W杯優勝で日本列島が「なでしこフィーバー」に沸いてから、10年の月日が経過した。翌2012年のロンドン五輪でも銀、15年のW杯でも銀メダルを獲得。その歩みは順調かと思われた。だが、澤穂希ら主力が代表を去った16年のリオ五輪ではまさかの予選敗退。19年のW杯でもベスト16で大会を終えている。

 世界を席巻した日本の女子サッカーは、一時期の勢いを失いつつあった。

 迎えた東京五輪、左サイドから攻撃のタクトを振るったのが長谷川唯(24)だった。苦戦の中でグループリーグを突破するが、ベスト8でスウェーデンに敗れた。結果以上に、試合内容でも世界との差を感じさせる大会だったことは否めない。

 現在はイングランドのウェストハムに籍を置く長谷川だが、12歳から昨年まで日テレ・ベレーザで研鑽に励んできた。そんな長谷川の高校時代にコーチとして指導したのが、Kリーグの蔚山現代FCのフィジカルコーチとしてACL優勝という異色の経歴を持つ津越智雄(42)だ。現在はJ2・FC町田ゼルビアのフィジカルコーチを務める津越は、筑波大学にて体のメカニズムを学んだ。卒業後はJクラブや海外で独自の理論を伸ばした、いわばフィジカルのエキスパートでもある。

蔚山現代FC(韓国)ではACL制覇も経験した津越智雄コーチ。元G大阪などで活躍したFWイ・グノと(本人提供)

 女子サッカーが世界で勝てなくなったのは、フィジカルの差が開いているからではないか――そんな問いを投げかけると、長谷川は現在の代表に対して「強い危機感を持っている」と述べ、津越はかつてのなでしことの差異を静かに語り始めた。2人の対談から、フィジカル的な側面から見たなでしこジャパンの現在地と未来を探る。

◇◇◇

長谷川唯(以下:長谷川) 津越さんお久しぶりです。女子クラブ選手権2019の際に韓国でお会いして以来で。今でも津越さんがコーチだった13年のトレーニングは鮮明に覚えていますよ。あれはホントにキツかった。それで翌年以降もあのキツいメニューがベレーザでは残っていて(笑)。

高校1年生でトップチームにデビューした長谷川唯(2013年3月)(c)YUTAKA/AFLO SPORT

津越智雄(以下:津越) 今思うと直接接したのはわずか1年だけだったんだよね。当時のヴェルディは男女どのカテゴリーでも見られる環境だったから、唯のことは随分前から見ている感覚で。昔から淡々とやるべきことをやれる芯の強さがあって、あの年齢で自己が確立されていたのが印象的だった。それが今では日本代表の中心で、世界的なゲームメーカーになった。教え子の活躍を凄く嬉しく思う。早速だけど、東京五輪の結果についてはどう捉えている?

長谷川 もちろん悔しさもあるんですが、それよりも今後の代表への危機感というのが先にきて、19年W杯の時よりもそれが大きくなりました。五輪を振り返ると、まず一番に出てくるのが戦術の部分。数年前から海外では男子のような縦に速い戦術を取り入れるチームが増えてきました。それが東京五輪ではより顕著となりました。

 私の意見ですが、今回の代表ではまだまだ感覚的にサッカーをやっている部分も大きく、そういったサッカーに対する理解も全然足りなかったと思います。

津越 外からの視点だと世界的に技術や戦術理解が急激に進み、単純な身体能力の差が結果を分けている面も大きいと思う。そういったフィジカル的な差については、どう向き合っていた?

長谷川 個人的なところでいえば、3年ほど前から本格的にフィジカルトレーニングに取り組み始めたんです。特にスピードやコンタクトの部分でその成果は感じていて、自分のやりたいプレーが出来るようになってきました。それだけにもっと早くやっておけば良かったと心底感じていて。代表では、4年くらい前からフィジカルに対する意識が変わってきましたね。ただ、個人の意識の差がかなり出来ているのも現状です。

