11月22日、プロ野球で今年、最も活躍した先発投手に与えられる沢村賞の選考会があり、オリックスの山本由伸が選ばれた。これは大谷翔平のMVPと同じくらい《鉄板》だった。

 あらためて沢村賞の基準をおさらいしておこう。

 1)15勝以上、2)150奪三振以上、3)10完投以上、4)防御率2.50以下、5)200投球回以上、6)25登板以上、7)勝率6割以上。

 最近はこの7項目に加えて、登板数に占めるQS数の比率も参考にすることになっている。QS(Quality Start)とは先発投手の最低限の責任であり、MLBの場合6イニング以上投げて自責点3以下となっているが、沢村賞では7イニング以上投げて自責点3以下となっている。

 セ・パ両リーグでこの基準をできるだけ多くクリアした投手の中から1人が沢村賞に選ばれる。

山本由伸の圧倒的な成績が分かるクリア数

 セ・パ両リーグの規定投球回数以上の投手で7項目のうち1項目以上をクリアしたのは17人だった。★はクリア数、%は先発登板数に占めるQS試合数の割合。

©Hideki Sugiyama

山本由伸(オ)★5
率1.39★/登26★/勝18★/勝率.783★/投回193.2/奪三206★/20QS/76.9%
柳裕也(中)★4
率2.20★/登26★/勝11/勝率.647★/投回172/奪三168★/14QS/53.8%
青柳晃洋(神)★3
率2.48★/登25★/勝13/勝率.684★/投回156.1/奪三104/12QS/48.0%
則本昂大(楽)★2
率3.17/登23/勝11/勝率.688★/投回144.2/奪三152★/9QS/39.1%
大瀬良大地(広)★1
率3.07/登23/勝10/勝率.667★/投回146.2/奪三102/13QS/56.5%
小笠原慎之介(中)★1
率3.64/登25★/勝8/勝率.444/投回143.1/奪三115/5QS/20.0%
九里亜蓮(広)★1
率3.81/登25★/勝13/勝率.591/投回149/奪三102/7QS/28.0%
戸郷翔征(巨)★1
率4.27/登26★/勝9/勝率.529/投回151.2/奪三138/7QS/26.9%
宮城大弥(オ)★1
率2.51/登23/勝13/勝率.765★/投回147/奪三131/10QS/43.5%
上沢直之(日)★1
率2.81/登24/勝12/勝率.667★/投回160.1/奪三135/13QS/54.2%
今井達也(西)★1
率3.30/登25★/勝8/勝率.500/投回158.1/奪三137/12QS/48.0%
石川柊太(ソ)★1
率3.40/登28★/勝6/勝率.400/投回156.1/奪三134/9QS/36.0%
加藤貴之(日)★1
率3.42/登25★/勝6/勝率.462/投回150/奪三102/7QS/28.0%
岸孝之(楽)★1
率3.44/登25★/勝9/勝率.474/投回149/奪三131/5QS/20.0%
小島和哉(ロ)★1
率3.76/登24/勝10/勝率.714★/投回146/奪三92/5QS/20.8%
高橋光成(西)★1
率3.78/登27★/勝11/勝率.550/投回173.2/奪三127/13QS/50.0%
松本航(西)★1
率3.79/登28★/勝10/勝率.556/投回149.2/奪三130/6QS/25.0%

 7項目をすべてクリアした選手はいない。山本由伸は完投数、投球回数の2項目をクリアできなかったものの他の項目は水準に達し、その上にQSの%でもダントツの1位だった。

大野雄大、田中将大は1つもクリアできず

 2位の中日、柳裕也は勝利数、完投数、投球回数の3項目をクリアできず、他の4項目をクリア。阪神の青柳晃洋は、防御率、登板数、勝率の3項目をクリアしている。他の選手の成績はぐっと下がる。今季、オリックスで山本由伸とともに左のエースとして大活躍した宮城大弥は勝率をクリアしただけだった。

 なお昨年の沢村賞投手である中日の大野雄大や、2回の沢村賞を誇る楽天の田中将大は1つも項目をクリアできなかった。同じく沢村賞2回の菅野智之は規定投球回数に達していない。

2020年は抜群の安定感で沢村賞を獲得した大野雄大だったが ©Kiichi Matsumoto

 山本由伸はパ・リーグの最多勝利(18)、最優秀防御率(1.39)、勝率第1位(.783)、最多奪三振(206)と主要4タイトルを独占した。

 投手4冠は、1937年春の巨人・沢村栄治が最初に達成した。以後の達成者は以下の通り。

 1938年秋:ヴィクトル・スタルヒン(巨人)、1943年:藤本英雄(巨人)、1954年:杉下茂(中日)、1959年:杉浦忠(南海)、1961年:稲尾和久(西鉄)、1980年:木田勇(日本ハム)、1981年:江川卓(巨人)、1990年:野茂英雄(近鉄)、1999年:上原浩治(巨人)、2006年:斉藤和巳(ソフトバンク)

2006年の斉藤和巳 ©Hideki Sugiyama

 そして2021年の山本由伸(オリックス)と12人しか記録していない。7人が延べ11回しか記録していない打者の三冠王に匹敵するとも言われる、素晴らしい成績だ。

山本由伸でも“全クリアできない7項目”の制定は1982年

 しかし、そんな山本由伸でも沢村賞の7項目をすべてクリアすることはできなかった。

 現在の沢村賞の基準の7項目が制定されたのは、1982年のことだ。以後、40年で3回「該当者なし」があり、2003年は2人選出されたので、延べ38人が沢村賞に輝いたが、このうち7項目すべてをクリアしたのは以下の9人だけである。

