Jリーグを経て世界的な名将となったあのフランス人が日本代表の監督になっていたら、この国のサッカーはどうなっていたのだろう。2021年の私たちが見ているものとは違う景色が、広がっていたかもしれない。

 あのフランス人とは、アーセン・ベンゲルである。1949年10月22日生まれの彼は、72歳の誕生日を迎えた。

 日本代表監督に就任するのではとの噂は、これまでに何度もあがっている。

最初の要請は「グランパスとの2年契約」を理由に固辞

 最初のタイミングは1995年秋だった。加茂周監督の契約を更新するか否かが議論され、Jリーグで采配をふるう3人の外国人監督が後任候補として浮上する。そのひとりがベンゲルだった。

 95年に名古屋グランパスの指揮権を託されたフランス人指揮官は、前年まで下位に低迷していたチームを優勝戦線へ引き上げた。メンタルのすさんでいたドラガン・ストイコビッチを復活させ、日本人選手を適材適所で起用し、攻守に明確なコンセプトを提示したチーム作りは、日本代表にも当てはめられるものだっただろう。しかし、ベンゲルはグランパスと2年契約を結んでおり、すぐに要請を固辞した。

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アーセナル監督時代は「トルシエを推薦」

 98年のフランスW杯終了後にも、候補のひとりにあげられた。協会幹部が「外国人なら欧州の監督かブラジル人」との見解を示すと、ベンゲルにスポットライトが当たる。

 96年秋にグランパスを離れたベンゲルは、イングランドの名門アーセナルの監督となり、在任2期目の97-98シーズンにプレミアリーグとFAカップのダブルを達成していた。ベンゲルは自らが日本にやってくるのではなく、自身と同じフランス人のフィリップ・トルシエを推薦したのだった。

 そのトルシエと日本サッカー協会は、2000年に契約更新を迎えた。続投か否かが取り沙汰されたが最終的には続投となり、一方のベンゲルは翌年にアーセナルとの契約を05年まで更新した。

 彼が代表監督就任の要請を退けてきたのは、クラブの仕事に魅力を感じているからだった。グランパスを率いていた当時には、「代表監督は、もう少し歳をとってからでもできる。でも、フルタイムでチームを作っていくクラブの仕事は、いましかできないからね」と話していた。

「世界一のチームの監督をやるよりも……」

 日本代表の監督について、ベンゲルに話を聞いたことがある。02年の日韓W杯を数カ月後に控えたタイミングで、彼に会うことができた。

「もし代表チームの監督のポストを選択する日が来たら、日本代表を選ぶと思うよ。私の母国のフランスは、98年のワールドカップで世界チャンピオンになった。もう上はないんだ。日韓W杯の結果がどうなるかは分からないが、世界一のチームの監督をやるよりも、日本代表のほうがどんなにか野心的なチャレンジじゃないか」

 しかし、ベンゲルの日本代表監督就任はついに実現しなかった。アーセナルで長期政権を築いていったことで、就任が噂されることもなくなっていった。

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 それでも、タイミングがあったとしたら──。

〈2大会のW杯〉もしベンゲルが率いていたら……

 10年の南アフリカW杯後はどうだっただろう。大会直前の不振から驚異のV字回復を遂げたチームは、2度目のベスト16入りを成し遂げた。長谷部誠、川島永嗣、本田圭佑、長友佑都、内田篤人らは、4年後のブラジルW杯へ向けて自信を膨らませていく。W杯後にヨーロッパのクラブへ移籍する選手も多く、クラブでもハイレベルの経験を積んでいった。

 世界の最先端で刺激を受ける選手たちを、ベンゲルが率いていたら──。アルベルト・ザッケローニが指揮したチームとはまた違う魅力を、日本代表は放つことができたのではないだろうか。

 14年のブラジルW杯後も、タイミングとしては悪くない。

 コートジボワール、ギリシャ、コロンビアとのグループリーグで、日本は打ちのめされた。1分2敗に終わり、選手たちは打ちひしがれていた。

 同じような状態のチームを率いた経験が、ベンゲルにはある。95年のグランパスだ。ここで彼は、日本人のメンタリティの本質に触れる。お互いを助け合って組織的に戦える一方で、失敗を恐れる傾向が強いことを知った。ベンゲルならブラジルで失意を味わった選手たちに、自信を取り戻すきっかけを与えることができただろう。そのうえで、現代的な戦術を授けることができたはずだ。

 ザッケローニからバトンを託されたハビエル・アギーレは、母国メキシコの監督としてW杯で2度指揮を執った。アギーレの予期せぬ解任で後任に指名されたヴァイッド・ハリルホジッチも、14年のW杯でアルジェリアを16強へ導いた。イタリア国内のクラブで指導キャリアを積んだザッケローニになかった経験があるとして、アギーレとハリルホジッチは日本代表監督にセレクトされた。

 ベンゲルには代表監督の経験がない。W杯は未知の舞台だ。しかしながら、競争力の高いプレミアリーグで、様々な国から集まる監督たちと渡り合ってきた。チャンピオンズリーグでも、多様なシチュエーションのなかで戦っている。ベンチワークの引き出しは多い。相手チームの監督との即断即決の攻防で、後手にまわることはないだろう。もちろん、日本人選手のプレースタイルとメンタリティを理解したチーム作りが期待できたはずだ。

2005年のコンフェデレーションズカップの日本代表練習にて。ジーコと話すベンゲル ©Naoya Sanuki

19年からはFIFAで活躍しているが…

 17-18シーズンを最後に、ベンゲルはアーセナルを離れた。19年から国際サッカー連盟(FIFA)などを舞台に活躍し、最近ではW杯の隔年開催案を主導している。

 また、FC東京が新シーズンに向けてアドバイザー的なポストを用意しているとの報道もある。実現すれば日本サッカー界に全体にも波及効果がありそうだが、すでに72歳である。「もう少し歳をとってからでもできる」と話していた代表監督就任については、さすがに年齢を重ね過ぎたかもしれない。

 それでも──。ベンゲルが率いる日本代表を想像すると、思考はどこまでも広がっていく。

文=戸塚啓

photograph by Takuya Sugiyama