ついにプロ野球人生の幕を閉じた平成の怪物・松坂大輔。その歩みを辿ったNumber PLUS『完全保存版 松坂大輔』が発売された。
野球人生の後半は度重なる手術やケガで満身創痍の中、「ボロボロになるまで」投げ続けた。多くのケガを経験してきたからこそ、松坂は今アスリートのケガと治療に興味を持っていると話す。そこで再生医療の分野で躍進を遂げるセルソース社長の裙本理人さんと対談を行った(全3回の2回目/#1、#3へ)。

松坂「13年間ケガと戦ってきた現実の姿でした」

松坂 ただ、選手自身がまだ再生医療の利便性を知らないですよね。

裙本 そこが僕らの課題なんです。J1やJ2のサッカーチームの多くとメディカルサポート契約していますし、実業団の陸上部などもサポートしています。ただ、肝心の選手らに再生医療の有効性をどれだけ伝えていけるかが重要な課題だと思っています。

松坂 確かに僕はケガが多かったので、何とか治したいという思いから、最先端医療の知識を求めたし、病院もあちこち巡ったので、治療法に対する情報をかなり持っているつもりですが、現役の選手は多少痛くても我慢しちゃうし、体が動かなくなって初めて事の重大さに気づく、というケースが未だに多いんじゃないかな。

裙本 松坂さんも痛みに強そうですね。

松坂 それが今考えれば間違っていたなと思うからこそ、今こうやって、初期治療の大切さや痛みを軽視しない重要性を、声を大にして言うべきだと考えたんです。僕は現役後半の13年間はケガに苦しみながらもマウンドに上がりたい一心であらゆる治療やケア、リハビリをやってきましたけど、結局、初期の対応を間違えると負のスパイラルに陥ってしまうと実感しています。

 引退試合も、あの時持っている力をすべてボールに注ぎ込みましたけど、118kmしか出せなかったし、5球を投げるのが精いっぱいだった。情けない姿をお見せしましたけど、あれが13年間ケガと戦ってきた現実の姿でした。

裙本 引退試合の松坂さんの姿に感動した人は大勢います。すべての力を出し切った松坂さんはやっぱり凄くカッコよかった。

松坂 でも、僕の理想の引退の姿ではなかったですね。僕は、自分の球がバッターに通用しなくなって引退したかった、ケガではなく。だからこれからの若い選手、アスリートがケガで現役を引退せざるを得ない状況を、できるだけ減らすような環境になって欲しい。

 実は僕、足から首までほぼ全身どこか痛めた経験があるので、周りから“ケガのデパート”と揶揄されていますけど、そんな体験を後輩たちに伝え、1日でも1年でも長く、今の選手たちには現役を続けていってもらいたいと考えているんです。

ケガで休むと「誰かにポジションを奪われる」

裙本 今、一番声を大にして後輩たちに言いたいことは何ですか。

松坂 やっぱり早期発見、早期治療ですね。僕は小学生の時から野球をやってきて、多少痛くても我慢しながら練習するという世代。だから痛みにも強くなってしまった(笑)。そもそも休むと「誰かにポジションを奪われる」という意識があるから、多少のケガは隠して出場しちゃうんですよ。

裙本 え、松坂さんのような大エースでもですか?

松坂 もちろんです。エースであっても4番打者であっても、自分が休んでいる間に力を伸ばしてくる選手もいるでしょうし、やっぱりそのポジションは渡したくないと考えると、ぎりぎりまで我慢しちゃうんです。そしてピッチングの一連の動作で痛くない個所を探し、そしてフォームを変え、マウンドに立ってしまうんです。

 僕は結構器用なのか、痛くない個所を探してピッチング動作に応用できちゃう。でも最後はもうどこを探しても、マウンドで使える筋肉や腱が見当たらなくなってしまったという感じですかね。

 だから今考えると、あの時点で治療に専念していればと思うところはいっぱいありますよ。

裙本 例えばどのあたりですか?

松坂 まずは08年に肩を痛めたときですかね。オークランドの通路で滑って咄嗟に手摺に掴まった時に痛めたのですが、その時はまだ肩とか肘に何かをするというのがやっぱり怖かったんです。針を打つのさえ嫌だった。だから痛みを我慢して投げ続けた。

 すると今度は股関節を痛め、股関節をカバーしていたら次は肘を痛めた。この頃はケガの治療というより、痛み止めの注射を打ってマウンドに立った。でも患部が治っているわけではないので、次々に故障の連鎖が起きてしまうんです。

イチローさんに怒られた「バッピみたいな球投げてんじゃねーよ」

裙本 それで11年に遂にトミー・ジョン手術を受けることになったのですか。

松坂 以前からピッチング後の肘の張りがパンパンで、その年もどこまで持つのかという不安はあったけど、開幕戦間もないころのボストンは寒いこともあり、ある試合でバチッと肘の腱が切れた音がしたんです。そしたらベースの2mぐらい前でボールが落ちてしまい、降板しました。

裙本 でもそうなる前に痛みはかなりあったんじゃないですか。

松坂 ピッチングは何とか出来るけど、日常生活では腕が上がらなかったです。だからシャンプーの時は左手で洗っていたし、肘はもうだめかもしれないと感じていましたね。

 ただ、痛みで途中降板した次のカードはマリナーズ戦。イチローさんがいるのに登板を回避するわけにはいかない。何とか投げようとしたけど、3回あたりから力がほとんど入らなくなってしまい、イチローさんから後で「バッピ(バッティングピッチャー)みたいな球投げてんじゃねーよ」と怒られてしまいました(笑)。それでもう手術をするしかないな、と。

「早期治療、僕も発言していくつもりです」

裙本 結局、手術は何回しているんですか。

松坂 レッドソックス時代に肘、ソフトバンクの時に肩、西武時代に首を手術し、引退試合を行った直後に膝を手術しました。ほとんどの器官にメスを入れていますね(笑)。

 病院もあちこちに行きましたね。評判を聞いて訪ねたり、医師に紹介してもらったり。治療院に限って言うなら北海道から九州まで、いいと聞けばどこにでも飛んで行きました。

 そんなこともあってか、西武の時は他球団の監督やコーチから「うちの●●選手が今こういう状態なんだけど、どこの病院に行けばいい?」とか、他チームの選手から直接ケガの相談をされることもあったんですよ。

 特に日本に帰国してからの7年間はファーム暮らしが多かったので、ケガに苦しむ選手や故障に不安を抱える選手を多く見てきたし、アドバイスを求められることも多かったですね。

 若い選手からすればなかなかコーチや監督には言いにくい。故障をつまびらかにしたら、使ってもらえないという不安が正直ある。だから同じ選手の僕には言いやすかったんだと思います。

裙本 でも選手のためには、ケガや故障を口にし易い環境があった方がいいんじゃないでしょうか。

松坂 本当にそう思います。僕はそれなりの年齢だしキャリアもあるから、治療には積極的に動くことができたけど、若い選手はそうはいかない。早期発見、早期治療は選手だけでなく、長い目で見ればチームのためでもあるんです。

裙本 早期治療に再生医療をぜひ取り入れていただきたいので、その知識をもっと広めていくのが僕らの課題ですね。

松坂 早期治療は何も球界だけでなく、多くのアスリートにも考えて欲しいので、僕も発言していくつもりです。<#3へ続く>

文=吉井妙子

photograph by KYODO