今年11月にシャビ・エルナンデスがFCバルセロナの監督に就任した。2008年以降のグラディオラ監督下で「史上最強クラブ」としてサッカー界に君臨していた当時、シャビが「強さの秘密」を語った「Sports Graphic Number」掲載の有料記事を特別に無料公開する。
〈初出:2012年2月9日発売号「シャビ・エルナンデス『相手を絶望させるサッカーを』」/肩書などはすべて当時〉

​指揮官グアルディオラの意図を誰よりも理解し、ピッチ上で具現化するチームリーダーが、バルサの目指すサッカーについて語り尽くした。明らかになったのは、対戦相手を完膚なきまでに圧倒しようとする無慈悲なまでの“理想”だった。

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 昨シーズンの半ば頃だったろうか、「バルセロナの試合は退屈だ」という声が聞こえ始めた。どこが相手であっても同じ展開になるからだ。

 キックオフ後まもなくバルサがボールを持ち、パスを繋ぐ。

 相手のディフェンス網に穴が開いたところでゴールを決める。

 そして再びパスを廻し、タイミングを見計らって2点目、3点目……。

 このまま90分が終ってしまうため、ハラハラドキドキのダイナミックな試合が好きな人は落胆してしまう。

 しかし、よくよく考えてみると、今もこれだけ強いというのは大変なことである。

 ジョゼップ・グアルディオラが監督に就いた'08-'09シーズンに三冠王者となって以来、バルサはスペイン国内でもヨーロッパでも「倒すべき相手」として分析されてきた。

©Takuya Sugiyama

 それなのに完璧に止められたことは未だ一度もないのだ。

グアルディオラは毎年フォーメーションを変えてきた

 この3年半、全公式戦の85%に出場してきたシャビ・エルナンデスは、その理由を「僕らのサッカーも絶えず進化しているからだ」と語る。

「今シーズンの変化は、話題になっているスリーバックだろうね。実のところ、以前からチームがボールを持つと、自動的に右サイドバックが上がっていたから、目新しいことじゃないんだけどね。ならば今季はどこが違うのかというと、その右サイドバックのダニ・アウベスがより中盤のプレイに関わるようになったことかな。対戦相手の9割はワントップでくるってことがわかっているから、マークに不都合が生じることはないんだ」 

 振り返ると、グアルディオラは毎年フォーメーションに手を加えることで基礎戦術を変えてきた。

「監督の意図は中盤で数的優位を作ることなんだ。ディフェンダーを減らせば中盤の選手を増やせるからね。'08-'09シーズン終盤にはリオネル・メッシを右サイドから離し、中央でボールに絡ませるようにした。その後バルサの中では明らかに異質な特徴を持っていたズラタン・イブラヒモビッチを試すこともした。昨季は陣形の上ではセンターフォワードであるメッシに完全な自由を与え、ゴール前に張っている者がいなくても得点できることを証明した。また攻撃時は両サイドバックを上げ、ピボーテを下がらせ、シャビが言うとおりのスリーバックを作っていた。そして今季は前述のアウベスの位置の他、セスク・ファブレガスを攻撃陣のリベロとして使っている。

 クラブワールドカップ決勝のサントス戦を例に説明すると、あのときセスクとメッシはツートップのように高いところに立ちながら、ボールをもらうために僕らのところまで下がってきた。一方で、チアゴ・アルカンタラとアウベスは外に開き、相手のサイドバックを釘付けにした。そしてバルサのキーマン、セルヒオ・ブスケッツがみんなをバックアップした。こうすることで、中盤でのパスがうまく繋がったんだ」

©Takuya Sugiyama

 ピッチにはアンドレス・イニエスタもいたから先発11人のうち実質7人が中盤の選手。こんなラインアップは、あの日が初めてである。

試合の主役は選手でも監督でもなくボール

 絶対に負けられない試合にグアルディオラがこの布陣と戦術で臨んだことで、バルサにとってのボールポゼッションの重要性が改めて浮き彫りになった。

「ボールを持つことは僕らのサッカーの基盤であって、チームがどれだけ進化しても、そこだけは絶対に変わらない。なにしろバルサというクラブは8歳の子供たちにも決まったやりかたでサッカーをさせるんだ。ポジションがどうとかオートマティズムがどうとかいう前に哲学ありき。一番大事なのはボールであって、ボールがなければ試合の主導権は握れない。それどころかボールなしでは何もできないからね。

 相手チームに一方のサイドから逆サイドまでパスを繋がれ、こっちはボールを追いかけて走るなんてことになったら最悪だよ。本当にきつい。だからバルサではまずボールを持つことを徹底し、それからポジションの取り方やカバーリングやサポートの仕方を磨いていくんだ」

 試合の主役は選手でも監督でもなくボール。それをカンテラ出身者は幼いときに、他クラブから移籍してきた者はチーム加入後まっさきに教えられる。すると基になる考え方が一本化されるため、その後フォーメーションが変わっても、一時的な指示が与えられても、プレイに迷いは現れない。

「ボールがあるときは11人全員が自分の仕事をするから、何もしなくてもチームに秩序が生まれる。ポジションの取り方だってボール次第。つまるところ、ゲームはボールが作るんだ。だからこそ一旦ボールを失ったら、できるだけ早く取り返さなきゃいけない。僕がボールを持っていたら君は攻められないだろ。こちらがボールを持つ時間が長くなるほど、敵は疲れ、混乱していくしね。

 では、どういう守備をすればいいのか。大事なのは守ることを目的にして守備をしていてはダメだってこと。バルサは攻めるために守る。ゴールを決めたいから敵のボールを奪い取りに行くんだ」

 そのためにグアルディオラは複数の選手のポジションをワンセットにしてパターン化し、どんなときもこれを崩さないようチームに言い聞かせた。

 クライフ直伝のアイデアであり、攻撃と守備の効率を同時に高める最良の手段であり、彼らのサッカーがつまらなくなる理由でもある。

バルサはなぜ速攻を仕掛けないのか?

