フィリップ・トルシエに電話をかけたのは、W杯アジア最終予選第4節、日本対オーストラリア戦が終わった直後の埼玉スタジアムからだった。メディアセンターのモニターでは、フラッシュインタビューに答える森保一監督の姿が映っている。トルシエの口調は、4日前のサウジアラビア戦の後とはまったく異なっていた。難敵オーストラリアを下し、日本が予選直接突破の戦いに踏みとどまった試合に、トルシエは何を見出したのか。

――今日は日本が勝ちました。

「勝ったし、試合をトータルで見て勝利に値した。

 この試合にはいくつかの重要なテーマがあった。まずオーストラリアにとっては、勝てば日本を直接突破の圏外に葬り去ることができる。逆に日本は、勝てば突破争いに復帰できる。それが第一のポイントで、この試合が持つ大きな意味だった。選手と監督の両肩に大きなプレッシャーがかかる試合だった。

 次に強調したいのは、日本の先制点がとても早い時間帯に決まったことだ。このゴールが日本に自信を与えたのは明らかだった。サポーターにも選手を信頼する雰囲気が生まれ、それはプレッシャーを取り除く効果があった。選手もサポーターも試合を見守る日本国民も、あのゴールで大きな自信を得た。

前半8分に田中碧が先制点を挙げ、日本は落ち着いて自分たちのサッカーを取り戻した

 さらに第三のポイントとして言いたいのは、そうはいっても試合は拮抗していたことだ。日本はサウジ戦からいろいろ変えてアグレッシブなスタイルを選択し、積極的にプレスをかけて、自らイニシアチブをとってゴールチャンスを作り出した。

拮抗を打ち破った日本の力

 だが、それでも試合は拮抗していた。オーストラリアにはゲームの流れに対処できる成熟があった。日本に支配されながらも、彼らは危険な存在であり続けた。だから繰り返すが、日本が優位に立っていたとはいえ試合は拮抗していた。

 伊東は個の能力と役割で、オーストラリア守備陣を後退させた。彼はそれぞれのシーンで、オーストラリアの守備ブロックを後退させる役割を担っていた。それも重要なポイントのひとつだった。

 次のポイントは同点にされたことだが、追いつかれても日本は動揺しなかった。平静さを保ち続けたのは、森保のコーチングがあったからだ。彼のコーチングが違いを作り出した。特に浅野の投入がそうだった。もうひとりの11番も……、彼も素晴らしい選手だ」

――古橋です。

「大迫もとても良かった。彼のパフォーマンスは素晴らしかった。

 同点になってもチームは慌てることなく、森保のコーチングは適切だった。強調すべきはそこで、チームに落ち着きを取り戻させて自信を与え、様々な攻撃のオプションを提供した。

 浅野のゴールは素晴らしかった。ディフェンダーの接近を意識しながら正確にボールをコントロールした。本当に素晴らしいゴールだった(公式記録はオウンゴール)。

 この勝利で日本は予選突破争いに復帰した。3位(試合終了時点。現在は得失点差でオマーンに次ぐ4位)とはいえ上位2チームとの関係では好位置につけることができた。3位ならば直接突破の可能性は十分にある。すべてはこれからだ。

後半33分に投入された浅野。わずか8分後には日本を窮地から救う大仕事をした ©JMPA

 ただ、ここに至るまでの過程で、日本はアジアにおける優位とオーラを失った。ほぼすべての選手がヨーロッパでプレーしているにもかかわらず、チームはしばしば未熟さを露呈した。ここまでの20年なり30年の歴史がありながら、オーストラリアのような成熟を示すことができなかった。日本は彼らに比べ少しナイーブで未成熟だ。オーラとキャラクター、パーソナリティの多くを失った。このチームにはリーダーがいない。本田のように、チームに多くをもたらす選手だ。

 試合はひとつひとつが異なり、それぞれの試合にそれぞれの真実がある。チームは4日間で立ち直った。森保が3人選手を代えて先発させたのは彼の責任の下においてだった。チームはとてもよくプレーし、最後の20分間の森保のコーチングも的確だった。それが日本に勝利をもたらした。サウジ戦の後に森保は厳しい批判に晒されたのだろうが、この試合で彼は試合の価値に見合う仕事を成し遂げた」

チームに戻ったフラム(情熱)

――サウジ戦であなたは、このチームにはフラム(情熱、炎などの意)が欠けていると言いましたが、今日の試合ではそれは感じられましたか?

