球団創設87年の歴史のなかで、読売ジャイアンツには唯一にして最大の汚点がある。

 1975年、47勝76敗7分、屈辱の最下位。セ・リーグの底に沈んだのは、後にも先にもこの1年だけだ。

“新監督”長嶋茂雄は、“選手”長嶋茂雄のいないチームを率いるには、経験が不足していた。王貞治の衰えに抗えず、左右の両エースである高橋一三、堀内恒夫の不振を補う術も持たなかった。百戦錬磨の川上哲治前監督からチームを引き継いだ長嶋は、自らと巨人の名声に泥を塗ったのである。

誰が後釜にせよ、シティには厳しい試練が訪れる

 バトンタッチのタイミングは難しい。

 いま我が世の春を謳歌しているマンチェスター・シティも、2023年6月末日の契約満了をもって、ジョゼップ・グアルディオラ監督が退任する予定だ。レスターのブレンダン・ロジャーズ監督、バルセロナの監督に就任したばかりのシャビ・エルナンデスなど、英国の一部メディアは後任探しにかまびすしい。

 誰が後釜にせよ、“アフター”グアルディオラのシティには厳しい試練が訪れる。

2023年6月に退任予定のグアルディオラ。名将が去った後、シティには試練が待ち受けるかもしれない©Getty Images

 リバプールも同様だ。ユルゲン・クロップ監督の就任によって名門復活に至ったものの、彼がやって来るまでは30年もトップリーグのタイトルから遠ざかっていた。30年も、である。

 2010年にリバプールを買収した『フェンウェイ・スポーツグループ』はメジャーリーグのボストン・レッドソックス、カーレースのラウシュ・フェンウェイ・レーシングなども傘下に収める、スポーツビジネスに長けた組織だ。

 とはいえ、リバプールの新監督がすぐに見つかる保証などどこにもない。クロップとの契約は2024年6月末日までだ。

 グアルディオラは、監督就任から5年で8個のタイトルを獲得している。6年目を迎えた今シーズンも、1つや2つは獲るだろう。クロップは6年でリーグとCL優勝を1回ずつ。グアルディオラには劣るが、リバプールを世界の超一流にまで仕立て直した手腕に疑いの余地はない。

ファーガソンの後任は奇妙な人選だった

 グアルディオラやクロップのサイクルでも後任を見つけることは難しいのだから、四半世紀も続いた体制のバトンタッチは信じられないほどのプレッシャーがかかり、監督交代のタイミングとしてもベストではなかった。

 例えばマンチェスター・ユナイテッドだ。アレックス・ファーガソンは27年でプレミアリーグ13回、CL2回、FAカップ5回、リーグカップ4回など、実に38回も優勝の美酒に酔いしれている。

 当然、上層部は後任の人選に慎重になり、実績、知名度とも十分な監督経験者に長らくアプローチはしていた。

 しかし、ファーガソン退任後の13年、当時フリーだったグアルディオラはバイエルン・ミュンヘンに先を越された。レアル・マドリーの監督を務めていたジョゼ・モウリーニョは、モラルを欠いた言動がボビー・チャールトンをはじめとする一部の役員に嫌われて、ファーガソンの推薦も水泡に帰した経緯がある。

 そして行きついた先が、なぜかエバートンのデイビッド・モイーズ監督(当時)だった。彼とファーガソンの共通点はただ1つ、スコットランド人であること。なんとも奇妙な人選だった。ちなみに役員会はライアン・ギグスをプッシュしていた。彼がモラルを欠く人間であるのは、その後の不倫発覚(しかも複数件!)で明らかなのだが……。

アーセナルもベンゲル体制以降に苦しむ

 アーセナルも、22年間に及んだアーセン・ベンゲル体制の後で苦しんでいる。2003−04シーズンのリーグ無敗優勝、19年連続チャンピオンズリーグ出場権獲得など、ベンゲルを語らずしてアーセナルを語るなかれ、といって差し支えない業績だ。

 ウナイ・エメリは前任者の影に怯えたのではないだろうか。「ベンゲルのような監督になりたい」と公言して憚らないミケル・アルテタ現監督も、現実と理想の狭間で、もがき苦しんできた。

