2021年10月19日、「平成の怪物」松坂大輔が現役最後のマウンドに上がりました。数々の栄光のスタート地点となった1998年、甲子園での春夏連覇を成し遂げた横浜高校時代の盟友で正捕手、小山良男が当時を振り返った記事を再公開します(初公開:2017年5月9日、肩書などすべて当時)

 なぜ「松坂」という固有名詞には「世代」という単語が続くことになったのか。今回、特集の取材に出る前にふと疑問に思った。

 王貞治、江川卓、清原和博、松井秀喜……。松坂大輔より前にも甲子園に怪物はいた。だが、それはあくまで個人を指すものであり、周囲からあまりにも突出し、それだけで認知される固有名詞が独り歩きする様が怪物性をより浮き彫りにしていた。

 だって、みんなと肩を組んで歩く怪物なんて、それっぽくないではないか。にも関わらず、妙にしっくりと響く「松坂世代」という言葉の正体は何なのか。それが知りたかった。

 世代の中でおそらく投手としての松坂と、最も“対話”を重ねた選手は小山良男ではないだろうか。横浜高校の主将であり、正捕手だった彼は春夏連覇のフィナーレまで、言葉だけではなく白球も介して、その心情を受け止めてきた。そんな小山が19年経った今も松坂に聞きたくて、聞けないことがあるという。

松坂は、小山のリードに1回も首を振らなかった

 今年4月、桜が散り始めた頃、コーチとしてノックバットを握るナゴヤ球場に彼を訪ねると、はにかみながらこう語った。

中日でコーチをしていた頃の小山氏(2017年) ©Sports Graphic Number

「(サインに)1回も首を振られた記憶がないんですよね……」

 今なお鮮明なのは1998年夏の甲子園、死闘として語り継がれるPL学園との準々決勝だ。この試合が延長17回にも及んだ大きなポイントの1つに、横浜が1点リードで迎えた延長11回、2死二塁の場面がある。

 PLの4番古畑和彦を抑えた横浜バッテリーは次打者・大西宏明の初球にカーブを選んだ。小山のサインに松坂がうなずいたわけである。だが、これをレフト前に運ばれて同点。死闘の幕を開けてしまったのだ。この時、一呼吸置こうとマウンドに足を運んだ小山は、そこで松坂にこう言われたという。

「大西にカーブはダメだって!」

「松坂は、自分のギアを上げることで抑えてしまう」

 今、映像を見返してみると大西に打たれた直後、確かに松坂は眉間にしわを寄せて小山に何事か言っている。申し訳なさそうな表情の女房役が、この時の心境を振り返る。

「(4番の)古畑でギアを上げて抑えて、力が抜けたところで大西に打たれた。僕の軽い配球が悪かったんです。それで怒られたんですけど、だったら首振ってくれよ、と思いますよね。投げるなよ、と(笑)」

 確かに小山の言う通りだ。春のセンバツでもPL学園と対戦した経験から「大西にカーブは危険」というデータが松坂の中にあったのであれば、サインに首を振ればいい。だが、この時も松坂はそれまでと同じように小山の要求通りに投げたのだ。なぜ、首を振らなかったのか。小山はこれまでそれを松坂に聞いたことはない。ただ、理由の見当はつけている。

「松坂は自分の中のギアを上げることで抑えちゃうんですよ。どんな球種であれ、打たれるか、打たれないかはエンジンをふかすのか、ふかさないのか。そういう自信があったと思います」

横浜高校時代の松坂 ©Sports Graphic Number

 全力で投げさえすれば、どんな球でも打たれない。もし、小山の言う通りだとすれば、凄まじい自信である。ただそうであっても、延長に入り、あと1アウトで勝てるという状況ではより確実な球種を選ぶはずだ。だから、小山の胸には期待にも似たもう1つの見当がある。

「信頼されていた? そうなんですかね。そうなら嬉しいですが……。信頼してくれていたのかな……」

投手が松坂ならキャッチャーは誰でも同じ、と言われ

 たいていの場合、圧倒的な才能は人を孤独にする。そのあまりの格差が接する人にコンプレックスを与えるからだ。そして、たいていの場合、怪物は孤高の道を行くことになる。

 小山も高校3年間、いつも松坂に対して「申し訳なさ」を抱えていたという。

「僕が壊れても他に代わりのキャッチャーはたくさんいましたよ。一番、覚えているのはサヨナラ暴投ですね。スクイズを外す時のサインを決めていなかったんですけど、僕がテンパって立ち上がった。でも、あいつはちゃんとランナーを見ていて冷静だった。僕が戦犯でした。PL戦だって僕のせいで球種がバレて……」

 2年生の夏、神奈川大会準決勝。一、三塁からのサヨナラ暴投は走者がスタートしていないのに外そうとした自分の焦りから生まれた。そして、3年夏のPL学園戦での序盤4失点は、自分の構えから球種を読まれていたのだと試合中に知った。周りの声が聞こえる。

 投手が松坂ならキャッチャーは誰でも同じ――。

 だから松坂が打たれた時はいつも自分の責任だと確信してきた。それでも松坂はいつも黙って小山のサインに頷き、1度も首を振らなかったのだ。

松坂の才能は、人を遠ざけなかった

 あのPL学園戦をあらためて見返してみて、気になるシーンがあった。延長13回2死ランナーなし。松坂のスライダーはワンバウンドになり、バックネットへ転がっていった。走者はいないのだから、通常はボールボーイが拾うものだ。だが、小山は消耗戦の最中にこれをわざわざ拾いに走った。なぜか。

「少しでも審判の方への心証を良くしたいと思って自分に癖付けていたことなんです」

 小山はコンプレックスの中でも、松坂のために汗をかこうと思った。松坂の才能は人を遠ざけなかった。嫌になるくらいの差を見せつけられるのに、なぜか追いかけて、支えたくなる。そんな怪物のまわりには敵、味方を超えていつもともに歩く仲間たちがいた。

©Hideki Sugiyama

「松坂世代」という言葉が、どうしてこんなにしっくりくるのか。小山の話を聞いていると、その理由がわかるような気がした。

「首を振らなかった理由なんて今更、聞けないですよね……」

 小山が抱える19年越しの謎。そこに答えは必要ないのかもしれない。

文=鈴木忠平

photograph by Hideki Sugiyama