「コレクティブな面では十分に感じられた。選手個々は話が別だが、コレクティブにはグループを再び見出すことができたし、連帯感も存分に見られた。

 対戦したのが素晴らしいチームであったことは忘れてはならない。オーストラリアも能力の高さを存分に示した。彼らは屈強だった。

 2点目を決めた瞬間に、控えの選手やスタッフも全員が喜びを表して、そこには一体感が感じられた。フラムが本当に灯ったのは2点目が決まった瞬間だった。このフラムこそは、日本がこれからも自信を持って戦い続けていくための原動力だ。サウジ戦にはなかったアグレッシブさやプレッシングが、日本のフラムを示していた。サウジ戦では何の戦略もプレスもアグレッシブさもなく、相手を自由にプレーさせていた。サウジを困惑させることができなかったが今日は違った。チームは連動し、オーストラリアを混乱に陥れた」

――自信を回復したのは間違いないですが、まだ勝ち点で追いついたわけではありません。また11月の2試合も、初戦までの準備時間は2日しかなく状況は変わりません。

「たしかに準備は簡単ではないが、それでも今日はさまざまなものを蓄えることができた。その第一が自信であるのは明らかだが、戦術面でも選手たちは素晴らしい仕事を成し遂げ守備も悪くなかった。酒井や吉田、長友、冨安、遠藤、権田らはチームの骨格を成していた。お互いをよく知り、誰かが欠けたら次は少し困るかも知れない。彼らが一緒にプレーする限り、準備に1週間は必要ない。2日のトレーニングでコンビネーションを構築できるだろう。彼らはプロフェッショナルだ。その点で私は心配していない。

 重要なのはチームが勝つことだ。それも素晴らしい相手に。オーストラリア戦の勝利は、それだけで素晴らしい成果だった。オーストラリアとの試合は常に厳しい。その試合に適切な戦い方で日本は勝った。

日本は自信を回復した

 日本は困難を乗り越えた。アグレッシブな戦い方でコレクティブな統一感も見せた。攻撃的なプレーでチャンスも多く作り出した。選手では伊東と浅野が相手ディフェンスを後退させ、個の力でプラスアルファを作り出した。ディフェンスは強固で森保のコーチングも良かった。そうしたすべてが一体となって日本は自信を回復し、さらに道を進む力を見出した。たしかに道はまだ長いしそれぞれの試合は簡単ではないが、数字の上では突破のための戦いに復帰することができた。もちろん今後はホームにサウジを迎え、アウェーでのオーストラリア戦が控えている。オーストラリア戦は最終戦ではなかったか?」

予選突破の希望ふくらむ貴重な勝利に、ハイタッチを交わすキャプテン吉田と森保監督 ©JMPA

――いえ、そのひとつ前です。最終戦は日本がホームでベトナム、オーストラリアはアウェーでサウジアラビアです。

「オーストラリアにとっては難しい2試合だ。つまりまだすべてが可能ということだ。日本での反響はどうなのか?」

――この試合についてはまだわかりませんが、満足していると思います。

「試合前はどうだったのか。森保の解任を求めていたのではないか?」

――試合前はそうでした。多くのメディアが彼に批判的で、後継者を誰にするかでいろいろな名前を挙げていました。ほとんどが日本人で外国人の名前も少しありましたが、それも一段落するでしょう。

 今日の最後の質問です。先制点は田中碧が決めたものですが、彼は東京五輪の新星のひとりでした。

「素晴らしいゴールだった。彼はどこでプレーしているのか?」

――ドイツのデュッセルドルフです。その前は川崎……。

「田中は素晴らしかった。中盤の3人、守田と田中、遠藤はいずれも良かった。それから大迫もだ」

――大迫はどの点で良かったですか?

「テクニックもそうだが強さがあり、オーストラリアのディフェンスを相手に決して負けていなかった」

――ゴールのチャンスは逃しましたが悪くなかったと思います。

チームにいまだ欠けているもの

「そこが彼の問題だ。彼はあまり効率的ではない。サウジ戦でも少なくとも1点は取れたし今日もそうだ。だがそれは自信があるかないかによるもので、私は心配していない。

サウジ戦に続き、決定機を生かせなかった大迫。トルシエは「心配していない」という ©JMPA

 日本には優れた選手がたくさんいる。足りないのはパーソナリティだ。リーダーもいない。チームを導くリーダーが不在だ。選手はちょっとナイーブで、南野はいい選手だが内気だ。また監督もリーダーではない」

――テクニカルスタッフもみなジェントルマンで大人しいです。

「個性の強さやオーラは感じられない。グループのイメージがそうだ。影が薄く、存在感に乏しい。面白みがないし刺激が足りない。いい教育を受けとても人当たりがよく礼儀正しいが刺激には欠ける」

――その通りだと思います。

「だからこそ中田英寿や本田のように、刺激とプラスアルファをもたらす存在が必要だ。森保にもそうしたリーダーシップはない」

――彼はタイプが違いますから。

「次の試合は11月か?」

――はい。2試合ともアウェーで最初がベトナム、次がオマーンです。

「勝ち点6が絶対に必要な試合だ。ベトナムは今はそう良くないが、それでもベトナムで戦うのは簡単ではない」

――ただ、まだ100%決まったわけではないです。カタールでやる可能性もあります。

「その方が日本にとってはいいだろう。君は今どこだ?」

――スタジアムです。しかし11月はどちらも行かないと思います。

「コロナでベトナムに入るのは難しい。その方がいいだろう」

――とても大変です。メルシー、フィリップ。

文=田村修一

photograph by Takuya Sugiyama