10月14日、日本バレーボール協会が理事会を開き、バレーボール女子日本代表の監督に眞鍋政義氏の就任が決まった。眞鍋氏は2016年まで監督を務め、2012年のロンドン五輪ではオリンピックで28年ぶりの表彰台となる銅メダルを獲得。2016年リオデジャネイロ五輪で準々決勝敗退に終わったあと退任した。

 女子日本代表は、中田久美監督が率いた東京五輪で、25年ぶりの1次リーグ敗退に終わり、大会のあと中田監督は退任。後任に注目が集まっていたが、眞鍋氏が5年ぶりに監督に復帰することになった。

 監督の選考にあたっては、監督推薦委員会を4度開催し、当初5名が候補者としてリストアップされたという。その中から絞り込み、面接も踏まえた上で多数決で眞鍋氏の推薦が決まる、という過程を経た。

 日本バレーボール協会の嶋岡健治会長は眞鍋監督の強みとして「ロンドンの経験があり、Vリーグの関係者から情報もたくさん得られる」点をあげている。

3年で日本女子を再建するために

 パリ五輪まではあと3年、オリンピックへの出場権を懸けた試合のスケジュールも当然、より早い段階に組まれる。東京では厳しい結果に終わっており、再建の時間は決して多くはない。そのため、手腕が未知数であるよりも、オリンピックでのメダルという実績を残し、プロバレーボールクラブチーム「ヴィクトリーナ姫路」オーナーを務めるなど国内事情も把握している点を重視したことがうかがえる。

 嶋岡会長は「身長が低い中スピードで対抗し、レシーブで頑張るという中田監督のやってきたことは間違っていない」と東京五輪を総括する。そして、その延長線上での強化を希望している。

 身長の違いが影響するバレーボールで上位を目指すには、相対的に身長が高い海外の強豪国を相手に対し、日本がどこに活路を見い出すか、模索せざるを得ない。眞鍋氏自身、ロンドン五輪ではデータを活用した「IDバレー」を打ち出し、さらにトスからスパイクに至る時間の短縮を試みた。相手のブロックが整う前に攻撃しようという意図があった。

 ロンドン五輪後、さらなる飛躍のために打ちだしたのが、通常は2人置くミドルブロッカーを1枚削り、アタッカーを1人増やす戦術だった。日本はミドルブロッカーの得点が低い傾向にある、それなら減らしてアタッカーを増やし、攻撃を多彩にしようという試みだった。

 眞鍋氏は2014年に「これまで3度のオリンピックでの(男女の)金メダルは、すべて新戦術で獲得しています」と語っている。今回もまた、どこに活路を求めるか、追求することになるだろうし、身長の差をどう埋めるかを考える点では、中田監督と相通じる。

 どのような戦術をとるにせよ、建て直すにあたって、ポイントの1つとなるのは、いかに戦術のディティールを詰められるか、そしてチームの結束を築けるかだ。東京五輪では、戦術の精度を突き詰めきれなかった感は否めないし、メンバー間にも温度差があったのではないか。勝利への執念という点でも、一様ではなかったように感じられる。

 ロンドン五輪の時はIDバレーを軸に、また、選手にアドバイスをする際、データを活用しながら行なうことで説得力を持たせ、理解を得ることで選手から信頼を得て求心力を生みだすことに奏功した。成功体験は今回いかすことができるはずだ。

竹下佳江のような“軸”は見つかるか

 もう1つは、セッターの問題だ。眞鍋氏がロンドンへ向けて就任したときには豊富なキャリアを持ち、選手からも信頼を置かれていた竹下佳江がいた。いわば、軸となる存在がそもそもあった。ただリオへ向けては竹下が引退し、それにかわるだけの存在感を持つセッターが育ってこなかったのは否めない。

 そして中田監督になってからは、当初は冨永こよみ、佐藤美弥、宮下遥、その後は田代佳奈美、冨永、佐藤……というようにリオ代表だった宮下と田代を含め、さまざまな形を試しながら、軸となる選手が定まらなかった。最終的には、今年になって初招集した二十歳(大会時)の籾井あきがオリンピックの正セッターとなったが、時間が足りなかったため、周囲と合わせ切るまでには届かず、また緊張から本来とは異なるプレーぶりも見られた。

 正セッターに近いところまで来た佐藤が五輪延期となったことから昨年引退し、また籾井は帰化を待たなければならなかった事情もあるが(註:高校時代までペルー国籍だった)、より緻密な戦いが求められる以上、柱となるセッターが最後まで見つけられずに来たことには変わりない。

 この「日本の司令塔を誰が担うか」については眞鍋氏が直面する課題でもある。

 ロンドン五輪に挑んだときとは状況は異なる。その中でどう、新しい日本代表を組織していくか。時間との闘いはすでに始まっている。

文=松原孝臣

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