長期政権を築いたファーガソンの退任以降、ユナイテッドはリーグ優勝の美酒を味わっていない©Getty Images

 ユナイテッド、アーセナルともに、前任者の任期が20年以上というのは長すぎだろう。チームにファーガソン、ベンゲルの色がつき過ぎているため、モイーズやエメリくらいのキャリアでは塗り替えられない。

 ユナイテッドに至ってはモイーズ、ルイス・ファンハール、モウリーニョと外部人選で立て続けに失敗したことで、現役当時にファーガソンの薫陶を受けたオーレ・グンナー・スールシャールを監督に据えたが、なにひとつ答えを出せないまま解任に至った。

アブラモビッチは16回も監督を代えた

 シティとリバプールにとって、ユナイテッドとアーセナルは格好の反省材料だ。

 グアルディオラもクロップも退任する日が遠くない未来にやって来る。いまから後任に唾をつけておいても早すぎるということはない。

 監督の人選において、チェルシーは荒業を多用してきた。結果が伴わなければ、人気があっても躊躇なくクビ。オーナーのロマン・アブラモビッチ、役員のマリナ・グラノフスカヤと意見が衝突した場合も、容赦なく解雇する。

「監督というポストを軽く見すぎている」

「現場の責任者を短期間に代えるべきではない」

 数多くの批判が巻き起こってきた。

 2003年7月にチェルシーを買収して以降、アブラモビッチは16回も監督を代えていた。

 クラウディオ・ラニエリ→モウリーニョ→アブラム・グラント→ルイス・フェリペ・スコラーリ→レイ・ウィルキンス(暫定)→フース・ヒディンク(暫定)→カルロ・アンチェロッティ→アンドレ・ビラス・ボアス→ロベルト・ディマッテオ→ラファエル・ベニテス(暫定)→モウリーニョ→スティーブ・ホランド(暫定)→ヒディンク(暫定)→アントニオ・コンテ→マウリツィオ・サッリ→フランク・ランパード→トーマス・トゥヘル……。

 好き嫌いは別にして、これがアブラモビッチのやり方だ。サポーター間で不人気だったサッリを解任し、レジェンドのランパードを起用する。CL出場権を掴んだ1シーズン目は我慢したが、大型補強がなかなか実を結ばない2シーズン目途中で経験豊かなトゥヘルに挿げ替える。

トゥヘルの長期政権もありえない

 やっていることは滅茶苦茶だ。人選に一貫性がない。

 しかし、トゥヘルは類稀なコミュニケーション能力で選手のハートをつかみ、チーム内のムードはすこぶる良い。イングランド国内の3タイトルとCLを合わせた4冠獲得も可能なほど、現在のチェルシーは充実している。

監督交代が頻繁なチェルシーでは、結果を出しているトゥヘルとて、長期政権とはならないだろう©Getty Images

 また、スコラーリ、ビラス・ボアスなどを除くと、大半の監督はチェルシーになんらかのタイトルをもたらしてきた。無冠に終わったグラントも、CL決勝までは導いている。

 こうした事実があるからこそ、アブラモビッチは無慈悲なまでに監督の首をはねるのだ。トゥヘルの長期政権もありえない。

 クラブのDNAを重視するか、監督の哲学にすべてを委ねるのか、あるいはチェルシーのような超実力主義か。人それぞれに意見がある。伝統や歴史を軽視するとサポーターの反感を買い、現役時代の実績を過剰に意識するOBの無遠慮すぎるコメントが、新体制の出鼻を挫くケースは何度もあった。

 日本の野球界では“ビッグボス” 新庄剛志が日本ハムファイターズの監督に就任した。コーチ経験すらない彼は指揮官としてふさわしいのか。2シーズン連続でパ・リーグ5位なのだから、監督として実績がある者を起用すべきとの指摘は真っ当なのか。むしろドラスティックな改革が必要なのか。

 洋の東西を問わず、後任の人選、バトンタッチのタイミングは難しい。

文=粕谷秀樹

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