津越 当時の日本の女子サッカーはプロ選手の数も限定的で、ベレーザのようなトップクラブですら、限られた時間の中でどうしても技術・戦術練習を優先する傾向があった。

長谷川 はい。チーム毎に環境の差はどうしてもあり、代表から自チームに戻った時にどれだけ出来るか、また見てくれる人などやれる環境があるのかは課題です。

 ウェストハムはリーグの中では中位から下位相当のチームですが、それでもリカバリーの施設がすごく充実していてアイスバスだったり、リカバリーのブーツも完備されています。体のケアがすごくやりやすいという、男子のような環境があるんです。イングランドに来てから、そういった女子サッカーを取り巻く環境についても感じるところはありますね。

BMIに見る強豪国との体格差

津越 11年W杯のメンバーと今回の代表を比較すると、数字上で明確な差があった。それはBMI(Body Mass Index/編注・体重と身長から算出する肥満度を表す体格指数)に表れていて。11年の時はアメリカ代表と比べて身長では8cmほど下回っているのに、BMIはほとんど差がなく21.2程度だった。

 ところが今回は20.4で強豪国との開きが大きくなっていた。スピードや持久力以前に単純な筋肉量が足りなかったという風にも捉えられる。そのために戦術的にもフォーメーション的にも縛りが生まれ、本来のなでしこの良さである技術を活かせなかった面もあるんじゃないかと。

長谷川 単純な体格差はどうしても感じます。特にスピードが顕著で、走る距離が長いと本当にどうしようもないくらい差がついちゃう。ただ、そこで海外の選手を上回るのは絶対に無理だな、とも思うんです。

ウェストハムで主力としてプレーする長谷川唯。海外でプレーしたことでポジティブな発見も多いと語る (c)Getty Images

 その一方で、海外に出たことで見えた日本の良さもあって。一瞬のスピードだったり、ポジショニングや駆け引きの上手さは日本の方が上ですよ。あと海外の選手がすごく食べるか、というとそうでもなくて。たぶん私の方が食べています(笑)。

津越 今回の代表を見ていると、サイドには推進力がある選手がいて、中盤にもゲームを作れる選手が揃っており、DFの質も高かった。その一方で前線にボールが収まる選手がいなくて、技術を活かせる選択肢が限定され、攻撃が手詰まりになっているように見えた。他のポジションはまだしも、FWには攻撃の起点となる強さと速さがある選手が必要で、そこは換えが利きにくい。11年には安藤梢選手や永里優季選手がいて、そこは海外の選手相手でもボールが収まった。だから多彩な攻撃が出来ていたし、身体的な強さも感じていた。

長谷川 U-20で優勝した若い世代からは、スピードに技術やパワーもあって、という選手が日本でもだんだん増えてきています。ただそれに対して海外の選手たちの技術の部分、判断力だったり、戦術理解のスピードの方がより上回っているというか。もちろん日本も成長している部分もありますが、それ以上に海外の成長スピードが速い。

 例えばサイドチェンジ1つとっても、男子なら1発でいくところが女子だと何箇所か経由して、となる。それは筋力的な強さも関係してきますよね。でも、イングランドでは1発で通す選手も多い。そういった部分が世界との差になってきているのかな、とも思います。

津越 永里選手がドイツのポツダムにいた時(10-13年)にドイツで話して、この頃からサイドから逆サイドへ1発でバンバン蹴れる選手が既に出てきていると言っていた。あの時からさらに時代が進み、女子サッカーのスタイル自体が変化してきている。

長谷川 そうですね。ブチさん(岩渕真奈/アーセナル)が五輪後に話していたのが、「出られる選手はなるべく(海外に)出た方がいい」ということでした。もちろんそれが全てではないんですが、身体的な強さや寄せのスピードといった基準を感じるためにも、外に出る経験も必要だ、と。

競技人口は増えたことでの課題

津越 逆説的だけど、11年W杯メンバーはキャリアでベレーザを経由した選手が多い。彼女達に共通していたのは、小中学生くらいまで男子に交じって、男子のスピードの中でやっていたということ。今は競技人口が増えて、小中学生などは女子同士で戦うケースの方が多い。そういった流れに変わりつつあるけど、やはりより速いスピードの環境に身を置くことは重要で。もちろん競技の普及は大切だけど、強化の視点で見ると別の問題が生まれている。

 澤穂希さんや阪口夢穂選手らが海外選手にも球際で競り勝っていたのは、身体的な強さに加えて、そういったスピード感覚に対する慣れも大きかった。

長谷川 国内ではそこまでコンタクトが強くないし、代表クラスの選手だとそこで負けるという経験もあまりないですよね。世界で勝っていくには戦術やサッカー理解を深めることも大切ですが、最低限のフィジカル的な強さは必要だと思います。今の日本の選手達が、最大限やれることを全てやった上でのフィジカルかと言われると、やっぱりまだまだ出来ることもあるし、やるべきこともある。だからこそフィジカルの底上げは必要だと思うし、イングランドに来てその思いも強まりました。

(c)Getty Images

 逆に津越さんに聞きたいんですが、男子と女子でトレーニングに対するアプローチは違ったりするんですか?

