンチンが先制し、これを守り切った。

 この敗戦の大きな責任がドゥンガにあったとは思えなかったが、守備的だったチームの象徴としてセバスチアン・ラザローニ監督とともにメディア、国民から猛烈な批判を浴びた。

 以来、ラザローニ監督への評価が急落。国内ビッグクラブのほとんどが見向きもしなくなった(このような事情もあって、2001年から02年まで横浜F・マリノスを率いた)。

闘将ドゥンガでも誹謗中傷は「つらかった」

 1990年W杯後、ドゥンガも代表への招集が途絶えたが、イタリアやドイツの中堅クラブで黙々とプレー。約2年後、代表へ復帰する。以後、再び中心選手となり、主将も務めた。1994年W杯で優勝すると、鬼の形相でトロフィーを掲げながら「馬鹿野郎!」と絶叫。それまでの鬱憤を晴らした。

1994年W杯で優勝し、トロフィーを掲げるドゥンガ ©Getty Images

 数年前、ドゥンガにインタビューした際、1990年W杯アルゼンチン戦後に受けた誹謗中傷について尋ねた。

 彼は、「本当につらかった。自分だけでなく、家族まで苦しめられるんだから、まるで地獄のようというか……。ただ、自分はプロだから、負けたら批判を受けるのは仕方がない。それで意気消沈せず、『必ず見返してやる』という強い気持ちで努力を続けること。それが大切なんだ」と気迫に満ちた表情で語っていた。

森保監督は温情で起用したわけでないはず

 オーストラリア戦で森保監督が柴崎を投入したような選手起用は、二度もクラブ世界王者に輝いたテレ・サンタナですらやっていない。

 しかし、森保監督は単なる“温情”で柴崎をピッチへ送り出したわけではないはずだ。監督が明確な意図を持った采配を振るい、選手たちがそれに応えて勝利をつかんだことは、今後の日本代表にとって極めて大きな意味を持つのではないか。

森保監督と柴崎はサウジ戦前に対話もしっかりとしていたようだ ©JFA/AFLO

 生身の人間だから、誰でも時には思わぬ失敗をする。しかし、選手、監督、そして我々も、ドゥンガが発揮したような反骨精神で心を奮い立たせ、逆境を跳ね返さなければならない。

文=沢田啓明

photograph by Kiichi Matsumoto/JMPA