10月26日、DeNA対ヤクルトの試合を神宮球場で見られることになった。

 ファンクラブ、「スワローズクルー」向けのパブリックビューイングが行われ、抽選の当選者がスタンドで試合を見ることが可能になったのだ。

 入場時には「ヤクルト1000」が「優勝時の乾杯用です」と配られる景気の良さ。

 そして数時間後、高津臣吾監督は宙を舞い、神宮のスタンドでは乾杯の音頭が取られた。

高津二軍監督「育てるためなら、負けてもいい」

 私と高津臣吾監督の縁は、彼のメジャーリーグ時代にさかのぼる。2004年にシカゴ・ホワイトソックスに移籍した際、シカゴで、アリゾナで、シアトルで話を聞いた。

 そして本格的にロングインタビューを行ったのは、2018年にヤクルトの二軍監督として2年目を迎えていた時期だ。

 高津二軍監督は、韓国、台湾、独立リーグなどでの現役生活のあと、2014年にヤクルトに一軍投手コーチとして戻り、2017年に二軍監督に就任した。このポジションは、球団にとって一軍監督への登竜門という位置づけになる。

 高津二軍監督は、私にこう言った。

「育てるためなら、負けてもいい」

 プロの世界ではあるが、二軍はそういう場所なのだと。

 たとえば、先発投手が序盤に打ち込まれても、100球ほど投げるまでは交代させない。二軍の目的は、目前の試合に勝つことではなく、その投手に将来のための経験を積ませることだからだ。

 このインタビューが面白かったのは、二軍監督になってから、高津さんが野球の面白さを再発見していることだった。

 投手のことは知っているけれど、内野手の技術、「レフトとライトはどちらが難しいか?」といったテーマについて、高津二軍監督はコーチ陣と議論を交わしていたという。

「投手ばかりだと知らないことが多いわけ。たとえば、打線の組み方。ファームはDH制だから、セ・リーグの一軍とちょっと勝手が違う。2番、6番、9番が大切だと思ったりね。勉強、勉強、また勉強ですよ」

 若手の育成論、そして野球の新たな捉え方などをテーマとして、2018年の暮れに『二軍監督の仕事』(光文社新書)にまとめた。

3年前に力説「村上はとんでもない4番になれる」

 そのとき、高津二軍監督は幾度となく、こう力説していた。

「いま、二軍にいるスワローズの若手が、2023年に大きく育っていれば、絶対に戦えるようになる」

 野手で名前が挙がったのは、村上宗隆、塩見泰隆、廣岡大志(現・巨人)、古賀優大ら。

 投手では、高橋奎二、寺島成輝、原樹理らの甲子園でも活躍した面々だった。

 特に村上の評価は著しく高かった。

「とんでもない4番になれる」

 このシーズン、村上は二軍で打率.288、本塁打17本を放っているが(ちなみにイースタン・リーグの首位打者〔規定打席以上〕は巨人の松原聖弥の.316、最多本塁打は同じく巨人に所属し、今は楽天にいる和田恋の18本)、入団時からその育成方針は徹底していた。高津二軍監督は、

「村上は将来の4番。どんなに結果が出なかったとしても、ずっと4番に起用し続けるつもりだった」

 と語り、じっと見守る姿勢を崩さなかった。

村上宗隆(21歳)。今季は不動の4番として、リーグトップタイの39本塁打(10月27日時点) ©Nanae Suzuki

 また、リーダーとしての帝王学も学ばせようとしていた。この年は青木宣親が二軍で調整を行っていた時期があり、二軍で青木と村上が交わっていたことで、2018年9月に村上が一軍に昇格した時にスムースな流れになったという。一軍戦をテレビで見て、二軍監督としても感慨深いものがあったと話す。

「一軍のダグアウトで、ノリ(青木)と村上が並んでいるのを見て、なんだかうれしかったな。それで村上が最初の試合でいきなりホームラン打った時は、『行った!』と叫んじゃってね(笑)。その後は苦労したけど、1年目に一軍を体験したことが、2年目の成長につながったのは間違いない」

 一軍と二軍の連係が重要なのは、村上の育ったパターンを見ても分かる。

 また、ポジションごとにも青写真がある。

 今季は出場機会が増えた捕手の古賀については、

「古賀がどんなに打っても8番に据え置き。なぜなら、一軍に上がった時に必ず8番に入るから」

 二軍は独立した組織ではなく、一軍でプレーするための準備をする場所という意図が明白だった。

 村上、古賀、さらに塩見は高津二軍監督の下で成長した選手たちである。

6年目高橋奎二はなぜブレイクできた?