津越 試合における活動パターンを比較しても、男女に差はみられなくて、基本的にはアプローチの仕方は、同じ。ただ高強度のランニングやスプリントに差がある。あと、脳が指令を出してから、体が動作を行って最大パワーに到達するまでの速度には男女で大きな差があって。女子の場合は膝の靭帯を怪我する選手が多いけど、それは瞬間的な速さに体が遅れることが原因の1つでもある。

 だから、スピードに乗った状態で加速、減速を繰り返したり、反射・反応を高めるトレーニングの比重を多くしたりは意識していたかな。あとは最大パワーをあげるウェイトトレーニングや体幹トレーニングも大切になってくる。

長谷川 海外のFWとの体格の差もトレーニングで埋めていけると考えますか?

津越 もちろんナチュラルな素材も大事だけど、適度な年齢から筋トレを積み重ねていけばある程度までは可能だと思う。

 ポストプレーヤーとしてボールを収められる選手の条件として、体の強さだけではなく、技術など複数の要素が絡む。無酸素能力を評価するテストにおいても、最大パワーに到達するのに、男子と女子選手との差があるという結果が出ている。でも、もし反応を0.1秒でも縮められたら、到達点まで行くのが早く、ボールを受ける時間が作れる。ジャンプ系など瞬間的に最大パワーを発揮するトレーニングは、女子の場合はより有効性が高いと考えていて。そういったアプローチで物事を考えるのも1つの手じゃないかな。

長谷川 なるほど。ちなみに……小さい頃から縄跳びトレーニングを継続してるんですが、どう思いますか?

津越 縄跳びはめちゃくちゃオススメ。ジャンプ力の強化だけでなくて、瞬間的なスピードもつくから、特に体格が小さめなアジア人には合っていて。韓国では男女問わず幼少期から日常的に縄跳びトレーニングを取り入れていたりもするよ。

長谷川 ですよね! 縄跳びの良さをずっと伝え続けているんですが、ベレーザでもみんなやってなくて。こっちに来てチームでもアンクルホップはトップクラスなんですが、たぶん縄跳びのおかげです。スピードもつくし、子供が出来たら絶対縄跳びさせます(笑)。

津越 頑張れ(笑)。次のW杯でもパリ五輪でも唯はチームの中心として引っ張っていく立場になると思うけど、自分の経験や感覚を若手にどう伝えていこうと考えている?

フィジカルの大切さを痛感した東京五輪

長谷川 私自身背が低くて、常にそこをどうカバーするか考えてプレーしてきました。若い世代は本当にフィジカルの高い選手も出てきていて、彼女たちが代表に来た時に、その基準のフィジカルだけで通用させてはいけないな、と個人的に思っています。海外の基準も考えてやらないと、これから先は通用しないということも自分のプレーで見せていくつもりです。

(c)Takuya Kaneko/JMPA

 今回の五輪でフィジカルの大切さが身に沁みました。もちろん人によって合う、合わないもある。それをやる、やらないも個人の判断ですが、私としてはしっかりと伝えていきます。フィジカルだけで勝負させないのも日本やスペインの良さですが、努力でできるところまでは上げていくことでサッカーの選択肢が広がる。それがチームとして浸透してくれば、日本の強みである駆け引きやポジショニング、技術で先手をとっていけるんじゃないかな、と思っています。

津越 基本のフィジカルベースを上げて、日本のプラスアルファが出せれば結果は変わってくるという期待感もある。そういった意味でも、唯のイングランドでの経験を女子サッカーに還元して欲しいね。

――お二人とも長時間に渡りありがとうございました。

文=栗田シメイ

photograph by Getty Images