豊島将之竜王と藤井聡太三冠のタイトル戦が続くなど、活況を呈している将棋界。その中で『藤井聡太論 将棋の未来』を出版したタイトル通算27期の谷川浩司九段と将棋ライターの大川慎太郎氏が幅広く語り合うオンライントークイベントが6月に開催された。その一部を抜粋してお届けする(全2回)

大川 豊島竜王と藤井三冠のおふたりはスケジュール的に、なかなか大変な日程になっていますが、若さという部分でその辺りはどうお考えでしょうか。谷川先生も凄まじい過密スケジュールを経験されていますが。

王位戦第3局の立会人は谷川九段だった ©日本将棋連盟

谷川 藤井さんの場合――デビュー当時から学校と両立してという厳しさはあったと思いますけれども。2020年からは2日制のタイトル戦など、1日だけじゃ済まない。また、タイトル戦に関して言えば、3つ重なるということは今まで例がなかったかもしれませんね。

 私の場合、(最も対局数が多かった時は)20代後半でした。約30年前になりますが、当時とは将棋界自体が随分変わってしまいました。だからこそ事前の準備が本当に必要になりました。昔は準備といっても例えば「明日は矢倉の流れにしよう」くらいです。

大川 なるほど。おおまかな枠組みですね。

年末〜大晦日まで対局した谷川九段の伝説

谷川 はい。矢倉の森下システム、角換わり腰掛け銀を目指そうと決めて、対局に臨んでいる感じでした。当時から序盤の体系化はある程度進んではいましたけど、そこまで厳しくはなかったですね。そこから比べると、今は将棋の内容によっては中盤の終わりぐらいまで準備して臨まないといけないこともあります。

 ちなみに私がやっぱり一番忙しかった時は……自慢話に聞こえてしまいそうですが、2カ月で25局指したことがあるんです。

大川 それはちょっと信じられない数字です。

谷川 1991年の11月、12月のことでした。竜王戦と、当時は棋聖戦が年に2回あったのでそれだけの対局数になりました。ですから対局日が30日ほどあるんですね。

大川 竜王戦は2日制ですからね。

谷川 そうですね。2カ月間で61日のうち、約30日が対局日。タイトル戦はすべて遠征なので当然、移動日もあります。そうすると40日以上が対局関連ということになる。研究する時間はあまりなかったんですね。

大川 大晦日まで対局をしたのはその時ですよね。確か中原先生との王将戦プレーオフだったと思うんですが。

谷川 そうですね。当時のことはよく覚えています。12月24日が箱根で棋聖戦第2局がありました。そして26、27日に天童で竜王戦第7局、そして29日が王将戦プレーオフの1回戦、最後に31日に王将戦でした。

大川 ものすごい日程です。

谷川 ですからトータルで9泊10日くらい家を空けて、旅を続けていました。若いからできたんですかね。あとおかげさまで……全部勝ちましたので。

大川 (笑)。

対局しながら、元気を取り戻したことも

谷川 それでよく覚えているのがですね、移動の状況です。棋聖戦が箱根で24日に行なって、そこから25日、箱根から東京に移動して。その時は棋聖戦主催の産経新聞社の方々と一緒に東京駅まで行ってお別れして。すると今度は読売新聞の方と東京から新幹線で天童へ、という感じでしたね(笑)。対局場への移動は6時間くらいかかるので、疲れが取れるという感じではなかったですね。

 ただ今思うと……その頃は今と比べると2日制の1日目は少しゆるかったんですよ。今は1日目からもう戦いが始まったりするケースがあるので。

大川 初日から形勢に差がつくことも珍しくありませんからね。

谷川 そうですね。当時から竜王戦は(持ち時間)8時間でした。ただ、戦いが起こっても小競り合い程度、といったところでしょうか。正直に当時の心境を思い出せば……タイトル戦を戦って、翌日は移動で。その翌日のタイトル戦1日目はまだ少し疲れが取れていないんですよね。そこで対局しながら、元気を取り戻していくという。

大川 なるほど(笑)。

谷川 2日目に全開ということもありました。ただ、今はそうはいかないですね。だから、これからも藤井さんを筆頭に棋士は対局スケジュールが過多になることはあると思います。先ほども触れましたが、現在の棋士の方が対局前の準備は大変になっています。移動から移動と続けていると、なかなか(研究のための)AIの力を借りることができない。そういう面での厳しさはあるかなと思っていますね。

同じ経験値を持っているのは羽生さんくらいでは

大川 藤井さんは15歳の時から、中学生が使わないような言葉を使ったりしていたのが広く知られているかと思いますが……『将棋世界』で何局か自戦記を載せていただいた中で、その文章に、直しが必要な部分が本当にない。将棋だけではなく、普段からどんなことを考えているのだろうと感じることがあります。

2018年のイベントで模範対局をした谷川九段と藤井六段(当時) ©Kyodo News

谷川 彼は棋士になってまだ5年ほどですが、ある意味でベテラン棋士のような部分があるんです。もちろん対局の数も多いですし、タイトルも獲っているし、大勢の報道陣に囲まれて、対局することにも慣れているなど、様々な経験をしている。私がまだ経験してないことを、藤井さんがもう経験していることもあるはずです。もしかすると、藤井さんと同じ経験値を持っているのは羽生(善治)さんくらいじゃないでしょうか。

最年少名人は厳しい道。ただ大谷選手と同じく……

大川 そして10代であれだけ結果を出せて、浮ついたところが何もないのがまた……という。谷川先生の書籍でも触れられていて、ファンの方も注目している点が1つあります。谷川先生が持っていらっしゃる、最年少名人の記録を藤井さんが抜くかどうか……意地悪な質問になってしまいますが、谷川先生はどのようにお感じでしょうか。

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谷川 その質問が来ましたか(笑)。ただ最近(最年少名人について)聞かれることが少しずつ増えてきましたね。1カ月ほど前に「可能性は何%ぐらいありますか」との質問を受けました。ただ当然、B級1組、A級棋士、そして名人――これまでの名人もいるわけですからね。あまり高い数字を言ってはいけないのかな、という気がしています。

大川 B級1組、A級、名人戦すべて、1期ごとに勝ち上がらないと更新できない記録ですからね。

谷川 私が4月生まれで、藤井さんが7月生まれで、名人戦は4月から6月にあります。当時の私は21歳2カ月でしたが、藤井さんがすべてストレートでいけば、3〜4カ月ほど更新できる計算になります。ただやはり……厳しい道であるのは確かです。

「史上最年少」続きの快挙に世間が注目し続ける中、最年少名人の道を切り拓けるか ©Hiroshi Kamaya

大川 簡単ではないですよね。

谷川 ただ、簡単ではないことを全てクリアして、私たちの予想を超える活躍をしてきたのが藤井さんです。そういう意味では――メジャーで活躍している大谷(翔平)選手と少し共通する部分もあるかなと思っているんですよ。(構成/茂野聡士)

<大棋士の勝ち越し数編に続く>

文=谷川浩司+大川慎太郎

photograph by Tadashi Shirasawa/Kyodo News/Nanae Suzuki