 1982年:北別府学(広島)、1987年:桑田真澄(巨人)、1989年:斎藤雅樹(巨人)、1991年:佐々岡真司(広島)、1993年:今中慎二(中日)、2007年:ダルビッシュ有(日本ハム)、2009年:涌井秀章(西武)、2011年:田中将大(楽天)、2018年:菅野智之(巨人)

2007年のダルビッシュ ©Tamon Matsuzono

 7項目のハードルは年々高くなっている印象だ。

 特に10完投と200イニングは近年、極めて厳しくなっている。昭和の時代は130試合制が長く続いた。現在は143試合制だから、試合数は10%増えているが、先発投手の登板間隔は中4〜5日から中6日になっている。

 先発投手のシーズン登板数を見ていくと1970年代は40試合台、1980年代でも30試合台だったが、現在は25試合前後となっている。仮に25試合すべて完投しても225イニングだ。

「先発とは完投するもの」の時代からの変容

 その上に、先発投手の投球回数も減っている。以前は「先発とは完投するもの」という通念があったが、今のプロ野球は先発投手だけでする競技ではない。セットアッパー、クローザーなどの救援投手と力を合わせて勝利を勝ち取るものになってきている。

 それをよく象徴しているのが、毎年、一軍の試合に出る投手の数だ。1970年から10年単位で、日本シリーズ優勝チームの一軍出場投手数の推移はこうなっている。

 1970年 巨人 13人
 1980年 広島 14人
 1990年 西武 17人
 2000年 巨人 25人
 2010年 ロッテ 25人
 2020年 ソフトバンク 27人

 現代のプロ野球では半世紀前の2倍の投手が投げている。1970年は130試合制、2020年は120試合制だった。ちなみに今季のヤクルトは26人、オリックスは30人だ。ローテが確立されて先発投手数が増え、また分業が進んで救援投手数が増えたことが起用投手数の増加につながっている。

 NPBの支配下選手は1992年、それまでの60人から70人になったが、投手数が増加したことも一因になっている。

宮城・奥川・佐々木朗の起用法に見る最新傾向

 この傾向は近年、さらに顕著になっている。投手の肩肘についての医学の知識が高まるとともに、特に若い投手には無理をさせなくなっている。

 今季、大活躍した20歳のオリックス宮城大弥、ヤクルト奥川恭伸、ロッテ佐々木朗希は十分な登板間隔を取ったうえで、投球回数もセーブしている。3人ともに完投は1試合も記録していない。

日本シリーズに登板した奥川と宮城も完投経験はない ©Nanae Suzuki

「経験を積めば完投するようになる」という見方もあるが、3人ともに、今後も6〜7回、100球程度を目安に投げる投手になっていくと思う。

200勝投手の選考委員が呈した苦言

 沢村賞選考委員は、全会一致で選出した山本由伸を絶賛したが、同時に苦言も呈している。

 堀内恒夫委員長「残念ながらセ・リーグの投手の成績では私は沢村賞を選考するには値しないと思っている。もうちょっとセ・リーグの投手も頑張ってほしいなと思う」

 村田兆治委員「過去にないぐらい完投数が少ない」

 山田久志委員「もう少し投手のレベルを全体的に上げて、沢村賞候補がいつも3人、4人と、我々選考委員を困らせるような、そういう投手の出現を切に願って、レベルアップをしていただきたいと思います」

89年撮影の(左から)東尾修、村田兆治、山田久志。3人とも200勝投手だ ©Naoya Sanuki

 昭和の時代の200勝投手である選考委員からすれば、選考する甲斐がないというところだろうが、先発投手の投球回数、投球数が少なくなる傾向は今後とも続くと思われる。沢村賞の選考は、さらに難しくなるだろう。

 今の投手に「昔のように先発完投で頑張れ」と言うのは、現実的に厳しいと思われる。大部分の指導者もそれを求めていない。

 投手の実力が昔よりも落ちたわけではなく、野球そのものが変化して、起用法が変わったのだから、むしろ、沢村賞の選考基準の方を改訂していく必要があるだろう。

アメリカのサイ・ヤング賞も時代に合わせている

 MLBでは最も活躍した投手にサイ・ヤング賞を与えている。沢村賞が1947年に始まっているのに対し、サイ・ヤング賞は1956年からだ。しかしこの賞は時代とともに選考基準が大きく変わっている。MLBでは1969年からセーブを公式記録にしたが1974年には最多セーブのマイク・マーシャル(ドジャース)がサイ・ヤング賞に輝いている。

 また近年は、選考の際には勝利数や防御率ではなく、WARやK/BBなど新たな指標が重視されている。

 2018年のナ・リーグは、18勝のジョン・レスター(カブス)などを差し置いて10勝のジェイコブ・デグロム(メッツ)が受賞している。

当代きってのMLB最強エースとも評されるデグロム ©Getty Images

 NPBもMLB同様、野球が大きく変わっている。変化を容認すべき時に来ているのだろう。

「沢村の時代と同じような活躍の投手」ではなく

「沢村賞の権威を損なってまで賞を与える必要はない、該当する投手が出た時だけ授与して、あとは該当者なしにすればいい」

 という意見もあるだろうが、そうするのであれば「そのシーズンで最も活躍した先発投手に与える」という賞の趣旨を変えるべきだろう。

 沢村賞のコンセプトは「沢村栄治と同じような活躍をした投手に賞を授与する」ではなく、投球スタイルは変わっても「沢村と同様、エースとしてチームをけん引した投手に賞を与える」だと思う。

 12月2日で、沢村栄治が没して満77年になるが――自身と大きく異なる成績の投手が授与されたとしても、泉下の沢村も納得してくれると思うのだが。

文=広尾晃

photograph by Nanae Suzuki