 たとえば自陣で敵ボールを奪ったとする。その選手や味方の誰かの前が大きく開いていても、現在のバルサは基本的に速攻は仕掛けない。選手の位置関係が乱れるのを避けるためだ。代わりに、シャビやブスケッツを中心にして短いパスを横に後ろに何度も繋ぎ、たっぷり時間をかけながら、皆で揃って上がって行く。速い展開を望む人には退屈に映る過程である。

 だが、こうすることでバルサは敵陣内に網を広げられる。誰かがどこかでボールを失っても、次の瞬間複数の選手で相手を囲み、ボールを奪い返し、その地点から攻撃を再開できる。

「カギは仲間同士が離れないこと。だからパスを出すときは10mのものを1本より、3mのものを数本繋いだ方がいい。その間に、それぞれが然るべきポジションを取ることができるからね。そして全員が広がって、ピッチの全区画をカバーしたら、後はボールが勝手に繋がれていくんだ。そうしたら相手は絶望的な気持ちになるだろう。

 でも反対に、長いパスを通そうとしてカットされたら、皆がポジションから外れている間にカウンターを喰らいかねない」

©Takuya Sugiyama

 今年に入ってからバルサには“らしくない”試合が4度もあった。1−1で引き分けたエスパニョール戦。2−0から一旦追いつかれ、最終的には4−2で勝ったベティス戦。同じく2−0から追いつかれ引き分けで終わった国王杯準々決勝のレアル・マドリー戦。そして約3カ月ぶりの無得点試合となった0−0のビジャレアル戦だ。

 グアルディオラ時代のバルサは、CLが大事な局面を迎える3月末頃からコンディションが上向きになるように調整している。ゆえに毎年この時期はパフォーマンスが落ちるため、今回もそこに原因を求める見方があったが、問題は別のところにある。

 苦戦した4試合にはいくつかの共通点があった。いずれも展開がダイナミックだったこと、敵から厳しいプレッシャーをかけられたバルサの選手たちが互いの間隔をいつもの距離に保てなかったこと、さらにボールがどんどん縦に動いてしまい、シャビが時間を作り出せなかったことだ。
 今季のバルサは若き日のラウール・ゴンサレスを思わせる嗅覚でスペースを見つけ出すセスクと、敵ディフェンダーの裏を突くのが非常に巧いアレクシス・サンチェスが前線にいる。そのためボールを持った者は“縦に一本通す”誘惑に駆られてしまう。

 しかし、それでは現在のバルサのサッカーの拠り所であるボールポゼッションとポジショニングが成り立たなくなる。過剰なほど“横に”パスを繋ぐサッカーをしてこそバルサは強いのだ。

 誰かが、手綱をとらねばならない――。

 グアルディオラが、この役割を託したのはシャビだった。今季は攻撃のオプションが増えている。だからこそシャビの存在がますます重要になっているのだ。

「そのサイズで中盤は無理」と言われたけど……

 先月受賞者が発表された2011年のバロンドールでもシャビは最終ノミネートに残っていた。3年連続である。

「結局1度ももらってないけどね。でも世界の人たちに認められているって感じるから、受賞しなくても十分幸せだよ。トロフィーを手にしたメッシが壇上で『シャビと分かち合いたい。彼もこの賞にふさわしい』って言ってくれたから、授賞式に3度足を運んだことも報われたし。それに、僕の目標はチームタイトルの獲得であって、欲しいのは個人タイトルじゃない。チームの成功の方が僕にとっては重要なんだ」

 シャビとメッシ、そしてイニエスタ。身長170cm以下の3人が世界最強チームの核になっている現状は、実はバルサにとっても皮肉な状況である。カンテラは'70年代まで選手の体格を重視し、身長が低い者は門前払いにしていたからだ。

「僕の人生のうち10年間は耳にたこができるほど聞かされてきた。『お前は小さすぎる。その身体のサイズで中盤でプレイするのは無理だ』って。

 ところがいまはどう? みんなイニエスタと僕をミッドフィールダーの手本にしてるじゃないか。ワンタッチでプレイすれば、身体が小さいからって止められることはないんだ。マークはされても、ボールが足下に来たらポンッと蹴って僕は前に出て行く。ディフェンスするのは不可能だ。

 僕がフィジカル面で恵まれていないのは事実だ。だからこそ素早く頭を回転させる。その速さは、今日のサッカーでは、身体的な速さより重要だ。考えるスピードが僕と同じレベルで、さらにパワーもあったのは過去にたった1人、ジネディーヌ・ジダンしかいないね」

©Takuya Sugiyama

「でも、僕はこれでおしまいじゃない」

 1月が終わった時点でシャビの公式戦出場回数は610に達した。クラブ史上最多であり、記録は今後も伸びていくだろう。だが一方で、32歳という年齢からしても彼はキャリアの終盤に差し掛かろうとしているはず。

 それなのに彼のプレイは一向に衰える気配を見せない。

「自分のキャリアの中でも明らかに素晴らしい時を迎えているね。みんなに褒められ、チームに貢献していると言われ、満足しているよ。でも、僕はこれでおしまいじゃない。これからもチームの一員として努力し、試合ごとに全力を出していくつもりでいる。後ろから追い上げてきた若い連中が、そろそろ自分たちの出番だろう、って言い始めてるからね(笑)」

 ベテランにしてなお意気盛ん。これからもシャビのリードでバルサは前へ進んで行く。

文=横井伸幸

photograph by Takuya Sugiyama