 今季の優勝は、村上、山田哲人、さらにはオスナ、サンタナの両外国人の活躍など、「打」のイメージが強いかもしれないが、「投」についても、二軍の育成が今季になって花が開いたと見る。2018年の時点で高津二軍監督は、

高橋奎二、寺島(成輝)、原樹理が先発の柱となって、ブルペンでは梅野雄吾が切り札にならないと未来はないでしょう」

 と語っていた。

 今季、本当の意味でブレイクスルーを果たしたのは、2016年入団の高橋奎二だろう。高津二軍監督は、高橋をなんとしても育てるという思いが強く、私は本でこうまとめている。

「高橋を育成するにあたっては、細心の注意を払い、中9日からスタートして、段々と登板間隔を短くしていくプランを立てていた。中9日であれば、高橋は一軍でも素晴らしい投球を披露できる能力が備わっている」

 高い評価をする一方で、次の登板に向けてのリカバリーに時間がかかることが課題として挙げられていた。なぜなら、高橋は向上心が強く、一度の先発を終えると、トレーニングでも高い負荷をかけてしまう傾向があったからだ。高津監督は、それでも「量を落とせ」とは言わず、一緒に考えながら自分で気づく方向に持っていったという。

 今季はここまで4勝だけだが、10月20日の阪神との首位決戦では7回を無失点に抑えるなど、登板間隔はまだ長いものの、今や「表ローテ」の一角を占めるようになった。

 また、原樹理もシーズン後半になって一軍に昇格、特に10月24日の巨人戦では、4回に自ら走者一掃のタイムリーヒットを放って3勝目をあげ、重圧のかかるゲームで見事な仕事をした。

 後半戦、ふたりの若手先発投手の台頭は、スワローズにとって大きかった。

10月24日

アドリブに見えた「奥川のスピーチ」

 寺島、梅野はスポットでは貢献を見せたが、今季はシーズンを通しての活躍は見られなかった。その意味では、2018年の「高津プラン」はそのまま実現したわけではない。

 ただし、そのポジションに入った選手がいた。

 先発では高卒2年目の奥川恭伸であり、ブルペンでは大卒3年目の清水昇の活躍が大きかった。

 奥川については、関係者によれば「投げさせていれば、去年も同じような活躍が出来たはず」という。しかし、球団の育成方針として1年目の奥川は無理をさせず、シーズン最終戦の先発だけにとどめた。

 この試合、私は神宮で観戦したが、球速はあるものの、プロ相手に抑えられる技術がないように思えた。2回9安打を浴び、失点は5。翌日、評論家はそろって球団の育成姿勢に厳しい評価を下していた。

 ただ、驚いたのは試合後のセレモニーで、高津監督が奥川にスピーチを促したことだ。なにかひと言、ふた言、ふたりが言葉を交わしていたことから、事前の打ち合わせはなく、アドリブだったように見えた。

 そこで奥川は見事なスピーチをし、強心臓であることを見せつけた。それは2年目の飛躍でも証明されているだろう。

 また、ドラフト1位指名で2019年に入団した清水は、当初は先発での育成が考えられていた。実際、ルーキーイヤーには3試合、一軍での先発登板があったが結果を残せなかった。しかし、2020年高津一軍監督誕生とともにセットアッパーでの起用が多くなり、昨季は30ホールド。今季は50ホールドに到達し、シーズンの日本記録を更新中だ。

 清水も適材適所で歴史に名を残すことが出来た。

6人の投手がジャンケンで先発を決めた日

 二軍監督は、時には想像もつかないことに対処しなければならない。

 私が好きなエピソードは、二軍で先発投手の駒がひとりもいなくなった時の話だ。

 スワローズは、2日間を6人のブルペン投手で回さなければならなくなった。そこで高津二軍監督が考えたのは、1人につき2日間で3イニングを投げさせることだった。初日に2イニング投げたら、2日目は1イニング。初日に1イニングだったら、2日目に2イニングというように。

 監督は、先発起用で困った。

「正直、誰でも良かった」

 この回答には笑ったが、解決策として採ったのが6人によるジャンケンだった。ブルペンが職場だった6人の投手たちは嬉々としてジャンケンをしたという。しかも、先発がいないこの2日間を、ヤクルトは1勝1敗で乗り切った。

 こういう楽しさが高津野球にはある。

 その雰囲気が、いまの一軍の野球にも感じられる。

 今季の優勝で、高津監督が二軍時代に描いていた青写真が、実現したのである。

 二軍のグラウンドがある埼玉・戸田で一緒に時間を過ごした選手たちと優勝を味わえて、高津監督は本当にうれしいはずだ。

文=生島淳

photograph by Sankei Shimbun